あなたが知らない、ニューヨークのレストランの苦悩

Posted by: 青山 沙羅

掲載日: Feb 1st, 2020

お手軽な屋台から最高級のレストランまで世界各国の味が揃う、アメリカ・ニューヨーク。世界の大都会でレストランを開きたいという野望を持って、我こそはと各国から人々が集まってきます。しかしながら、現在のニューヨークで飲食業ビジネスを行うことは、並大抵のことではありません。


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ニューヨークのレストランの苦悩とは


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ニューヨークでレストランビジネスを成功させたいというのは、飲食業ビジネスやシェフにとって、一生涯の憧れ。トップクラスのビジネスの成功者、億万長者やセレブが集まるニューヨークで勝負をしたい、高評価を受けたいと各国から食に関するプロフェッショナルがやってきます。この街でレストランを成功させるのは並大抵のことではありません。新しいレストランがオープンし、あっというまにクローズするのは日常茶飯事。ニューヨークのレストラン経営にあたっての苦悩とは。

テナント料(賃貸料)が高過ぎる


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ニューヨークのレント(家賃)の高さは世界でも有数で、住宅はもちろん、貸店舗も目玉が飛び出すほど高額。商業物件の場合、はじめて契約する時は、10年リースが多く(15〜20年契約もあり)、その後の更新は、5年ごとが一般的なようです。

37 West 19th StにあったFlatiron Lounge(カクテルを提供したバー)は、2003年は9,000ドル(約98万円 2020年1月8日換算)のテナント料でした。その後テナント料は値上がりしていき、2019年のリース契約の更新時、2018年に払っていた22,000ドル(約240万円 2020年1月8日換算)から36%アップの30,000ドル(約326万円 2020年1月8日換算)を提示され、15年の営業に幕を下ろしました。

ニューヨークのミッドタウンウエストで、レントは30,000ドル〜、ブルックリン ベッドフォードで25,000ドル〜、グランド・セントラル駅付近は、レントが高いのみならずテナント審査が厳しく、競争率の高いロケーションと言われます。

ニューヨーク市の人件費が高い


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ニューヨーク市の最低時給(従業員10人以下の小企業含む)は、2020年1月現在15ドル。2009-2013年までは最低時給は7.25ドルで、家賃も物価も高いニューヨークでどうやって暮らして良いのかという安さでした。2016年にはニューヨークの最低時給は9ドルなり、2019年末には最低時給15ドルになりました。6年間で2倍になった訳です。

ただし、ニューヨークでは交通費が支給されない場合がほとんどで、ベネフィットと呼ばれる健康保険や有給休暇などの福利厚生を従業員に付与する企業は限られます。アメリカで健康保険の加入率が低いのはそのためで、自腹で入ると恐ろしく高いのです。時給が上がって生活が豊かになったかといえば、人件費が上がることによって、物価は上がり、交通費も上がり、家賃も上がりました。

ニューヨーク州の最低時給実施スケジュール

ニューヨーク州最低時給実施スケジュール
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最低時給の引き上げは、物価が高いニューヨーク市が優先され、ニューヨーク市周辺の郊外や市外は遅れて実施されます。

マンパワーから機械化へ


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客単価の安いファストフードは、人件費を削るため、オンラインやタッチパネルでのオーダーを推奨しています。ファストフード店には店員が減り、タッチパネルが目立つようになりました。人件費の引き上げにより、企業が人件費を削減したがるため、雇用や労働時間は減りつつあります。

アメリカで職人のビザが許可されない


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トランプ政権になってから、ワーキングビザが取れなくなり、今まで問題なく働いていた職人のビザが許可されなくなりました。職人が確保できず、閉業に追い込まれた鮨店もあります。日本のみならず、各国レストランのシェフが同様と思われ、ニューヨークのレストランはアメリカ料理以外は、本場の味を守れるのかどうか疑わしくなってきました。日本の職人で残っているのは、古くからいる60-70代以上(昔は比較的簡単にビザが取れた時期があった)の職人。現在の日本食レストランやラーメン店は、メキシコや中米、南米の従業員が多く働いています。

ガイドブック掲載の老舗レストランが消えてゆく

ニューヨークのガイドブックに掲載されていた有名店が、次々と閉業。閉業するのは、リース契約の更新のタイミングが多いのです。更新時提示されたテナント料が恐ろしく高く、今までの倍の家賃を要求するオーナーもザラ。売上と家賃の釣り合いが取れなければ、店をたたむしかないのです。

ユニオンスクエア コーヒーショップ 2018年10月閉店


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デザイナーのアイザック・ミズラヒ、俳優のケビン・ベーコンなど多くの有名人に愛され、TVドラマのSATC(Sex and the City)にも出てきた有名店。容姿の良いサーバー(ウェイトレス)が眼の保養でした。テナント料の値上がりと、150名に及ぶ従業員を抱え、2018年12月の最低賃金値上げ前に閉業。

ブルーウォーターグリル 2019年1月閉店


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シーフードが美味しい、ザガットにも評価された人気のレストラン。リース契約の更新時に、年間200万ドル(約2億2千万円 2020年1月8日換算)を超えるテナント料を提示され、20年の幕を下ろし閉業を決めました。

寿司田(すしでん) 2019年2月閉店


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トランプ政権になってから、職人のビザが取れなくなり寿司職人が確保できなかったため。1987年オープン、30年を超える営業で、日本と変わらぬ味が食べられるとファンが多い店でした。

ディーンアンドデルーカ 2019年10月閉店


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ファッショナブルさとお高い値段がステータスだったグルメ・スーパー。ソーホーの旗艦店を始め、ニューヨーク・タイムズ紙の本社など数店舗ありましたが、すべて閉店。ニューヨーク店では業者への未払い、従業員への給与の遅れがあったと言われています。

シティべーカリー 2019年10月閉店

シティベーカリー 閉業の告知
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1990年オープン、ハイブリッドスイーツの先駆けの「プレッツェル・クロワッサン」が人気で、多くの日本人女性が詰めかけ、店内には日本語での商品説明も出るほど。冬のホットチョコレートも大人気でしたが、2019年10月閉業。姉妹店拡張の失敗が原因と言われています。

新規店のオープンに時間がかかる


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ニューヨークでは、施工に思う以上に時間がかかります。加えて、ガス・消防局・保健局の認可が簡単に降りず、1年以上店を開けられないこともザラ。リカーライセンス(アルコール類の販売許可)の取得ほか様々な登記にも、大金と時間(半年以上〜)を要します。またレストランが住宅地や教会、学校などの近隣の場合は、リカーライセンスは許可されません。

色々な問題をクリアする前にもテナント料は発生します。売り上げが発生しない、オープン前に時間がかかるのは厳しいことです。

ニューヨーク出店の難しさ

いきなりステーキ ニューヨーク店舗
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国内での好調を受け、2017年から米国で出店を開始した「いきなり!ステーキ」。短期間の間に複数店舗を開店工事して行ったので、関係業者の間では「大丈夫なのか」と危惧の声が上がっていました。狭いマンハッタンで、売り上げ実績もなく、短期間で11店舗も開業するのは、かなりリスクを伴うことでした。フォークとナイフを使って立ち食いするのに違和感のあるアメリカでは、立ち食いのいきなりステーキは馴染まず、結局2019年2月に11店舗中7店舗を閉鎖。残る4店舗中、2店舗は着席で食事出来るように変更、2店舗はPepper Lunch BroadwayとPepper Lunch Chelseaとして業態変更しています。

筆者は長い間施行中の店舗を横目で見ておりましたので、オープンして間もなく7店舗が閉店したことを思うと、どれほど多額の損失なのかと恐ろしくなりました。

シャッター街化が進むマンハッタン

次々と閉店していったニューヨークの有名レストランは、20-30年前のニューヨークが最も景気の良い、華やかなりし頃にオープンしています。現在は景気がそれほど良くないにも関わらず、ニューヨークの賃貸料は天井知らずに上昇を続け、テナントは出ていかざるを得ません。

筆者のお気に入りだった、安くて美味しいレストランやヴィンテージショップ(古着屋)の半数以上は閉業、または移転してしまいました。2017年におけるニューヨーク市の小売店舗の空室率は5.8%と言われていますが、筆者には2割強は空いているように見えます。特に地下鉄駅近くの店舗が数多く空いているのは、夜間には暗く、治安に不安を感じることも。小さなレストランやブティックが出て行ったまま、空き店舗が増え、シャッター街化が進むニューヨーク。フリーランスのソフトウエア開発者が手がけるサイトVACANT NEW YORK(ニューヨークの空き店舗マップ)では、マンハッタンの空き店舗を見ることが出来ます。

【参照記事】
“Why It’s So Hard for NYC Restaurants to Calculate a Rent That Works” Eater
Coffee Shop in Union Square Set to Close NBC New York
How Rent Spikes Are Creating Fine Dining ‘Deserts’ In New York City Bloomberg
Dean & DeLuca Closes Its Flagship Store, at Least for Now NY Times
家賃を倍払え。NY人気レストラン突然閉店の裏に複雑な不動産事情 MAG2 News
マンハッタンでの事務所・店舗探しについて 〜基本編〜 Nest Seekers International
【ニューヨークで念願のレストランをオープンする 4】 Sakai不動産 
寿司田が閉店 職人のビザ更新できず ニューヨーク生活
NY進出をお考えの方 | ニューヨーク出店:進出 National Alliance New York
「いきなり!ステーキ」米で苦戦、NYで一部店舗閉鎖  日本経済新聞
ペッパー、8年ぶり最終赤字 米国のステーキ店不振で 日本経済新聞
7店舗閉店決定のいきなりステーキ米国川野社長本紙に語る 週間NY生活
米ニューヨーク市の小売店舗空室率、過去10年で1.5倍に JETRO
ニューヨークを愛する住民が「空き店舗マップ」を作った理由 Buisiness Insider
VACANT NEW YORK

PROFILE

青山 沙羅

sara-aoyama ライター

はじめて訪れた瞬間から、NYに一目惚れ。恋い焦がれた末、幾年月を経て、ついには上陸。旅の重要ポイントは、その土地の安くて美味しいものを食すこと。特技は、早寝早起き早メシ。人生のモットーは、『やられたら、やり返せ』。プロ・フォトグラファーの夫とNY在住。

はじめて訪れた瞬間から、NYに一目惚れ。恋い焦がれた末、幾年月を経て、ついには上陸。旅の重要ポイントは、その土地の安くて美味しいものを食すこと。特技は、早寝早起き早メシ。人生のモットーは、『やられたら、やり返せ』。プロ・フォトグラファーの夫とNY在住。

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