日本が世界に誇る寺社仏閣や艶やかな花街など、京都といえばとかく京都市内の魅力ばかりが語られがち。でも、京都の魅力はそれだけじゃありません。
今注目したいのが、「日本のヴェネツィア」「日本で最も海に近い町」の異名をとる伊根町。懐かしいのに新しい、その独特の景観にすっかり心を奪われてしまう人が続出中です。
日本のヴェネツィア・伊根
京都府北部、丹後半島の北端に位置する伊根町。日本で最も美しい村連合に加盟するこの町を有名にしているのが、重要伝統的建造物群保存地区に指定されている舟屋群です。
「舟屋」とは、1階が船のガレージ、2階が居住空間となった漁師町特有の家屋のこと。伊根の舟屋は海辺ギリギリに建っているため、海上から眺めるとまるで海に浮かんでいるかのように見えます。
周囲約5キロの伊根湾には現在も230軒ほどの舟屋が連なっており、建物と海が一体となった独特の景観から、「日本のヴェネツィア」「日本で最も海に近い町」などと称されています。
日本でもほかに類を見ない景観を誇る伊根は、NHK連続テレビ小説「ええにょぼ」や、映画「釣りバカ日誌」などのロケ地にも選ばれてきました。湖のように穏やかな伊根湾と、山に挟まれて建つ舟屋群。見る者の想像を掻き立てるこのフォトジェニックな町は、物語の舞台にうってつけなのです。
懐かしいのに新しい舟屋群
伊根を訪れれば、心のふるさとを見つけたような懐かしい気持ちが湧き上がってくるはず。それでいて、海に浮かんでいるかのような舟屋群の景観は日本人の目にも新鮮に映ります。
伊根の舟屋群は、島国日本の原風景でありながら、日本人でもこれまでに見たことがないような新しい風景でもあるのです。
現在も230軒ほどが残る伊根の舟屋は、江戸時代中期から存在していたといわれています。当初の舟屋はかやぶき屋根で、網を干す必要があったことから床板はありませんでした。明治時代から舟屋の屋根は切妻造りへと変化していき、海に向かって妻側を見せた舟屋群は周囲の海や山と見事に調和しています。
現在見られる伊根の舟屋の多くは明治から昭和初期にかけて建てられた木造2階建ての建物ですが、古い舟屋は建物の下部に船を収納するための空洞が設けられた1階建て。ひとくちに「舟屋」といっても、そのスタイルは年代によっても異なるのです。
現在は、道を挟んだ舟屋の向かい側に母屋があり、母屋をおもな生活の場としている家が多いのだとか。海と山のあいだにある狭い路地には、タイムスリップしたかのような光景が広がっています。
海上から眺める舟屋群は格別
地上から見るだけでも美しい舟屋群ですが、伊根の表玄関は海。それだけに、伊根湾めぐり遊覧船や海上タクシーの船上から眺める舟屋の風景は格別です。
海にせり出すようにして立つ昔ながらの舟屋に、エメラルドグリーンの伊根湾、そしてその上を舞う無数のカモメたち・・・この町では、どこまでも優しく穏やかな風景の数々に出会えます。
「海上からの景色を見ずして、伊根の本当の魅力に触れたとはいえない」といっても過言ではないほど。何気ないのに心を打つ、特別な風景が待っています。
海とともに歩んできた漁師町
荒々しいイメージのある日本海側にありながら、三方を山に囲まれた独特の地形に恵まれた伊根湾は、年中穏やかで潮の干満の差が少ない土地。絶好の漁場であった伊根は古くからの歴史をもつ漁師町で、宮津藩にブリを年貢として納めていたという記録も残っています。
伊根湾を囲むようにして建つ舟屋は、伊根における漁業と切っても切れない関係にあります。湾を囲むように舟屋を配置することで、大物が湾に入ってきたときは、町の人々がいち早く気付いて駆けつけ、捕獲・解体など、一致団結して作業にあたることがきました。
海に面してすき間なく並ぶ舟屋群は、必要なときに即座に船を出すことができるだけでなく、小さな集落に暮らす人々が手を取り合って生きていくための知恵でもあったのです。
観光地として注目されつつある今も、伊根にはのどかな漁師町の風景が。町のお祭りの際に使われる祭礼船や、漁師たちが作業をする港の風景・・・脈々と受け継がれてきた漁師町としての歴史と文化、飾らない日常風景の数々が、訪れた者を優しく包み込んでくれる。それこそが、伊根の魅力なのです。
美しい湾を眺めながらティータイム
せっかく伊根にやってきたなら、美しい伊根湾を眺めながらほっこりとティータイムを過ごしてみませんか。伊根でのひとやすみにぴったりなのが、2017年にオープンした伊根町観光交流施設「舟屋日和」内にある「INE CAFE(イネカフェ)」。
大きな窓から、刻一刻と移ろう伊根湾の景色を目にすれば、日ごろのあわただしさもすっかり忘れてしまいます。ナチュラルテイストの開放感あふれる店内で、上品な甘さのスイーツやドリンクをゆっくりと味わいましょう。
日本で最も海に近い酒造
日本酒好きはもちろんのこと、そうでなくとも一度は立ち寄ってみたいのが、「日本で最も海に近い酒造」ともいわれる「向井酒造」。
江戸時代中期、1754年創業の老舗ながら、伊根の赤米で造ったロゼワインのような色をした「伊根満開」など、独創的な日本酒を生み出している伊根を代表する酒造です。
全国でも数少ない女性の杜氏がいることでも知られており、店内では試飲をしたうえでの購入が可能。通常の日本酒はもちろんのこと、酒粕や味噌、酵母が生きたままの状態で瓶詰めされたにごり酒など、酒造直営ならではのフレッシュな商品が手に入ります。
小さな集落ゆえ、中心部だけなら半日もあれば観光できる伊根ですが、ここで目にした風景は、まぶたに、心にしっかりと刻まれます。
地元の人は「ヴェネツィアなんて、そんなええもんとちゃいます」と謙遜する伊根。それでも、この小さな漁村には本家のヴェネツィアにはない、ここだけの魅力があると思うのです。
[All Photos by Haruna Akamatsu]
Haruna ライター
和歌山出身、上智大学外国語学部英語学科卒。2度の会社員経験を経て、現在はフリーランスのライター・コラムニスト・広報として活動中。旅をこよなく愛し、アジア・ヨーロッパを中心に渡航歴は約60ヵ国。特に「旧市街」や「歴史地区」とよばれる古い街並みに目がない。半年間のアジア横断旅行と2年半のドイツ在住経験あり。現在はドイツ人夫とともに瀬戸内の島在住。
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