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無形文化遺産の奇景、5万本もの十字架が並ぶリトアニアの聖地「十字架の丘」

Sep 11th, 2017

無形文化遺産の奇景、5万本もの十字架が並ぶリトアニアの聖地「十字架の丘」
「バルト三国」と呼ばれるエストニア・ラトビア・リトアニアのうち、最も南に位置するのがリトアニア。

ここに、世界的に有名な聖地があります。それが、シャウレイの近郊にある「十字架の丘」。2001年には、「リトアニアの十字架の手工芸とその象徴」としてユネスコの無形文遺産に登録されました。

どこか不気味ささえ漂う、おびただしい数の十字架が並ぶ神秘的な光景から目が離せません。

5万本を超える十字架が並ぶ聖地「十字架の丘」

無形文化遺産の奇景、5万本もの十字架が並ぶリトアニアの聖地「十字架の丘」
リトアニアを象徴する聖地、十字架の丘。地方都市・シャウレイのバスターミナルからローカルバスで「ドマンタイ」のバス停までおよそ15分。さらにそこからおよそ2キロ歩くという不便な場所ながら、訪れる人が後を絶たないリトアニアきっての観光地です。

十字架の丘がこれほどまでに世界中の人々を惹きつけるのは、5万本を超える十字架が並ぶ、一度見たら忘れられないインパクト抜群の風景。1993年にはローマ教皇が訪れたことで、この地はリトアニア人の聖地から、世界中のカトリック教徒にとっての聖地となりました。

虐げられた人々の想いが詰まった十字架

無形文化遺産の奇景、5万本もの十字架が並ぶリトアニアの聖地「十字架の丘」
十字架の丘の起源についてははっきりしていませんが、初めてここに大きな十字架が立てられたのは、1831年のロシアに対する蜂起の後であったと考えられています。

当時のリトアニアはロシアの支配下にあり、ロシアはリトアニアの人々が信仰するカトリックではなく、ロシア正教のもとでリトアニア人のロシア化を進めていました。「リトアニア」という国名は使われなくなり、リトアニア文字も禁止されるなど、リトアニアの人々は次々に「リトアニア的なもの」を奪われていったのです。

無形文化遺産の奇景、5万本もの十字架が並ぶリトアニアの聖地「十字架の丘」
1831年に起こったロシア支配に対する11月蜂起の後、この戦いで犠牲となった反乱兵の家族がここに十字架を持ち寄って死者を悼みました。それから、この十字架の丘は、リトアニア人の愛国心と独立心を象徴する存在となったのです。

赤松春奈

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