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「戦争証跡博物館」で、日本もかかわった「あの戦争」を知る【ホーチミン旅行記】

Posted by: 春奈
掲載日: Jan 9th, 2019.

ベトナムの歴史を語るうえで、避けては通ることができないのがベトナム戦争。その現実を知るうえで一度は訪れたい場所が、ホーチミンにある「戦争証跡博物館」です。目を覆いたくなる瞬間もありますが、直視しなければならない現実がそこにありました。

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戦争証跡博物館8
ベトナムの歴史を語るうえで、避けては通ることができないのがベトナム戦争。その現実を知るうえで一度は訪れたい場所が、ホーチミンにある「戦争証跡博物館」です。

館内には、世界各国のジャーナリストたちが命がけで切り取った真実が。目を覆いたくなる瞬間もありますが、直視しなければならない現実がそこにありました。


戦争証跡博物館


戦争証跡博物館1
サイゴン大教会や統一会堂からもほど近い、ホーチミン観光の中心地に位置する「戦争証跡博物館」は、おもにベトナム戦争の傷跡を今に伝える博物館。

1945年にホー・チ・ミンが出した独立宣言にはじまり、ベトナム戦争終結後も続く枯葉剤の被害まで、近現代のベトナムが歩んできた苦難の歴史を紹介しています。

戦争証跡博物館2
屋外には米軍の戦車や戦闘機が展示されており、館内には、9つの常設展と時期ごとにテーマが変わる企画展があります。建物は3階建てになっており、展示番号順に見学するなら、最初に2階(日本式3階)までのぼり、最後に1階に下りてくるコースをとるといいでしょう。

すさまじかったベトナム戦争


戦争証跡博物館3
冒頭の展示で、第二次世界大戦と朝鮮戦争、ベトナム戦争の規模を比較した一覧表がありました。ほぼベトナム一国を舞台にしたベトナム戦争と、第二次世界大戦の規模は比較にならないと思うかもしれません。

ところが、第二次世界大戦が3年8ヵ月で終結したのに対し、ベトナム戦争は17年と2ヵ月も続きました。その間、ベトナムに投下された爆弾の数は第二次世界大戦の3倍近い1430万トン。戦費も第二次世界大戦の約2倍にのぼります。

日本よりも面積の小さなベトナムに、これほどの大量の爆弾が投下されていたなんて・・・ベトナム戦争のすさまじさを示す事実に衝撃を受けました。ベトナム戦争によるベトナム人の犠牲者は、民間人を含め300万人以上ともいわれます。

戦争の悲惨さを雄弁に語る写真


戦争証跡博物館4
戦争証跡博物館の主役、それは「写真」です。米軍の武器や軍服なども展示されているものの、圧倒的な存在感を示しているのが、世界各国のジャーナリストたちが撮影した写真の数々。

戦争証跡博物館5
当時、米軍は報道陣に対し比較的自由な取材を認めていたため、子どもが泣き叫びながら逃げる様子や、虐殺された民間人の遺体、米兵が戦死した北ベトナム兵士の遺体を蹂躙する様子にいたるまで、ベトナムで繰り広げられていた「現実」が、そのまま世界各国に配信されることになったのです。

農民や小さな子どもも犠牲に


戦争証跡博物館6
どれだけ言葉で説明するよりも、一枚の写真のほうが、戦争の悲惨さを雄弁に物語ります。北ベトナム兵士と民間人の区別がつかなくなっていた米軍兵士は、まったくの非戦闘員であった農民や、時には小さな子どもでさえも容赦なく殺害しました。

博物館には、ベトナムの農村が米軍に襲撃された際、小さな子どもがその中に身を隠したものの、その子どもは結局米兵に殺されてしまったという、大きな土瓶も展示されています。

「死んだやつはみなベトコンと思え」。当時米軍内で言われていたというこんな言葉を目にしたとき、ベトナム戦争の狂気を感じ、背筋が寒くなりました。

戦争証跡博物館7
「どんな大義名分を振りかざしたところで、人間が殺しあう戦争、特に罪のない民間人が犠牲になる戦争は絶対に間違っている」― 理屈抜きの強い感情が、ごくごく自然と湧きあがってきました。

ベトナム戦争下で繰り広げられた地獄絵図を目にすれば、ベトナム介入の大義名分とされた「ドミノ理論(ベトナムが共産化すれば、ドミノ倒しのように周辺国も共産化するため、それを阻止せねばならないという主張)」など、何の意味もないことがわかります。

命がけで真実を伝えたジャーナリスト


戦争証跡博物館8
戦争証跡博物館では、ベトナム戦争の真実を各国に伝え、反戦の機運を高めたジャーナリストたちの功績に多くの展示スペースを割いています。インドシナ戦争で命を落とした世界各国の報道写真家の顔写真も展示されており、その中には、沢田教一氏や一ノ瀬泰造氏の姿もありました。

戦争証跡博物館9
1966年にピューリッツァー賞を受賞した沢田教一氏の「安全への逃避」は、ベトナム戦争下で撮られた最も有名な写真のひとつ。米軍の爆撃に追い立てられ、泥の川に胸までつかっている母子の姿は、「戦争は結局民間人を苦しめるのだ」という当たり前のことを、強烈に世界に知らしめました。

この写真が戦争終結を2年早めたといわれ、悲惨な戦争現場を命がけで伝えてきたジャーナリストたちの功績は計り知れません。

世代を超える枯葉剤被害の衝撃


戦争証跡博物館10
爆撃や虐殺の被害に負けず劣らず衝撃的なのが、悪名高い枯葉剤による被害。米軍は、1962年から1971年にかけて、南ベトナム解放民族戦線と北ベトナム軍の兵士が潜伏していそうな森林地帯に、7500万リットルもの枯葉剤を散布しました。

猛毒のダイオキシンを含む枯葉剤は、その後、奇形や皮膚病、盲・ろう、精神病など、先天性・後天性のさまざまな障害や疾患を生み出します。結合性双生児として生まれた「ベトちゃん・ドクちゃん」はあまりにも有名ですね。

戦争証跡博物館11
戦争証跡博物館12
1976年、枯葉剤により死んだ森のなかに裸でたたずむ少年。健康そうに見えたその少年は、19年後には全身麻痺に。会話も困難になっていました。さらに11年後には脳性麻痺またはパーキンソン病のような症状が進み、その翌年には37歳の若さで死去。枯葉剤がこれほどまでに人を変えてしまうという現実に、言葉を失いました。

戦争証跡博物館13
枯葉剤の影響で生まれた奇形児の写真も、直視するのが辛いものばかり。しかも、枯葉剤の被害は、親から子へ、子から孫へと、2世代、3世代と今も続いているのです。

戦争証跡博物館では、先天障害があると思われる息子の車椅子を押す小人症の母親とすれ違い、外国人旅行者にガイドを申し出ている腕の半分が欠損した男性の姿も見かけました。

ベトナム戦争の枯葉剤については、知ったつもりでいましたが、どこか過去のものになりつつあると考えていたふしがありました。実際には、2000年に入ってからも、枯葉剤の影響とみられる障害児の誕生は続いており、障害の連鎖が続いていると知り、人道への罪に対する言い知れない恐怖と怒り、やるせなさを感じました。

戦争証跡博物館14
枯葉剤の散布がなければ、五体満足で、元気に動き回れた人たちがたくさんいたはずなのに・・・

日本もかかわったベトナム戦争


戦争証跡博物館15
サイゴン(現ホーチミン)が陥落したベトナム戦争の終結から40年以上が過ぎた今、ベトナム戦争を直接知らない日本人は、「ベトナム戦争はアメリカが起こした戦争」という認識でいるかもしれません。

ですが、ベトナム戦争には日本も深くかかわっていました。当時、沖縄の基地から米軍がベトナムへと出撃し、戦争特需によって日本の産業界も潤いました。韓国のように直接ベトナムに派兵したわけではないにせよ、日本もベトナム戦争に「参加」していたのです。

学校ではこうした史実を教えないため、恥ずかしながら筆者も最近までそのことを知らず、「大国のエゴが起こした侵略戦争」としか思えないベトナム戦争に日本が加担していた事実に、何とも言えない気持ちになりました。

戦争証跡博物館16
唯一の救いは、博物館1階にある世界各地のベトナム反戦運動のコーナーで、日本に関する展示が最も目立っていたこと。自らの命を賭して戦争を報道した日本人ジャーナリストがいただけでなく、ベトナム戦争を止めるために立ち上がった一般人もたくさんいたのです。

「消化不良」が出発点


戦争証跡博物館17
ホーチミンの戦争証跡博物館を訪れると、米軍が犯した残虐行為へのショックや怒り、嫌悪、命をかけて現実を報道したジャーナリストへの敬意、ベトナム戦争に加担した日本への失望など、さまざまな反応や思いがないまぜになって、混乱状態に陥ります。

しかし、それはある意味で当たり前のこと。短時間で消化できるほど、ベトナム戦争の現実は単純でも生易しくもありません。たとえ一時的に消化不良を起こしたとしても、それをきっかけに少しずつ、自分なりに「あの戦争とは何だったのか」を考えていけばいいのだと思います。

戦争証跡博物館18
戦争証跡博物館は、決して気楽な観光気分で訪れる場所ではありません。人々の苦しみが表現された展示品は、見る者にもそれなりの覚悟を強います。

けれども、戦争終結から40年以上が経ち、ベトナムにも日本にも戦争を知らない世代が増えている今だからこそ、この戦争に向き合う意味がきっとあるはず。

平和な日本では、日ごろ「反戦」「平和への願い」といってもどこかリアリティがありませんが、戦争証跡博物館に来れば、一人の人間として「二度と同じ過ちを繰り返してはならない」という思いが、強く心に刻まれます。

楽しい場所ではありませんが、戦争証跡博物館は今回のホーチミン滞在中、最も印象に残った場所であり、心から「行ってよかった」と思える場所でした。

戦争証跡博物館
住所: 28 Võ Văn Tần, Phường 6, Quận 3, Hồ Chí Minh
http://www.baotangchungtichchientranh.vn/Main.aspx?L=EN

春奈

Haruna ライター
和歌山出身。東京での会社員時代に、旅先でドイツ人夫と出会う。5か月間のアジア横断旅行の後ドイツに移住し、ライターに転身。約2年半のドイツ生活を経て、現在は日本在住。「歴史地区」や「旧市街」と名の付く場所に目がなく、古い町を歩き尽くすのが大好き。世界のリアルな「ワクワク」を多くの人に伝えたい。


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