読書の良いところは、登場人物たちの経験を通して疑似体験をできるところ。特にノンフィクションの旅行記は、自分も一緒に旅をしているような気分になれます。今回は、「本の著者たちが好奇心に駆られ謎解きの旅に出た」旅行記をご紹介したいと思います。異国情緒に酔いしれるとともに、まるで推理小説を読んでいるような興奮を覚えられる3冊です。
「バウルの歌を探しに バングラデシュの喧騒に紛れ込んだ彷徨の記録」
まず1作目は、元国連職員としてパリに5年半間住んだ川内有緒さんの「バウルの歌を探しに バングラデシュの喧騒に紛れ込んだ彷徨の記録」。そう、パリではなくバングラディシュを旅した記録をまとめた本です。
国連職員の立場を手放し日本に帰国した川内さんは、かつて在職中に出張で訪れたバングラディシュで耳にした「バウルの歌」という言葉を思い出します。ユネスコの無形文化遺産に登録されたバングラディシュの伝統芸能である「バウルの歌」は、神秘的な吟遊詩人が奏でる音楽と歌のこと。600年の歴史を持つといわれるバウルの歌は、無形文化遺産に登録されているのに依然謎の多い存在で、川内さんも最初の出張ではその存在に接触することはかないませんでした。
現地バングラディシュ人にとっても、バウルは滅多に姿を見ることができない存在。歌の内容も宗教なのか、哲学なのかも判然としません。そのバウルの謎を解くため、川内さんは再度バングラディシュを日本人カメラマンと共に訪れ、12日間かけてバングラディシュを彷徨するのです。
現地の協力者たちとの出会いや彼らの波乱万丈な人生、バングラデュの熱気を感じさせる風景描写、謎に迫る興奮。読者である我々も、川内さんと一緒にバウルの謎を追っている錯覚を感じます。バウルの歌の謎を解明できたのかどうかは読んでからのお楽しみですが、そのしっとりとした読後感に、きっと最初から読み返してみたくなることでしょう。
「前世への冒険 ルネサンスの天才彫刻家を追って」
2冊目は、ルポ・エッセイなどを書かれる森下典子さんの著作「前世への冒険 ルネサンスの天才彫刻家を追って」。森下さんが雑誌のコラム連載を担当されていた時に、その企画の一環で霊能力者にご自身の前世を見てもらう機会を得ます。そして、その際に出会った霊能力者に言われた「ルネッサンス期の彫刻家だった」という言葉が頭から離れなくなるように。前世という概念を疑いつつも、相次ぐ偶然の発見や出会いに突き動かされ、ついには関わりのあるイタリア・フィレンツェとポルトガルのポルトに旅立つのです。
「前世」という言葉に拒否感を覚える方もいるかもしれませんが、それは著者である森下さんも同様のスタンスでした。その分、彼女が謎に巻き込まれ、その好奇心を抑えられなくなっていく様子はリアルで説得力があります。
そして謎の彫刻家「デジデリオ」に関する様々な事実が、ばらばらだったパズルのピールがひとつずつ埋まっていくように分かっていく様子はスリリングですらあります。美術に関する知的好奇心も満たされ、まるで読者である我々も一緒にフィレンツェの街を旅しているような気分になれる本です。
読後はきっと、何かの謎を解く旅に出たくなるのではないでしょうか。
最後の一冊は、アフリカの秘境への旅!
「幻獣ムベンベを追え」
3冊目は、ノンフィクション作家・高野秀行氏のデビュー作「幻獣ムベンベを追え」。ご自身が所属していた早稲田大学探検部が、アフリカのコンゴ共和国にUMA(未確認生物)モケーレ・ムベンベを探しに訪れた記録をまとめた本。「誰も行かないところへ行き、誰もやらないことをやり、それを面白おかしく書く」がモットーだそうですが、このデビュー作からすでにその作風が確立されています。
本作では、探検部の面々が現地の人々やジャングルの厳しい環境に翻弄される様子も余すところなく記録されているのですが、「何故そこまでして、本当に居るかどうかも分からない怪獣を見に行くのだろう」と思わせる困難の連続でもあります。けれどその「誰に頼まれた訳でもないけれど、自分が見たいから、知りたいから行く」という情熱がページ越しに伝わってきて「旅っていいな」「冒険っていいな」とも思わせてくれます。
そして旅に出てからの描写もスリリングですが、筆者のお気に入りは旅に出る前の準備の様子。様々な企業に協賛をお願いしたり、現地語を習うために東京在住のコンゴ人を探し回ったり、大学生たちが「その日」に備える様子は、こちらの興奮も呼び起こします。
こんな旅はなかなか出来ないかもしれませんが、旅先でのちょっとしたアクシデントや困難に遭遇した時にぜひ思い出したい一冊です。「ムベンベ探しの旅に比べれば大したことじゃない」と立ち向かう勇気をくれるのではないでしょうか。
以上、「本の著者たちが好奇心に駆られ謎解きの旅に出た本」3冊のご紹介でした。ただ観光地を巡るだけではなく、何かひとつの謎に向き合う旅も素敵ですね。ぜひいつか、こんな密度の濃い旅をしてみたいものです。
[All Photos by Shutterstock.com]
[バウルの歌を探しに バングラデシュの喧騒に紛れ込んだ彷徨の記録]
[前世への冒険 ルネサンスの天才彫刻家を追って]
[幻獣ムベンベを追え]
[高野秀行オフィシャルサイト]