旅のコンシェルジュの仕事と函館 蔦屋書店
役職:旅のコンシェルジュ
名前:坂本幹也(さかもとみきや)さん
―本だけでなく旅の相談にも乗るという旅のコンシェルジュのお仕事内容を教えてください。
良くあるパターンでは、例えばパリ短期旅行で殆どの日程を美術館めぐりされるお客様が「地球の歩き方」のようなガイドブックを買おうとします。その場合、情報量が多すぎてお勧めではない。もっと情報を絞っていて読みやすく安い本を紹介します。そして浮いたお金で印象派の解説本などをお勧めします。
「初めての海外旅行に行く」だけ決まっているお客様もいらっしゃいます。その場合、いつから何日間くらい取れて、予算はいくらか、そして旅行先でどんな時間を過ごしたいのかを伺って、行先とお安い手配方法を紹介することもたびたびあります。
ガイドが同行するツアーで旅行される方が、ガイド本を沢山購入しようとするパターンもあります。その場合ガイド本は少し我慢して頂いて、そのお金で現地でお世話になった方へのプレゼントなどお勧めしています。筆ペンなど買ってその方の名前を漢字で書いてあげると喜ばれるなど、ご提案したりしてます。
―函館 蔦屋書店が、他の書店や都内の蔦屋書店と違う点、特徴はどんなところにありますか?
函館 蔦屋書店は、書店ではありますが、函館の方々の【集う場所】になることを目標にやってきました。店内には沢山の椅子や暖炉など配置し、居心地のよいブック&カフェの空間を作っております。またコミュニティイベントは毎月100回以上開催しています。店舗中央にある広場では毎月何かしらのフェアが開催されていて、お客様がいつ来ても「新しい好き」が見つかるように工夫しています。
旅で言いますと、函館の方はあまり旅行をしないと言われているので、まず「旅そのもの」に興味を持って頂くことが仕事です。その為、外国の雑貨や食品などでフェアを作成して、旅気分を盛り上げる施策に注力しています。
坂本幹也さんの人生における旅
―旅を仕事にしたのはなぜですか?
以前は映画を作る仕事に興味があったのですが、世界を周っているうちにフィクションより、リアルな世界の楽しさを伝えたいと思うようになり、旅行会社で働き始めました。東京の旅行会社で、個人旅行の作成・販売(店頭、ネット)をしていました。飛行機とホテルのパックがメインでしたが、個人のアレンジ旅行もやってました。
ですが、今の日本の旅行会社が出来る仕事に限界を感じ、現在の蔦屋書店の旅のコンシェルジュという仕事を選びました。「旅の楽しさそのものを伝える」という今の仕事は天職だと思っています。
また、旅を趣味ではなく仕事にしたのは、人生の多くの時間を費やすことになる「仕事をしている時間」を、旅のことを考えて過ごせるほうが楽しいからです。ずっと旅のことだけ考えていられるなんて幸せです。
―70か国もの旅行経験で、人生観に変化はありましたか?
まず、多くの価値観の違う人たちと会い、話をする時間を沢山持てたので、単純に知識は相当増えました。それから、訪問した国の数はあんまり意味がないように思います。そこで誰と会って何をしたかが僕には大切な経験でした。「人生観が変わる」というほど大げさではないですが、自分の人生にとって「何が必要で何が必要でないのか」ということがシンプルに整理出来たと思います。その為、何か選択をするときは迷わず自信を持って選ぶことが出来ています。
―旅のなかで、特に大変だったことや印象に残っていることを教えてください
旅の思い出で一番忘れたくない記憶は、インドのアンダマン諸島でビーチライフを過ごした1ヶ月です。約2年間の旅の最後に訪れた場所でした。ほぼ住んでいる人が居ない島のビーチでハンモックで過ごした時間だったので、無人島生活のようなものです。そこで、自分が生きていくのに必要なこと、自分にとって大事なこと、他人との繋がりなど、それまで曖昧だったことに自分なりの答えが出せた場所でした。下手をすると死んじゃうので、皆さんにはお勧め出来ませんが。
最近では、モロッコの砂漠でその時の連れが財布を落とし二人で一文無しになってしまったときは大変でした。駅に行って持ち物を駅に来るお客さんに買ってもらってお金を作ったり・・・。英語も通じない人に物を買ってもらうって大変です。
ダイビングの雑誌に載っていた広告写真の場所にどうしても行きたくてニューカレドニアへ探しに行ったとき、なかなか見つからず、現地の人にも知られていなくて1ヶ月探し回ったときもしんどかったです。ニューカレドニアは物価が高いから。今ではそこは超有名観光地になってます。(ノカンウイという島)
―最近旅したところ、ここ数年の旅の頻度、旅スタイルを教えてください。
今は毎年1ヶ月間、旅のための休みがもらえます。
今年は、【その時の気分で東南アジアをLCCで飛び回る旅】をしました。本当は朝起きたときの気分で飛び回ろうと思っていたのですが、さすがに前日にはAIRを取らないとキツかったです。
去年は、【スペインから船でモロッコへ入り、そのままサハラ砂漠へラクダで向かって、満天の星空を観る】へ行ったのですが、連れは財布を落とすし、砂漠は吹雪で星どころか、テントから全く出られる状況じゃないしでひどい目に遭いました。でも生存スキルは上がったように思います。
一昨年は、キューバで【思う存分、葉巻吸って、ラム飲んで、馬乗って、バラデロでスカイダイビング三昧】をやって来ました。最高でした。
坂本さんオススメの旅ブック5選
【坂本さんオススメの旅ブック(1):シャンタラム(上・中・下巻)】
グレゴリー・デイヴィット・ロバーツ/新潮社
―どんな本ですか?
オーストラリアの刑務所を脱獄し、インドのムンバイへと逃亡した主人公の衝撃的な体験を綴った著者の自伝的なお話。
―この本に出てくる国や地方はどこですか?行ったことはありますか?
インド(ムンバイ)。行ったことあります。
―この本を読んで思い出す、ご自身の旅のエピソードはありますか?
アフガニスタンなどのムスリム社会(当時はまだアラブへ行ったことが無かった)への好奇心でアフガンとパキスタンの国境付近へ行ってみたときのこと、タリバンは怖かったが皆さん愛すべき人々だった。日本の報道に違和感を持つきっかけになった。
―この本がオススメの理由はなんですか?
旅の話というより、宗教、政治思想、国・・・などについて日本に住んでいてはなかなか感じられない「それぞれの立場」というものを肌感覚で感じさせてくれる本だから。
【坂本さんオススメの旅ブック(2):世界の使い方】
二コラ・ブーヴィエ/英治出版
―どんな本ですか?
スイスのジュネーブからポンコツのフィアットに乗って東へ東へと向った旅の記録で、当時のヨーロッパでは「旅のバイブル」と呼ばれるまでになった伝説の旅行記。
―この本に出てくる国や地方はどこですか?行ったことはありますか?
旧ユーゴ、トルコ、イラン、アフガニスタン。アフガニスタン以外は行きました。
―その本を読んで思い出す、ご自身の旅のエピソードはありますか?
この本では、ジュネーブから東へ向かいましたが、僕は日本から西へ向かいました。
インドを出て、パキスタン、イランとイスラムの国で2ヶ月過ごし、トルコの国境で女性の髪の毛を久しぶりに見たときはドキドキしました。見ちゃいけないもののような。異性に対して感じる魅力って、環境などに影響する後天的なものなんだなと感じた経験でした。
―この本がオススメの理由はなんですか?
1950年代当時の西アジアを実際に旅しているような体験が出来る本。よくある旅本のような鼻につく自慢話も無く、何か悟ったような自己満足も無く、ただただその街、出会う人、そこの空間の魅力を伝えている。万人に愛される、旅人が書くお手本のような旅行記。
【坂本さんオススメの旅ブック(3):オン・ザ・ロード(スクロール版)】
ジャック・ケルアック/河出書房新社
―どんな本ですか?
説明の必要もない不朽の名作「オン・ザ・ロード」草稿版で、すべての人物が実名で登場し、今までは削除されていた危ない箇所もそのまま書いてある。ケルアックの鼓動が聞こえるような生の「オン・ザ・ロード」。ビート・ジェネレーションはここから始まる。
―この本に出てくる国や地方はどこですか?行ったことはありますか?
アメリカ合衆国。行ったことあります。
―この本を読んで思い出す、ご自身の旅のエピソードはありますか?
若い頃、このぶっ飛んでクールでアホでジャンキーで悲しげで男臭い世界に憧れ、アメリカへ旅立ってはみたものの、現地の「ワル」があまりにも怖すぎて普通の観光客としてのこのこ帰ってきた苦い思い出があります。今思うに、心底怖いと思えたある意味良い経験だった。
―この本がオススメの理由はなんですか?
好き嫌いが分かれる内容ではあるけれど、この本は確実に「時代」を動かし文化を形成していった本。書かれている内容だけでなく、出版前後のアメリカもしくは世界の歴史を鑑みると(たとえ嫌いでも)あっぱれと言わざるを得ない。
【坂本さんオススメの旅ブック(4):旅をする木】
星野道夫/文藝春秋
―どんな本ですか?
アラスカの大地とそこに住む動物を追い続けた写真家、星野道夫さんによる優しい33篇。
―この本に出てくる国や地方はどこですか?行ったことはありますか?
アラスカ。行ったことはありません。今一番行きたい場所です。
―この本を読んで思い出す、ご自身の旅のエピソードはありますか?
世界中を旅した旅人に大自然を感じられるお勧めの場所としてまず最初に挙がる場所がアラスカです。それも行った人にとって「特別なところ」と表現をする旅人が多い。そんな「特別なところ」に行っていないことがコンプレックスかもしれない。
―この本がオススメの理由はなんですか?
著者の星野道夫さんは、僕が知る限りもっとも大自然を上手く表現出来る作家さんです。自然と戯れる旅をする人には必携の書だと思います。
【坂本さんオススメの旅ブック(5):ユーコン川を筏で下る】
野田知佑/小学館
―どんな本ですか?
世界中の川を旅し、1980年代日本でカヌーブームを巻き起こしたカヌー界のカリスマ野田知佑さんが75歳にして愛犬と共に筏でユーコン川700kmを下る話。
―この本に出てくる国や地方はどこですか?行ったことはありますか?
ユーコン川(カナダ側)。カナダには行ったことがありますがユーコンはありません。
―この本を読んで思い出す、ご自身の旅のエピソードはありますか?
僕の大きな川での川下り体験は、ナイル川、ガンジス川、メコン川くらい。川は時に激流となるけれど、大体が静かにゆっくりと流れている。正に「静寂の体験」です。なので川下りはエンジンの付いていない舟がお勧めです。ただただ自然の音と風を感じる贅沢な時間は尖った心を滑らかにしてくれます。
―この本がオススメの理由はなんですか?
日本アウトドアを牽引してきたレジェンドがあのユーコンを筏で、しかも75歳で下る静かな静かな大冒険。この道中で語られる至極の言葉がさすがの一言。心に染み入ります。
インタビューを終えて
今回ご紹介いただいた本はすべて、坂本さんご自身もお持ちで、函館 蔦屋書店でも手に入るものだそうです。
広報の方から「ディープな旅経験が豊富」とうかがっていたのですが想像以上で、旅で磨かれた感性に敬服します。もっと、旅も、旅ブックを読む脳内の旅もいろいろ体験しなければと思いました。
坂本さんが今一番したい旅はというと、「ユーコン川でカヌー下り」と「インドネシアかパプアニューギニアあたりで、ホテルもない観光客が来ない小さな島へ行って、漁民の家にホームステイさせてもらってのんびり」だそうです。これまた、旅の上級者にしか出てこない発想ですが面白そうです。
モロッコ・シャウエンにて
[All photos by 函館 蔦屋書店]