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【京都】通り名の由来から感じる、古都・京都の風情

Sep 4th, 2015

タテヨコにまっすぐ伸びていることから「碁盤の目」にたとえられることも多い京都の通り。市街地を走る通りには、一つひとつ名前が付けられているのをご存知ですか? 

今回は、京都の通り名と、その由来をご紹介。読んだ後に京都を歩けば、今まで知らなかった古都・京都の風情を感じられるかも!

一条(いちじょう)通り

京都の町は、「ナクヨウグイス平安京」でお馴染みの平安京の都を基盤に作られています。つまり、1200年以上も前の道が、今も残っているんです。一条通りは、当時の都の北端に作られた通り。一番北なので一条。そこから南に下がるにつれ、二条、三条、四条と数字が増えていきます。

寺町通り、新京極(しんきょうごく)通り

【京都】通り名の由来から感じる、古都・京都の風情

平安京の北端にあったのは一条通りですが、東端にあったのは東京極(ひがしきょうごく)通り。安土桃山時代の1591年、豊臣秀吉によって都市改造が行われ、この通りの東側に多くの寺院が強制移動させられました。そこから寺町通りと呼ばれるようになり、今ではその呼び方が定着しています。かの有名な本能寺も、このときに現在の場所に移転したとか。寺町通りの一つ東にある新京極通りは、「新しい東京極通り」という意味。このふたつの通りは、京都を代表する繁華街として発展してきました。

柳馬場(やなぎのばんば)通り

1589年、この付近に当時日本最大の遊郭が設けられ、その周りにきれいな柳並木がつくられたといいます。ときは流れて1604年、同じ場所で大規模な馬揃えが行われました。馬揃えとは、騎馬を集めてその優越を競い合う武家の行事。柳並木と馬揃えを表す名前として“柳馬場”となりました。

河原町(かわらまち)通り

河原町通りも、豊臣秀吉による都市改造のときに作られた通り。名前のとおり、鴨川の河原を整備して作られました。当時の鴨川の川幅は、現在より200メートルほど広かったそうです。

中売立(なかうりだち)通り

「売立」というのは、読んで字のごとく「立ち売り販売」のこと。かつてこの通りには、お店を構えない立ち売りの商人たちが並んでいたそうです。呉服商人を中心に、多様な商人が並んだ通りは、今でいうマーケットのようににぎやかだったことでしょう。中売立通りの北には「上売立通り」が、南には「下売立通り」があります。

京都には、このほかにも読むのに苦労する名前の通りがたくさんあり、地元の人でもすべてを覚えるのは大変。そのため、通り名を覚えるわらべ唄が古くから歌い継がれています。この曲、作者は不明ですが、京都ではかなり有名。京都ローカル局のテレビ番組で流されこともあり、京都人なら誰でも歌えるとか。丸太町通りから順番に、通りの頭文字をとって歌詞が作られています。


東西の通り名(丸太町から十条)の唄

まるたけえびすに おしおいけ  あねさんろっかく たこにしき
丸竹夷二 押御池  姉三六角 蛸錦

しあやぶったか まつまんごじょう  せきだや ちゃらちゃら うおのたな
四綾仏高 松万五条  雪駄屋 ちゃらちゃら 魚の棚

ろくじょう さんてつ とおりすぎ  ななじょうこえれば はち くじょう
六条 三哲 とおりすぎ  七条こえれば 八 九条

じゅうじょう とうじで とどめさす
十条 東寺で とどめさす


通り名の歌を覚えておけば、きっと道に迷うことも少なくなるはず。京都へ旅行の際は出発前に覚えて、通り名のウンチクとあわせて、みんなに披露してみては?

AOI

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