夏休みの自由研究のように、心惹かれることについて、じっくり調べてみる。考えて、試行錯誤し、また考えて、まとめて、発表する。TABIZINEにもそんな場がほしいと思い【TABIZINE自由研究部】を発足しました。部員ライターそれぞれが興味あるテーマについて自由に不定期連載します。
筆者の連載では、常々不思議に感じていた、そして実は根拠のない自信にもつながっていると思われる「日本人の情緒」について考えていきたいと思います。
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今回も前回に続き、日本が世界に誇る天才数学者、岡潔氏の言葉と照らし合わせながら、情緒について考えていきます。岡氏は、数学者でありながら、情緒や教育について独自の研究を重ね、多くの名随筆を残しました。
岡氏は「人の中心は情緒である」と言います。
すみれの花はいいなあと見るのが情緒
<たとえば、すみれの花を見るとき、あれがすみれの花だと見るのは理性的、知的な見方です。むらさき色だと見るのは、理性の世界での感覚的な見方です。そして、それはじっさいにあると見るのは実在感として見る見方です。
これらに対して、すみれの花はいいなあと見るのが情緒です。これが情緒と見る見方です。情緒と見たばあいすみれの花はいいなあと思います。芭蕉もほめています。漱石もほめています。>(「数学する人生」P166より引用)
岡氏は、なぜいいと思うのか、それはわからないとしながらも、続いて大自然について述べています。植物は、その小さな種を土にまくと、誰に教えられたわけでもなく芽を出し、葉をつけ、花を咲かせ、実り、そして枯れていきます。特に手をかけられるわけでもない道端に咲く花でさえそうなのです。
こんな不思議なものを人間の手で作り出せません。そんなふうに、自然を自然として存在させている大自然の不思議。スミレの花を見るときには、きっとそんな背後にある大自然の不思議やたくましさ、けなげさまで一緒に感じているのではないでしょうか。そしてもちろん自分自身も、その大自然の一部なのです。
日本人には、自分も大自然の一部だという感覚がもともとあるように思えます。「自然を支配する」のではなく、昔から自然を恐れ敬い、共生してきました。人間関係においても、「自己を主張する」「常に相手と対等でありたい」という文化はなく、集団全体を大切にする「和」が重んじられ、自分より相手をたてることが美徳とされてきました。
日本語でしばしば「私は」「彼が」といった主語が省略されるのも、こうした日本人的情緒が関係しているのではないでしょうか。常にみなが全体の一部であるので、誰が、ということをそこまで強く強調する必要性を感じないのではと筆者は思います。
個人主義がベースであれば、「自然を支配する」「自己を主張する」「言葉にしないとわからない」「常に相手と対等でありたい」という文化が生まれて当然です。しかし日本人には本来、誰もが全体の一部であるというベースがあるように感じます。
スミレはスミレとしてしか咲けない
さらに岡氏は、日本的情緒を持ち続けることがいかに大切かということを、繰り返し訴えてきました。
<私は日本人というスミレだから、スミレのようにしか花咲けない。私は第一着手に情を通じなければいけない。そしてその情を、その一点に集めなければならない。>(「数学する人生」P76より引用)
情は移ります。通います。自他の区別なくたやすく共通の感覚となります。そしてその情が通じているという前提で、情緒は成り立ちます。さらに、スミレはスミレとしてしか咲けないのだから、その一点に情を集めることが大切だと岡氏は言うのです。
「その人らしく咲く」という表現がありますが、日本人という民族においても「日本人らしく咲く」ということが大切なのかもしれません。バラに憧れてもいいでしょう。ユリに心奪われてもいいでしょう。でもスミレはスミレとして咲く宿命なのです。他への憧れや羨ましさから真似しようとしても、それは難しい。民族的情緒のいろどりを忘れてしまうと、個性も見出しにくいし、幸せや成功からも遠ざかるように感じます。
個々の差はあるにしても、日本人はいま過渡期に立っているように思います。バラやユリのようになろうとしても、やはりスミレはスミレ。それはどちらが優れているとか劣っているとかではなくて、それぞれの美しさであり、情緒のいろどりなのだと、日本人全体が少しずつ気づき始めている。だからこそ昨今、岡氏の著作や言葉が再注目されているのではないでしょうか。
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参考文献
「心といのち」岡潔著/大和出版
「日本のこころ」岡潔著/講談社
「情緒と創造」岡潔著/講談社
「岡潔集 第一巻」岡潔著/学習研究社
「春宵十話」岡潔著/角川ソフィア文庫
「数学する人生」岡潔著、森田真生編/新潮社