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お伊勢参りが日本人の旅行の原点
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そもそも日本人の旅のはじまりは、江戸時代のお伊勢参り(伊勢参宮)だといわれています。
三重県伊勢市にある伊勢神宮は、全国約8万社の神社の中で最大の聖域であり、全国の神社の中でも格別のお宮として崇敬を集めるとともに、「お伊勢さん」として親しまれています。
江戸時代、移動に厳しい制限のあった庶民にとって、許されたのは信仰を目的とする旅でした。「一生に一度はお伊勢参り」といわれ、お伊勢参りは周期的に爆発的なブームとなったそうです。1830年(文政13年)には5カ月足らずで427万人の参宮者があったという記録もあるとか。ちなみに、2023年の年間参拝者数は、約717万人でした(令和5年伊勢市観光統計)。
明治時代になると、関所が廃止され、庶民は自由に国内を旅行できるようになります。鉄道の発達とともに鉄道旅行が普及していきました。
日本初の旅行会社「日本旅行」
日本初の旅行会社は、赤い風船やベストツアーなどで知られる、現在の「日本旅行」です。
1905年(明治38年)、日本旅行の創業者、南新助が、当時国鉄にお世話になっているお礼に、高野山参詣並びに伊勢神宮参拝を列車による団体旅行で実施しました。いずれも参加者は100名前後だったそうです。この時代もお伊勢参りが人気だったんですね。
同年、南新助は日本旅行の前身にあたる「日本旅行会」を創業しました。
日本人初の新婚旅行に行ったのは坂本龍馬
坂本龍馬新婚の旅碑
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1866年(慶応2年)1月21日、苦心の末、薩長同盟を成功させた坂本龍馬は、2日後、宿舎であった京都・伏見の寺田屋で、伏見奉行所の役人に襲撃を受けて負傷。薩摩藩邸にかくまわれます。
両手の親指などに深い傷を負った龍馬は、寺田屋で働いていたお龍に薩摩藩邸で看護を受けました。その後、龍馬とお龍は結婚することに。
西郷隆盛や小松帯刀の勧めもあって、龍馬はお龍との新婚旅行を兼ねて薩摩の霧島山へ湯治旅行に向かいました。これが、日本人初の新婚旅行といわれているのです。
龍馬夫妻は3月10日に鹿児島に入港。日当山から塩浸(しおひたし)や栄之尾(えのお)の温泉を巡ったほか、谷川で釣りをしたり、ピストルで鳥を撃ったり、ミヤマキリシマが一面に咲く高千穂に登って天の逆鉾をひきぬくなど、6月まで薩摩各地に滞在し、ハネムーン気分を満喫したそうです。
鹿児島市天保山町(てんぽざんちょう)には、「坂本龍馬新婚の旅碑」があります。この銅像は文化勲章受賞の彫刻家・中村晋也氏によって制作され、1980年(昭和55年)2月28日に設置されました。
住所:鹿児島県鹿児島市天保山町13番地内
アクセス:JR西鹿児島駅より市営バス停熱帯植物園前まで10分、徒歩2分、市営バス停天保山より徒歩5分
塩浸温泉龍馬公園
写真協力:公益社団法人 鹿児島県観光連盟
龍馬夫妻が18日間滞在した塩浸温泉には、「塩浸温泉龍馬公園」が整備されています。宿泊はできませんが、2つの源泉を楽しめる温泉施設や、塩浸温泉に宿泊したことを記念した「坂本龍馬・お龍新婚旅行湯治碑」、坂本龍馬とお龍の新婚旅行の地など、当時を回想する展示物や龍馬と霧島・薩摩がわかる「龍馬資料館」、「龍馬とお龍の縁結びの足湯」などがあります。
住所:鹿児島県霧島市牧園町宿窪田3606
営業時間:9:00~18:00(※入浴受付17:00まで)
休日:月曜日 ※祝日の場合は翌日が休業日
料金:[入浴料]大人420、小人150円
[資料館入場料]大人300円、小人150円
アクセス:JR肥薩線嘉例川駅から車で約5分
公式サイト:https://www.city-kirishima.jp/kirikan/shisetsu/kanko-leisure/shiohitashi.html
[参考]
伊勢神宮
コラム:庶民の旅について | 兵庫県立歴史博物館:兵庫県教育委員会
旅行文化変遷史(Ⅰ) ~変わり続ける旅のスタイル<戦前編> | (公財)日本交通公社
日本旅行
かごしま市観光ナビ
鹿児島県霧島市|龍馬・お龍日本最初の新婚旅行地、霧島市
鹿児島県観光サイトかごしまの旅
九州旅ネット