ニューヨークの地下鉄構内で
世界の大都会と言われるニューヨーク。人口は、862.3万人(アメリカ合衆国国勢調査局2017年現在)。いろいろな国から人が思いを抱いてやってきては、去っていきます。
ニューヨークの地下鉄42丁目は、各線をつなぐ巨大な駅。42丁目のポートオーソリティ駅とタイムズスクエア駅を繋ぐ、地下鉄構内の長い通路は、人々が慌ただしく行き交う場所。人混みに押され、立ち止まる余裕はありません。
多くの人々が、無表情に先を急ぎます。
目的地へ、家へ、どこかへ。
なんだかいろんなことが上手くいかない
誰でも物事がうまくいかない時があります。
私は何をやっているのだろう。
誰も私を必要としていない。
私の居場所はどこにある?
人並みの基準ってなに?
自分に出来ることって、何があるのだろう。
人生をややこしくさせるものは限りなくあり、
無責任な人の噂は真偽に関係なく広まります。
涙がこぼれないように見上げた時だけ、見つけられるもの
筆者が「それ」を見つけたのは、旅行者としてニューヨークを訪れていた頃でした。
落ち込みながら地下鉄構内を歩いていると、自分がモグラになったような惨めな気分に。42丁目のポートオーソリティ駅とタイムズスクエア駅を繋ぐ地下鉄構内の長い通路は、ニューヨーカーの巨大な波が押し寄せてはまた去っていきます。「また今回もうまくいかなかった。自分はどうしてこんなことばかり繰り返しているのだろう。」とあふれてきた涙がこぼれないように顔を上にあげて、歩いていました。
上を向いて歩いていると、天井近くに何かが書いてあるのがふと目に入りました。通路の上方に言葉が一枚ずつ貼ってあり、涙がこぼれないように視線を上にあげた人にしか見えません。視線の先には、こんな言葉がありました。
通勤者の嘆き(The Commuter’s Lament)
Overslept.
しまった、寝過ごした。
So tired.
なんでこんなに疲れきっているんだろう。
If late,
もし遅刻したら、
Get fired.
クビになっちまう。
Why bother?
なんで面倒ごとばかりある?
Why the pain?
なんでこんなに心が痛むんだ?
Just go home.
うちに帰ろう。
Do it again.
だけど、もう一度だけやってみよう。
“The Commuter’s Lament” or ”A CLOSE SHAVE” 作者 Norman B. Colp (意訳 青山沙羅)
視線を上げた人にだけ、「通勤者の嘆き(The Commuter’s Lament)」という詩が見つけられるのです。
作品名: 通勤者の嘆き(The Commuter’s Lament)
アーティスト:Norman B. Colp氏(2007年8月没)
設置場所:ニューヨークシティ地下鉄構内
42丁目ポートオーソリティ駅とタイムズスクエア駅の通路
設置時期:1991年
NYC Subway
危機一髪(A CLOSE SHAVE)
筆者のように涙をこらえて視線を上げて歩く人が、他にもいるのかとびっくりしました。そして読み進めていく中で、最後の”Do it again”を読んだ時、堪えていた涙はあふれました。
「もう一度だけ、やってみよう」。人生が終わってしまったわけじゃない、起死回生の可能性は生きている限りある。ニューヨークってだから好きだ、と思ったのです。
今でもこの地下鉄通路を通る時、視線を上げて、あの頃の気持ちを思い出しながら詩を読みます。この詩を見つけるのは筆者を含めてごく少数と当初は思っていましたが、実際にはもっと多くの人が見ているのかもしれません。1991年当初1年間だけ展示する予定だったこのアートは、撤去されることなく常設展示となり、天井の上から行き交う人々を眺めています。「もう一度だけ、やってみよう」という言葉に、ギリギリのところを救われている人がどれだけいるのでしょうか。
作品名には「通勤者の嘆き(The Commuter’s Lament)」の他に、「危機一髪(A CLOSE SHAVE)」というタイトルがつけられています。
参考
The Story Behind the Peculiar Poem in NYC’s Port Authority Tunnel Mental Floss
Artwork: The Commuter’s Lament-A Close Shave (Norman B. Colp) NYC Subway
[All photos by Sara Aoyama]
※無断で画像を転載・使用することを固くお断りします。
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sara-aoyama ライター
はじめて訪れた瞬間から、NYに一目惚れ。恋い焦がれた末、幾年月を経て、ついには上陸。旅の重要ポイントは、その土地の安くて美味しいものを食すこと。特技は、早寝早起き早メシ。人生のモットーは、『やられたら、やり返せ』。プロ・フォトグラファーの夫とNY在住。
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