【写真家・花井亨】旅の記憶を「場面」で切り取る。イスラエル取材で捉えた、心が動く旅写真の撮り方5つのヒント

Posted by: 花井亨

掲載日: May 26th, 2025

こんにちは、写真家の花井亨です。皆さんは旅先で写真を撮るとき、何を意識していますか? 美しい景色、珍しい建物、美味しい食べ物……。もちろんそれらも素晴らしい旅の記録です。でも、もしあなたが「自分の写真には何か物足りない」と感じているなら、少しだけ視点を変えてみることで、写真が大きく変わるかもしれません。

はじめに

2025年4月13日から、184日間にわたる国際的なイベント、2025年大阪・関西万博が始まりました。世界中から157もの国と地域が参加し、独自の文化を誇るイスラエルもパビリオンを構え、その魅力を発信するとのこと。そのイスラエルの多様な表情や文化の源流をこの目で見てみたいと思い、現地を訪れました。複雑な歴史と文化が息づく、非常に刺激的な場所です。この時も、私の相棒は基本的にミラーレス カメラにレンズ1本。限られた機材だからこそ、何を選び、どう切り取るかが重要になります。

今日はそのイスラエルでの経験も踏まえながら、旅先で「心が動く瞬間」を捉えるための、僕なりの5つのヒントをお話ししたいと思います。

使用機材 Sony α9IIボディ +FE 24-105mm f4 Gレンズ

使用機材 Sony α9IIボディ +FE 24-105mm f4 Gレンズ

1. 旅写真は「場所」ではなく「場面」の記録

旅に出ると、私たちはつい有名な観光スポットやランドマークを「場所」として記録しようとしがちです。もちろんそれも大切ですが、それだけだと、後で見返した時に「ああ、ここに行ったな」という確認作業で終わってしまうことも。

僕が大切にしているのは、その「場所」で起こった「場面」を記録することです。 例えば、エルサレムの旧市街。もちろん嘆きの壁や聖墳墓教会といった「場所」は 重要です。しかし、そこで祈りを捧げる人々の敬虔な表情、雨の石畳での今昔物語、土産物店の細路地を行き交う武装した治安部隊員……。そういった、“その時、その瞬間にしか存在しない空気感や出来事、つまり「場面」” こそ、後々まで鮮明な記憶として蘇るのではないでしょうか。

同じ場所でも、時間や天気、そこにいる人々によって「場面」は刻々と変化します。 昨日と同じ場所でも、今日出会える光景は全く違う。だからこそ、「今、ここでしか撮れないもの」に意識を向けてみてください。それは、壮大な景色だけでなく、道端で見つけた小さな発見や、人々の何気ない仕草かもしれません。

写真家 花井亨 訪問者が少ない”嘆きの壁”(3月20日、エルサレム)

訪問者が少ない”嘆きの壁”(3月20日、エルサレム)

写真家 花井亨 イスラエル

写真家 花井亨 イスラエル エルサレム旧市街を歩く軍人(3月20日、エルサレム) 

エルサレム旧市街を歩く軍人(3月20日、エルサレム)

2.「凄い!」は言葉ではなく、写真に写し込む

旅先で心を揺さぶる光景に出会った時、「うわー、凄い!」と感動しますよね。その感動を写真で伝えたいと思うのは自然なことです。でも、その「凄さ」を後から「ここは〇〇が凄くて……」と言葉で補足しなければ伝わらないとしたら、少しもったいないかもしれません。

写真の力は、言葉を超えて感情や場の雰囲気を伝えられるところにあります。なぜ「凄い」と感じたのか? それは、光の美しさなのか、スケールの大きさなのか、人々の熱気なのか、あるいは静寂の深さなのか。その「凄さ」の根源を自分なりに解釈し、構図や光、被写体の表情などを通して写真の中に写し込むことを意識してみてください。

例えば、広大な峡谷にはさりげなく車や人を入れ込めば、そのサイズ感が伝わります。死海を撮るなら、ただ太陽と湖面を写すだけでなく、湖面に映る空の色、その光景を眺める人の反射も狙うことで、その場の持つ独特の空気感や静謐な美しさをより強く表現できるかもしれません。

写真家 花井亨 01

写真家 花井亨 イスラエル 国旗 マサダの城塞(3月22日、マサダ)

マサダの城塞(3月22日、マサダ)

写真家 花井亨 02

写真家 花井亨 03

3. スーパーフレッシュアイを信じろ!「いいな」と思うものを素直に撮る

初めて訪れる国や街。そこでは外国人であるあなたの目は「スーパーフレッシュアイ」になっています。地元の人にとっては日常の光景でも、あなたにとってはすべてが新鮮で、驚きに満ちているはず。これ、実は “最強の「無双モード」” なんです。この新鮮な感動こそが、シャッターチャンスの源泉です。「これは撮るべきものだろうか?」「他の人はどう思うだろうか?」なんて考える必要はありません。あなたが「あ、いいな」「面白いな」「美しいな」と直感的に心が動いたものを、素直に撮ってみてください。

上手い下手は二の次です。ガイドブックに載っているような模範的な写真を目指す必要もありません。路地裏のカップル、カラフルな壁、不思議な形の看板、ユダヤ教超正統派の街……。あなたの心が捉えた「いいな」は、きっと他の誰かの心にも響 く、オリジナリティのある一枚になるはずです。この「無双モード」を存分に活かさない手はありません。

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4. 見せすぎも、見えなさすぎもNG。「寄る」か「引く」か?

写真を撮る時、被写体との距離感、つまり「寄る」か「引く」かは非常に重要です。 魅力的な被写体を見つけた時、そのディテールや表情を強調したいなら、思い切って「寄る」。被写体に近づくことで、背景の情報が整理され、主題が明確になります。ポートレートや、物の質感を伝えたい時などに有効です。

一方で、その被写体が存在する環境や状況、スケール感を伝えたいなら、「引く」。周りの風景や他の要素を取り込むことで、物語性や場の空気感が生まれます。広大な風景や、街の雑踏の中での一コマなどを撮る場合に効果的です。

大切なのは、「何を伝えたいか」を考え、それに合わせて距離感を決めること。「見せたいもの」が多すぎて散漫になったり、逆に情報が少なすぎて何の写真か分からなくなったりしないよう、“「見せすぎるのも、見えなさすぎもNG」” という意識を持つと、構図が整理され、伝わる写真に近づきます。

写真家 花井亨  訪問者が少ない”嘆きの壁”(3月20日、エルサレム)

訪問者が少ない“嘆きの壁”(3月20日、エルサレム)

写真家 花井亨 07

写真家 花井亨 夕日を浴びるテルアビブに向かうフリーウェイ(3月25日、イスラエル)

夕日を浴びるテルアビブに向かうフリーウェイ(3月25日、イスラエル)

5. カメラはいつでも撮れるように。ただし安全第一で

最高の「場面」は、いつ訪れるか分かりません。カフェで一息ついている時、道を歩いている時、ふとした瞬間にシャッターチャンスはやってきます。

だからこそ、カメラはできるだけ「いつでも撮影できる」状態にしておくことが理想です。「あ、今だ!」と思った時に、カバンからカメラをごそごそ取り出していたのでは、その瞬間はもう過ぎ去ってしまいます。

もちろん、治安の良くない場所などでは、常にカメラを手に持っていることがリスクになる場合もあります。そこは状況判断が必要ですが、例えば、すぐに取り出せるようにストラップで首や肩からかけておく、ポケットに入る小型カメラを活用するなど、安全に配慮しつつ(盗まれない程度に)、できるだけ即応できる準備をしておきましょう。

僕がミラーレスにレンズ1本というシンプルな装備を好む理由の一つも、その機動性の高さにあります。撮りたい瞬間に、さっと構えられる。この身軽さが、多くの「場面」との出会いを可能にしてくれます。

旅写真は、技術や機材も大切ですが、それ以上に「何に心を動かされ、どう切り取るか」という視点が重要だと僕は考えています。

写真家 花井亨 08

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写真家 花井亨  Friends of Zion Museum の展示を見る人(3月19日、エルサレム)

Friends of Zion Museum の展示を見る人(3月19日、エルサレム)

今回お話しした5つのヒントは、特別なテクニックではありません。少し意識を変 えるだけで、あなたの旅写真はもっと生き生きと、あなた自身の感動を映し出すも のになるはずです。

イスラエルのような刺激的な場所はもちろん、身近な旅先でも、ぜひあなたの 「スーパーフレッシュアイ」で、たくさんの「場面」を切り取ってみてください。ミラーレスとレンズ一本でも、素晴らしい写真は撮れるのですから。

あなたの次の旅が、素敵な写真と共に、より豊かな記憶として残ることを願っています。

(写真・文:花井亨)

PROFILE

花井亨

Toru Hanai フォトグラファー

元ロイター通信の写真家、花井亨(https://www.toruhanai.com/)。その経験を基盤に、独立後は企業広報、国際機関の活動記録、ニュース報道から、世界各地の旅で出会う文化や市井の人々のポートレートまで、多岐にわたる分野で撮影・制作活動を行う。ドキュメンタリーで培われた確かな視点で「場面」の空気感を的確に捉え、被写体の本質や物語性を引き出す表現力に定評がある。作品は『ナショナルジオグラフィック・トラベラー』の表紙を2度飾るなど、国際的にも高く評価されている。

元ロイター通信の写真家、花井亨(https://www.toruhanai.com/)。その経験を基盤に、独立後は企業広報、国際機関の活動記録、ニュース報道から、世界各地の旅で出会う文化や市井の人々のポートレートまで、多岐にわたる分野で撮影・制作活動を行う。ドキュメンタリーで培われた確かな視点で「場面」の空気感を的確に捉え、被写体の本質や物語性を引き出す表現力に定評がある。作品は『ナショナルジオグラフィック・トラベラー』の表紙を2度飾るなど、国際的にも高く評価されている。

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