「紀元前」と聞くと、レベルがまだ低い世界をイメージする人も多いのでは? チュニジアにあるこちらも、その「紀元前」に作られたものです。
日本が弥生時代に、地中海の都市にあった港。
首都チュニスの北北東にある、今や西洋化されたお洒落なレストランやカフェテリアが立ち並ぶ、高級住宅地カルタゴ。かの地の、今ではただの池にしか見えない水辺に、小さな展示室があります。
入るとまず目につくのは、未来思考の壮大な建物の設計イメージ。
この池を、将来的に観光メインの港にする計画が進んでいるのではありません。紀元前150年にここに建てられていた古代カルタゴ帝国の軍港です。
日本が弥生時代を過ごしている時に。
発掘された柱跡から起こされた、緻密な設計図が添えてあります。
発掘データを事細かに再現した模型を眺めても、まだ目を疑いませんか?
置かれているのは、モーター船ではなく奴隷が漕ぐガレー船。
確かに、今の時代のものではないことがわかります。
カルタゴ帝国ってどんな国?
「すべての道はローマに通ず」と言われたあの古代ローマ帝国が、恐れ、徹底的な消滅を願った国、カルタゴ。古代ローマ軍は、カルタゴ帝国を焼きつくし、その焼け野原をさらに、わずかに残った建物を全てぶち壊し、永遠に誰も住めないようにと、大地に塩を撒いたそうです。
これが、発掘されたカルタゴの街の復元図。
小造りな数階建ての住居が立ち並んでいて、床はモザイクが施され、それぞれの家は下水施設がありました。各家にトイレや浴槽のあるバスルーム、さらに流しも完備の、裕福な暮らしをしていたとか。紀元前の家は、現代の家とあまり違いがないと思いませんか?
紀元前と聞くと、「そんな大昔にすごいものを・・・」と思う人も多いでしょう。でも、「紀元前」「紀元後」は単にキリストが生まれる前か後かで区切られていて、人類の歩みとは関係がないのだから、不思議ですね。
[古代カルタゴの街ケルクアン]
[くーまくーま・旅のはなし/古代カルタゴの港]
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