世界遺産として登録されたオルチャ渓谷
オルチャ渓谷「Val d’Orcia」はイタリア中部トスカーナ州シエナ県にある丘陵地帯。緑の丘陵が描くなだらかな曲線が実に美しく、その牧歌的でかつ叙情的な美しさは、多くのルネッサンスの芸術家たちに描かれ、愛されてきました。自然、芸術、文化の観点より、2004年にユネスコの世界遺産として登録されました。
伸びやかに広がる緑の大地、そして空、その景色に抱かれてみる
オルチャ渓谷の魅力はなんといっても雄大に広がる大地、柔らかな曲線を描きながらどこまでも広がります。春には萌葱色に輝き、秋には黄金色に揺れ、冬には無骨な赤土が静かに実りの準備をしている、季節に応じて色鮮やかに、そして穏やかに表情を返る大地はどんなに美麗な都市よりも美しい景観です。
どっしりと豊かに広がる大地に立つ安心感、そして遮るものもなくどこまでも広がる空に包まれる開放感、例えば旅の目的が日常からの離脱であるならば、ここほど全てから離れて、ただ空と大地と、そこにある自分を感じることができる場所はないようにも思います。
雄大な自然美の渓谷、実は人々の努力によって作り出されたものだった
さて、今では、麦やオリーブ、ワイン用のぶどうなど、実り豊かな大地のオルチャ。実は元々塩分も多く、粘土質の土壌のため耕作に向かない土地で、不毛の荒れ地でした。それを数百年に渡る人々の努力によって豊かな田園地帯へと変わっていったのです。
14世紀に入り、地主が「一生懸命に開墾すれば、収穫の半分を農民のものとする」という好条件を出したのをきっかけに、農民はさらに開墾を進めてゆきました。そして、開墾を進めることにポジティブなモチベーションを得た彼らは、ただ農地を耕すだけでない、美しい景観を意識し、不毛の土地に理想郷を作ろうとしたのです。丘陵に緩やかな曲線を描き走る道、なだらかな景色に効果的に映える背の高い糸杉を植え、自然の中景観をこわすことなく、むしろそれを際立たせるように作られています。この美しい大地が、当時の人々の努力、理想に燃える思い、そして本当に美しいものを知る清らかさによってもたらされたものなのだと思うと、感慨無量です。
古の人に学びたい、自然を守ること、自然と共に生きること
私たちは自分たちが豊かになるために自然を切り崩していきました。そして自然を失いかけて、今ようやくそれを守ろうとやっきになっていますが、本当に今正しい方法をとれているのでしょうか? 自然を守るという名目で、自然を閉じ込めてしまってはいないでしょうか? 結果、自分たちを自然から切り離してしまっていないでしょうか?
自然を守ること、自然と共に生きること、その方法と結果はここのオルチャ渓谷に見ることが出来ます。生きることに今以上に真摯だった古の人の知恵と自然、命を大切にする思いを学びたいですね。
[All Photo by Ryoko Fujihara]