メキシコシティから車で東へ7時間ほどの場所にある、メキシコ湾沿いの州、ベラクルスの町、トラコタルパン。先住民ナワトルの言葉で、「水の間」を意味する名が示すように、パパロアパン川の中州にあり、30分ほど歩けば、町の端から端まで辿り着いてしまうような小さな町です。スペイン侵略後は、漁港として栄え、アフリカ、アンダルシア、先住民ナワトルの文化が交錯した歴史と町並みの美しさにより、世界文化遺産に登録されています。
パパロアパン川の中州にあるトラコタルパンの入り口にはソンハローチョのダンスを踊る男女のモニュメントがある © Miho Nagaya
町の特徴であるアーチ型コロニアル建築 © Miho Nagaya
パステルカラーに彩られたアーチ型や柱が特徴的なコロニアル建築が並び、海が近いせいか、川から潮の香りが漂ってきます。小舟の上で釣りをする人々や、揺り椅子でくつろぎながら、おしゃべりしている老人たち、美しい鳥が休む大きな椰子の木陰。そして、夕暮れになると町のいたるところからファンダンゴ(ベラクルスの伝統音楽ソン・ハローチョの歌と踊りのジャムセッション)の音が響いてきます。
ずらっと並んだ柱とレンガ屋根の民家 © Miho Nagaya
小さな町全体が可愛らしい建物ばかり © Miho Nagaya
メキシコを代表する祝祭、カンデラリア
ふだんは静かなトラコタルパンの町ですが、カトリック教の主の献奉を意味する、「カンデラリア」の聖母を祀る教会があるため、毎年2月2日のカンデラリアの日(聖燭祭)は盛大に祝われます。毎年1月30日から2月9日まで、様々なイベントが行われ、人口1万3千人ほどのこの町に、内外から50万人以上が訪れます。
このイベントのメインは、ふだん教会に祀られている聖母像を、花で飾られた船に載せて川下りする行事や、町なかでの牛追い祭りですが、音楽好きにはたまらないのが、ソン・ハローチョのフェスティバル。元来は聖母への献奉のために、ファンダンゴを連日続けるというものだったのですが、現在ではメキシコを代表する文化フェスティバルへと成長し、コンサート、ワークショップ、映画上映、楽器の販売市も行われるようになりました。
川沿いにあるメインステージでは、有名アーティストのコンサートが開催されます。ちなみにPlaza Marta(マルタ公園)での『Encuentros de jaraneros (ソン・ハローチョ奏者たちの出会い)』と名付けられた野外コンサートは、1月31日から3日間にわたり、新人からベテランまで約80グループが出演します。
連夜、教会を音と映像でライトアップしたショーや、コンサートが行われ、花火が盛大に打ち上げられます。フェスティバルのイベントはすべて入場無料なのが嬉しい © Miho Nagaya
楽器やダンスシューズを売る出店もたくさんある。いたるところでセッションがはじまるのも面白い © Miho Nagaya
300年以上の歴史を持つ伝統音楽ソン・ハローチョとは?
究極のジャムセッション、ファンダンゴ © Miho Nagaya
300年以上前、スペインの植民地支配下にあった、現在のベラクルス州に位置する農園に、カリブに渡ったアフリカ系移民たちが連れて来られ、労働に従事するアフリカ系移民や先住民たちは、作業の合間に音楽を奏でるようになりました。そこで生まれたのが、スペイン伝来の楽器、アフロカリブや、先住民伝来のリズム、旋律が融合し生まれた混血音楽、ソン・ハローチョなのです。詩のかけあいのような歌や、木の箱のようなタリマという台の上で、足を踏み鳴らしてリズムをとるサパテアードという踊り、小型弦楽器ハラーナやレキント、アルパ(ハープ)など複数の弦楽器によって演奏されます。そしてソン・ハローチョ文化において最も重要なのが歌と踊りと演奏を皆でセッションするファンダンゴなのです。
さあ、ファンダンゴに参加!
カンデラリアの祭り期間は、ハラーナを持った人たちや、ソンブレロ(山高帽)にグアジャベラ(開襟シャツ)を着た男性、長いスカートに、ダンスシューズを履いた女性たちが町を闊歩しています。ソン・ハローチョは、音楽というだけでなく、ベラクルスの人々にとってアイデンティティだというのが伝わってくるようです。
トラコタルパンの醍醐味、町のいたるところで行われるファンダンゴ。踊りや演奏がわからなくても、まわりの仲間が教えてくれます © Miho Nagaya
(写真左)子どもたちの演奏もスゴいです(写真右)高齢の男性は、アンドレス・ベガという伝説のレキント奏者。トラコタルパンでは世界的に著名な演奏家とのセッションまで実現できてしまうのです © Miho Nagaya
フェスティバル期間は、日頃の成果を見せるかのように、町のいたるところでファンダンゴが行われ、演奏やダンスが披露されます。多くの演奏家たちがアマチュアですが、相当な腕前。
ファンダンゴは誰でも気軽に参加できるので、その場で楽器を買ってセッションに参加するのも、かけがえのない旅の思い出になりそうです。
この祝宴の輪にきっと入ってみたくなるはず © Miho Nagaya
長屋美保 ライター
メキシコシティの路地裏から見た生のラテン文化や社会を追い続けるフリーライター兼なんでも屋。雑誌、WEB、ラテン圏アーティストのCD解説、映画、コンサートのパンフレットなど、メキシコを中心としたラテンアメリカの記事を日本の媒体に執筆するほか、リサーチやスペイン語⇔日本語翻訳も行う。情報サイトAll Aboutのメキシコ公式ガイドでもある。
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