タイ人が開運したいときスーパーで買うこの食料セット、何だか知ってますか?

Posted by: 村越 大晃

掲載日: Mar 20th, 2018

歴史学者の三石晃生教授と「知らなくても困らないけれど、知っていると世界が楽しくなるかもしれない」をコンセプトにあちこちを調査。第三回目の舞台は、タイのバンコクです。タイの宗教にまつわる面白ネタや文化ギャップについて現地からご紹介します。

タイ人が開運したいときスーパーで買うこの食料セット、何だか知ってますか?

私たちにとって身近な場所やモノには、意外と知られていない歴史が潜んでいるかもしれません。

この連載では、歴史学者の三石晃生教授と「知らなくても困らないけれど、知っていると世界が楽しくなるかもしれない」をコンセプトに世界のあちこちを調査していきます。三石教授は、TEDxTokyo yzにも登壇された、世界初の歴史コンサルタント会社(株)goscobe代表取締役でもあります。

三石先生がタイに講演に行かれるということなので、タイに押しかけてみました編

村越:講演、明後日ですよね!せっかくだから色んなお寺行きましょうよ!


三石:タイの寺に行く前に質問。タイの宗教ってなんだと思うー?



村越:仏教ですよね。大乗仏教じゃなくて上座部、テーラワーダです。これでも高校時代は世界史模試8位でしたからね。ふふふ。

三石:正解だけど、そんな単純じゃないんだよね。

村越:なに・・・でも仏教国ですよね!今日、電車の切符を買おうと並んでいたらお坊さんに横入りされたんですよ。でもみんな、怒るどころか合掌して微笑んでて満足げなんですよ。お坊さんもあんた横入りするなよ、ダメだろと。

三石:ううん、タイでは当たり前だよ。お坊さんがバスや電車に乗ったらいい席は全部譲らなきゃいけないの。

村越:え!なんで!?みんな怒ったりしないんですか!?


三石:理由の1つには、「タンブン」って考え方があるんだ。


タイを知るキーワード「タンブン」

三石:徳を積むのがタンブンなの。タンは動詞のdoみたいなもので、「行う」とか「する」という意味。ブンはパーリー語のプンニャ(puñña)が語源。プンニャの意味は善、特に宗教的な善い行いで、功徳とかって訳すのが適当かな。

村越:なんで徳を積むんですか?


三石:ブンを積むとね、将来かあるいは来世に幸福が得られるから。来世はキレイに生まれたい、来世はお金持ちに、来世はモテたい!現世は無理でも来世ではやったるでや!と。ちなみに僧侶やサンガ(仏教教団)へのお食事のプレゼントなんかはかなりブンのポイントが高いよ。フラれたとか、就職できない、とか。あと親が入院したとか最近寝つきが悪いとか、っていうので運下がってると感じたら、それはタンブンで運を上げるタイミング。お寺に行ってブンを積めば、サバーイ(楽)になる。サバーイ。

村越:寝つきの悪さも入るんですね。

三石:スーパーや屋台に行くと、「タンブンセット(タイ語ではサンカターン)」っていうお米・おかず・飲み物の3点セットが入ったのが売ってるほど日常的なんだ。


村越:まさかー。じゃあ、そこのスーパー行ってもいいですか?

三石:(店員さんに)サワディーカーップ。サンタカーン ユーティナイ。○△□#。


村越:なんか黄色とオレンジばっかりの棚に連れて来られましたけど(スルーしたけど、タイ語話せるのか)。

三石:これがサンカターン、タンブンセット売り場です!

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村越:本当にあった!黄色のバケツに入ってますね。

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49バーツから1,085バーツまで幅広い

村越:これ、何入ってるのかな。この小さいの買ってみましょう!

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そんなわけでタンブンセットを買って開けてみた

村越:それでは開きます。(ドキドキ)

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村越:ジュース、粉末コーヒー、インスタント麺、あと駄菓子屋で売ってるような、溶かして作るオレンジジュース(スポドリか?)、あと大量の塩。あ、大量の塩といえば前回の取材で行った太宗寺の塩かけ地蔵思い出しますね。

三石:なんていうか、もっとありがたいかんじの中身かと思ってたら、田舎から出て来た一人暮らしの大学生にお母さんがお土産で渡す系だね。

村越:こんな不健康なもの、お母さん送ってこないですよ。多分。


三石:実際、僧侶の「メタボ問題」がタイでは深刻になっているらしい。肥満、高コレステロール、高血圧、糖尿病と成人病のオンパレード。

村越:夜、ランニングとかなんか運動すればいいのに。

三石:歩くのも瞑想修行だから上座部仏教では僧侶は走るのが禁止されているんだ。しかも僧侶の食事は1日に朝と昼の2食だけ。この昼ご飯のあとは飲み物しか摂取してはいけない。

村越:あー、だからこの駄菓子屋っぽい粉末ジュースがあるんですね。せめて「それカロリー高いんで、ちょっと」とかって断ればいいのに。

三石:僧侶はもらう食べ物を選べないのだ。ダイエットしたいので野菜多めで、という注文はつけられないの。

村越:でもイメージですけど、昔のお坊さんって太ってるイメージあんまりないんですけど。「深刻になってきている」ということは最近そうなってきたんですよね。なぜですか?

三石:地方の僧侶は比較的大丈夫らしいんだけど、都心のバンコクが深刻だといわれている。以前は家庭料理を差し上げていたんだけれど、バンコクのような都会化したライフスタイルになると忙しくなるでしょ。自分の食事も料理する気力がなくて、屋台とかで外食で済ませちゃう。当然、僧侶へも外食モノになる。

村越:本人はブン(徳)を積んだ気持ちになっていても、それが相手のタメになっていないこともあるわけですね。お坊さんも現代の食生活の被害者になりつつあるんですね。

三石:ブッダも托鉢でまさかこうなるなんて予想してなかったよね。

村越:ところでさっきの話に戻るんですが、タンブンセットコーナーのスペースが大きいぐらい、凄い仏教国だということしか今のところわからないのですが。仏教国じゃないんですか?

三石:正解なんだけど、完全な正解じゃないというか。街のあちこちに至るところに一本の柱の上になにか祠(ほこら)みたいのがのってるのを見なかった?

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村越:そこら辺にありましたよね。あれも仏教の祠ですよね。



三石:ううん。あれはサーン・プラプームといって土地の神様を祀った祠なんだ。タイの人々はアニミズムによる精霊信仰を持っていて、森だとか林だとか、土地や、あとは巨木に精霊(ピーとかチャオという)が宿っていると考えているんだ。



村越:なんか日本の神道の神様っぽい。



三石:神道の神々は高等?で厳かなかんじだけれど、ピーの方はそれよりも遥かに庶民的な感じかな。ピーって幽霊のことも指すし。






村越:でも至るところのサーン・プラプームにはお供え物や花が飾ってあって信心深いですね。



三石:しっかりとお祀りをすればその神から守って貰えるのだけど、お祀りしないと天罰が下ったり、悪いピーから守って貰えなかったり。タイの人は、自分の家以外のところで寝るときには、そこの家やホテルの祠に手を合わせて「一晩お世話になります。よろしくお願いします」と祈ったりするんだ。



村越:じゃあ、精霊信仰、アニミズムがタイの宗教なわけですね。

三石:ところが!次はBTSでチットロム駅へ行こう!ラーチャプラソン通りの伊勢丹の前に行こうか。

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村越:金色の仏像をみんな拝んでますね。

三石:あんな仏像ないがな!よく見て!頭が象。あれはヒンドゥー教のガネーシャという神様。学問の神様として信仰されていて、テスト前にはみんなガネーシャに祈りを捧げるんだ。



村越:そいえば、ガネーシャはなんで頭が像なんですか?象のハーフの神様?



三石:色んな説があるんだけどね。シヴァ神の奥さんのパールヴァティーという超美人だけど、怒ると史上最凶に怖い女神がいてね。この神様の子供のガネーシャが、お母さんがお風呂入ってるときに誰も中に入れないように見張り番してたのよ。そこにシヴァ神がやってきて中に入ろうとするのをガネーシャは「ダメです。沐浴中なんで立ち入り禁止です」とシヴァ神を止めたの。そうしたらシヴァ神は激怒。ガネーシャの首をはねてポーンと遠くに投げ捨てちゃった。



村越:ひどっ!

三石:奥さん、お風呂から上がったら大激怒ですよ。シヴァ神はガネーシャの首をさがしに西の方に旅にでるんだけど見つからず、しょうがないので通りがかりの象の首を切り落としてガネーシャの体にくっつけたの。

村越:っていうか象、かわいそう。僕、これでも象使いの資格持ってるんですよ。

三石:え、そんなのどこで取れるの!?

村越:ラオスです。話戻しますけど、シヴァ神ってヒンドゥー教の神様ですよね。

三石:隣の神像も見てみて。頭が3つの。それはトリムルティといって、ブラフマー神・ヴィシュヌ神・シヴァ神を三位一体にしたもの。こちらでは恋愛の神として信仰を集めているんだ。昨日一緒に飲んだタイの人が言うには、木曜日の夜9時過ぎに赤いバラ9本とお線香9本をトリムルティにお供えすると、さらに効力アップなんだって。

村越:なんかいろんなご利益に特化してたり、なんでもありなかんじですね。

三石:そう。それがタイ。タイの宗教は非常に多様なのだ。国教は確かに仏教。それはスコータイ王朝時代の14世紀のリタイ王が衰えゆく王権を仏教思想で立て直そうとしたことから始まっているんだ。もともとあったタンブンの思想がここまで強くなったのもリタイ王以降といわれている。

村越:今もタイの国教は上座部仏教ですよね。

三石:国教は仏教。でも王室関係の重要な行事や祭祀は、実はヒンドゥー教の司祭であるバラモンが祭祀を執り行ってるんだ。王室と政府の紋章はガルダという翼を広げている神鳥なんだけど。

村越:あ、その鳥、バーツ紙幣に描いてある!

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三石:ガルダは天界最強の武闘派のインドラ神とタイマンで戦ったあとにインドラ神から「友達になってくれ」と申し込まれたりしているというエピソードをもつヴィシュヌ神の子分です。契約でヴィシュヌ神の乗り物になることになりました。

村越:なにそのハイヤーの契約みたいな。あ、もしかしてあそこの肩車してる像はまさか!

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三石:こうした様々な宗教が混交しているのを「シンクレティズム」っていいます。タイを仏教国という一面的な捉え方で見ないだけでだけで、もっとタイで目にする色んなものが楽しくなると思うんだ。

村越:え、じゃあもしかすると。三石先生、これ見てもらってもいいですか?空港で撮ったやつなんですけど、関係あるかな。あきらかに仏教ぽくないんですけど。

三石:あー、これか!

実はかなりヒンドゥーなタイ・バンコク

村越:これなんですけど。スワンナプーム空港で撮ったんですよ。

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三石:これはヒンドゥー教聖典で最も大事とされている『マハーバーラタ』などに出て来る「乳海攪拌」のシーンです。










村越:これは何してるんですか?










三石:これは天界の神々が賢者の呪いを受けて力を失ってしまっているときを狙って、アスラという魔族的な神族が天界を侵略しに来るの。劣勢で困った天界のインドラ神がヴィシュヌ神に相談すると、霊薬「アムリタ」を飲めばアスラなんてイチコロだよ、と教えてくれるんだ。





村越:なんかドラマチックな展開ですね。

三石:でもアムリタは天界の神々だけでは作れない。人手が足りないんだ。そこでアスラ達と和睦して、アムリタができたら半分あげると約束して、一緒に作ることになる。

村越:どうやって作るんですか?

三石:作り方はこう、海に色んな薬草や種をたくさん入れまして、ヴィシュヌ神の住処である大マンダラ山を軸にして、地下世界の支配者の竜王ナーガヴァースキにその山に絡んでもらって、神々は尾っぽを、アスラは頭をもって互いに引っ張って1000年間海をかきまぜるんだ。ちなみに山の下の亀は大亀クールマ、ヴィシュヌ神の化身で軸が沈まないように受け皿になってくれてます。この攪拌作業で太陽や月などいろいろなものが生まれていく。まあ、結局またアムリタをめぐって神とアスラで戦争するんだけど、最後は無事に天界の神々がアムリタを飲んで不老不死に。アスラには寿命がやってきたとさ。

村越:そんな壮大な物語だったんですね、このオブジェ。

三石:全然関係ないんだけどこの大つなひき大会、1人サボってるヤツがいるんだよね。中心から三番目のデヴァ(神様)、ふざけた顔して後ろ向いてるの。

タイ人が開運したいときスーパーで買うこの食料セット、何だか知ってますか?

タイ人が開運したいときスーパーで買うこの食料セット、何だか知ってますか?

村越:あ、ほんとだ。真面目に引っ張ろうよ(笑)。

協力:三石 晃生(歴史学者/ 株式会社goscobe 代表取締役)
1981年東京生まれ。大学在学中に歴史学研究所の研究員に就任し、現在は同研究所の監事。2017年に世界初の歴史分析の手法を用いた歴史コンサルタント「株式会社goscobe(グスコーブ)」を設立、代表取締役社長に就任。2017年、TEDxTokyo yzに2年連続で登壇。また、日本財団と東京大学先端科学技術研究センターの異才発掘プロジェクト「ROCKET」SIGでも歴史担当の外部講師として異才の子供たちへ白熱講義を展開している。

[All Photos by murakoshi]

PROFILE

村越 大晃

murakoshi ライター

東京都出身。普段はPR会社に勤めるサラリーマン。社会人になってから歴史好きに。最近、居合術と詠春拳を習い始めた。

東京都出身。普段はPR会社に勤めるサラリーマン。社会人になってから歴史好きに。最近、居合術と詠春拳を習い始めた。

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