【TABIZINEインタビューVol.10 クリストフ・ガンズ氏】
250年以上も前にフランスで生まれたおとぎ話、『美女と野獣』。今回その実写化に挑んだのは、映画『サイレントヒル』など幻想的な映像美で評価されるクリストフ・ガンズ監督だ。王子にかけられた呪いの理由やベルの家族の性格など、今まで触れられることのなかったエピソードも、原作から丁寧に抽出している。さらに、従来の西洋的価値観に一石を投じるとも言える、本作に描かれた自然観や心理描写・・・。『美女と野獣』は、こんなにも深い物語だったのかと驚きを隠せない。そこに込められた監督の想いについて語っていただいた。
人間と自然とのつながりを描く
—最も印象に残ったのは、“自然”の象徴である金色の鹿が、“自然を制御する”象徴であるフランス式庭園で殺されるシーンでした。あれは意図されたものですか?
「そうですね。あのシーンにはすごくいろいろな意味が込められていて、自分でも最も好きなシーンのひとつです。フランス式庭園というのは幾何学模様で、まさに人間が自然をコントロールするものの象徴。だからあえてその庭園を映し出し、鹿が追いつめられていく様子を意図的に作ったんです。鹿はどんどん猟犬に追いつめられ、逃げられなくなって、幾何学模様の中に迷い込んでしまう。ここでは、人間の力が徐々に自然を追いつめて、行き止まりの状態になるというコントラストを見せたかったんです。」
—追いつめる過程にも、意味があったんですね。
「日本映画でも、こういったビジュアルパラドックスがよく見られますよね。自然なものと幾何学的なものとか、美しいものと暴力的なものとか、相反するものを一緒に表す手法です。さらに、自然に逆らったことをすると人間は罪を負う。それは、狩りが好きな王子がやっと鹿をしとめたと思い喜ぶと、実は最愛の妻を自らの手で殺してしまっていた、という形で描かれています。自然に反する罪はいかに大きいか、どれほどの代償を突きつけられるかを象徴するシーンです。」
—最愛の妻を失った瞬間の、ヴァンサン・カッセル氏(王子役)の演技も圧巻でした。
「彼とは以前、『ジェヴォーダンの獣』で一緒に仕事をしたことがあって、長い付き合いの友人でもあります。彼の性格もよく知っているので、今回野獣には彼の性格を注ぎ込んで、彼の欠点の部分も野獣になる前の王子として描きました(笑)。だから、映画の中の王子の時代も、野獣の時代も、あれはすべてヴァンサンの性格そのものなんです。」
—野獣(王子)の役は、彼以外にはなかったということですね。
「主人公の二人に関しては、最初からそうでした。ベルはレアで野獣はヴァンサン。それを想定しながら脚本を書いたくらいです。万が一彼らが断ってきていたら、他のキャストを探さなければいけなかったでしょうけれど・・・本当に最初から彼らしか考えられないと思っていました。」
—ベル役のレア・セドゥさんとは初めてお仕事をされたそうですね。
「彼女は複数の顔をもっているところが魅力ですね。少女っぽいところ、大人の女性の一面、かと思えば急にボーイッシュな人間になったり、さまざまな顔がある。今回の『美女と野獣』では、数日の間にパパっ子である少女から野獣に惹かれる恋する大人の女になっていく。まさに彼女はそのシーンに求められている顔を瞬時に使い分けて演じてくれました。」
「この作品では、撮影と編集の場がすごく近く、その日撮影したものをすぐ編集してチェックしていました。キャストが編集の場を訪れることもよくあったのですが、彼女は撮影が終わるとすごくボーイッシュで、ジーンズとかでくるんです。『あれ? 昼間のプリンセスはどこへ行っちゃったの?』という感じ(笑)。普段は本当に気さくな女性で、でもスクリーンに映るとこの上なくフェミニン。いろいろな表情を使い分けられる素晴らしい女優さんですね。だから、彼女に対して固定したイメージは持っていないんです。」
『美女と野獣』には実は深いテーマがある
—『美女と野獣』はジャン・コクトー版もありますが、やはりディズニー版を思い浮かべる人が多いと思います。ディズニー作品へのライバル心はありましたか?
「もちろん、過去の作品は意識しています。ジャン・コクトー版の『美女と野獣』は大好きなフランス映画のひとつですし、フランス文化として世界中で認められ、広がっている作品。しかし残念なことに、フランス本国でも30歳以下の人はコクトーの映画を知らずに、『美女と野獣』といえばディズニーだよね、と思っている。私もこの映画を作るときにSNSなどのフォーラムをのぞいたのですが、『彼はディズニーのリメイクをするんだ』と言われているのがすごくしゃくにさわりました。私の中では原作がフランスのものだし、コクトーの作品に敬意を払っているので、コクトー版で描かれていない部分を補完する、という気持ちはあったのですが・・・。」
—有名なのはディズニー版である、と。
「それはもう、どうしようもないことですよね・・・。対抗心から言っているわけではないのですが、個人的にディズニーの『美女と野獣』は好きではないんです。いかにもアメリカ的な単純明快なストーリーに仕上げてしまっているので・・・。もちろんディズニー作品をすべて否定しているわけではありません。『ピノキオ』など大好きな作品もあります。」
「『美女と野獣』には、実はとても深いテーマがあります。例えばタイトルにしても、エンドとイズが音では同じ言葉なので、実は野獣は精神の崇高さから美しく、ベルは相手を挑発するような官能性から野獣、という解釈もできる。そんな深い問いかけもある作品なんです。」
装飾や小道具に宿らせた心理描写
—フランス本国の反応は?
「まず、こうした特殊効果を駆使した映画をフランスで作ることができると思っていなかった、というのが大きな反応ですね。すごくフランス映画らしくないと驚かれました(笑)。また、アジアではそんなことはないと思うのですが、西洋ではわかりやすい心理描写が求められます。ナレーションであったり、時系列であったり。私は役者の演技だけではなく、象徴=シンボルを散りばめながらそこを表現しました。例えば部屋の装飾、光、衣装、アクセサリーなど細部にそれぞれ意味があるんです。ただベルが野獣と会話しながら恋に落ちていくのではない。彼女をとりまく環境すべてが、徐々に野獣に惹かれる過程を表している。ベルの心情を、そうした細部に宿らせたのです。しかし西洋の文化の中では、もっとわかりやすく表現することが好まれる。その点、ディズニー版の方がいいと感じる人もいると思います。」
— 作品中の“森の神”という存在も、日本ではなじみ深いものですが、海外作品では珍しいのではないでしょうか。
「おっしゃる通り、特にキリスト教文化の中では、自然が神聖なのではなく、人間こそが神聖という考えです。しかし私は原作を探っていく中で、それとは異なる、ギリシャ・ローマ神話などの古典作品が根底に流れていることに気づいたんです。そういった神話では、神がときに獣に姿を変えて人間を魅了することさえあります。キリスト教以前のアニミズム信仰(精霊信仰)のようなもの、その価値観をこの映画の中に描きたいと思いました。だから、ベルが神に祈るシーンも、キリストに祈るのではなく、森の神に祈っているんです。」
本当は、自然こそが神聖な存在
「しかし、キリスト教的価値観が占めるヨーロッパでは理解されないこともあります。私の手がけた『ジェヴォーダンの獣』や『美女と野獣』を見て、『彼は狂信的エコロジストだから、こういう考えなんだ』と思う人もいるくらいです。私としてはエコロジスト的観点ではなく、個人的な考えで描いています。 “人間が神聖”というキリスト教的考えではなく、“自然こそが神聖で、人間は神聖ではない”と思っているのです。」
—最後に“森の神”が怒りを爆発させるシーンも、「この世界は人間のためだけにあるのではない」というメッセージなのでしょうか。
「“森の神”=自然の怒りが爆発する、というシーンはラストだけではなく、いろいろなところで描いています。王子の后である姫が亡くなるときも、突如ワーッと生える薔薇の木によって、自然の怒りが表現されています。そうした短い嵐がきては鎮まりを繰り返して、最後に極限の怒りに達した、ということを強調しているんです。日本のアニメ作品でも、大友克洋監督の『AKIRA』で鉄雄が怒りを爆発させるシーンは、まるで原発が爆発するような激しさで表現されていますよね。」
—監督は日本通で、来日もよくされているとお聞きしました。日本で気に入っている場所、これから行ってみたい場所はありますか?
「私が撮った作品『クライング・フリーマン』は日本のコミックが原作で、舞台が北海道なんですよね。しかし当時は予算がなくて、北海道にロケに行けず、カナダで撮影せざるをえなかった。そのとき、北海道がどんなところかというのをリサーチするために、いろいろな写真を見たり、ルポルタージュを読んだりしました。北海道は本当に風景が多様で、豊かなところ。いつかこの目で、その風景を見てみたいと思っています。」
「また、場所ではないのですが、日本の映画作品には多くのインスピレーションを受けています。60〜70年代の作品が特に好きで、三隅研次監督や五社英雄監督の作品は手作り感があって、ポエティックで、とてもいいですよね。本作で巨人が出てくる場面は、実は三隅監督の『大魔神怒る』へのオマージュです。あと、スタジオジブリの宮崎駿監督の作品にみる、人と自然との関わり方も大好きで、大きな影響を受けています。」
終始真摯な姿勢と笑顔が印象的だったクリストフ・ガンズ監督。想像をはるかに超える細部へのこだわりを知り、もう一度映画を観てみたくなった。“エレガントで、息を飲むように素晴らしい”衣装や、特殊メイクなしの野獣の表情、ナポレオン一世時代の絵画からインスピレーションを得たという景観など、ビジュアル面の見どころも多い。映画『美女と野獣』は、11月1日から公開される。
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「クリストフ・ガンズ」プロフィール
1960年、フランス、アルプ=マリティーム生まれ。10代の頃から、8ミリで自主映画の制作を始める。権威あるパリの映画学校IDHECで学び、イタリアの監督マリオ・バーヴァにオマージュを捧げた短編『Silver Smile』(81)を監督。80年代初期に映画雑誌を創刊し、批評家としても活動する。その後、オムニバス映画『ネクロノミカン』(93)の一話で、劇場映画監督デビューを果たす。続いて、日本のコミックを映画化した日仏合作の『クライング・フリーマン』(96)を手掛け、01年、ヴァンサン・カッセル、モニカ・ベルッチら豪華キャストが出演した『ジェヴォーダンの獣』で、国際的にも注目される。06年、日本のコナミの大ヒットゲームを映画化した『サイレントヒル』のアーティスティックな映像で高く評価される。
・映画『美女と野獣』 公式サイト
11月1日よりTOHOシネマズ スカラ座ほかにて全国公開
©2014 ESKWAD – PATHÉ PRODUCTION – TF1 FILMS PRODUCTION – ACHTE / NEUNTE / ZWÖLFTE / ACHTZEHNTE BABELSBERG FILM GMBH – 120 FILMS
配給:ギャガ