くわばら、くわばら
このところ、ゲリラ豪雨と呼ばれる大雨が各地で被害をもたらしています。ゲリラ豪雨についてはTABIZINEの過去記事「ゲリラ豪雨の予兆と対策とは?旅人が覚えておきたい基礎知識」でも書きました。急な雷雨が局地的に発生して、短時間で致命的な災害を起こしかねない自然現象です。
ゲリラ豪雨につきものの落雷には、「くわばら、くわばら」というまじないが効果的かもしれません。「くわばら、くわばら」とは、「桑原、桑原」と書きます。
どうして「くわばら」が雷よけのまじないになったのか。その理由として、死後に雷神になった(とされる)菅原道真の領地内にある桑原には、落雷が一度もなかったからなのだとか。
この「くわばら くわばら」、単に落雷よけのまじないにとどまらず、100年前に日本でも大流行したスペイン風邪の際にも、疫病よけのまじないとして多くの人に唱えられたと、当時の新聞に掲載されています。
スペイン風邪は、病状の変化も感染拡大の速度も極めて激しいため、「稲妻風邪」との別名を持ちました。そこで落雷よけの「くわばら、くわばら」が、スペイン風邪よけとしても流行したのですね。
筆者はほかの媒体で北陸のスペイン風邪について調べる際に、現地の100年前の新聞を見返しました。当時の新聞にも確かに、「桑原々々」と書いて門に張っておけば、スペイン風邪を避けられるかもしれないと書かれています。
万策尽きたとき、いつの時代も最後に人間はまじないに、すがりたくなるのですね。
カア、カア
地震の被害を最小限に食い止めるまじないもあります。例えば常光徹・著『魔除けの民俗学 家・道具・災害の俗信』(KADOKAWA)には、「まんざいろく、まんざいろく(まんざいらく、まんざいらく)」「世直し」「きょうつか」「カア、カア」というまじないが紹介されています。
「まんざいろく(まんざいらく)」は「万歳楽」と書き、悪い事態(地震)を好転させる意味がこもるらしく、「世直し」は地震の破壊を経て再生する建設的な世界を思う言葉だといいます。「きょうつか」に関しては、元来は「京(都にある将軍の)塚」を意味し、将軍の塚がある京都は地震が起きないと考えられていたそう。その考えが、沖縄県浦添(うらそえ)市(那覇市の北東)にある経塚とリンクして、地震よけのまじないになったといいます。
最後の「カア、カア」というカラスの鳴き声のようなまじないは、「川、川」が語源だともされているとかで、大地震の後に川に注目を促す言葉とも解釈できるそう。川の水位が劇的に下がれば大津波が迫っている証拠ですし、山からの川が枯れれば、富山県の大鳶山、小鳶山で江戸時代に起きたような山体崩壊(山津波)のサインとも考えられるのだとか。そのサインを見逃さないように川へ注意を促す言葉が、まじないの役目も果たしているみたいですね。
また、青森県では「地震の直後にカラスが鳴けば、すぐに地震がやむ、鳴いた後は揺り戻しがない」といった言い伝えもあるそう。カラスの鳴き声と地震の収束に関係したまじないとも解釈されているみたいです。
同じ地震のまじないでいえば、中脇初枝さんの絵本『つるかめ つるかめ』(あすなろ書房)に「まじゃらく まじゃらく」が紹介されています。「まじゃらく」も、先ほど紹介した「まんざいろく(まんざいらく)」と同じ万歳楽から来ています。そもそも万歳楽とは、雅楽(日本では宮廷の楽舞の総称)の舞の1つで、ことほぎ(寿ぎ、めでたいことを祝う言葉)の舞の名前です。その万歳楽が、地震を鎮撫(ちんぶ)する意味として唱えられているのですね。
カムイパポニカアーホイヤー
全国的に、台風の直撃が心配な時期に入ってきました。このタイミングで覚えておきたいまじないが、「カムイパポニカアーホイヤー」。何語かと思うかもしれませんが、敏感な人は最初の「カムイ」でピンとくるかもしれませんね。
「カムイ」とは、TABIZINEの過去記事「北海道の観光地で口コミ人気NO.1! かつては女人禁制だった神威岬って?」でも取り上げた神威岬の「カムイ」と同じで、神を意味するアイヌ民族の言葉。全体の意味は「明日天気になあれ」だといいます。
フジモトタカコさんという北海道出身のシンガーソングライターが、『カムイポプニカアーホイヨ』という歌を歌っていますし、Izumi Darrochさんという方が、『カムイパポニカアーホイヤー 明日天気になあれ』という幼児向けの絵本を描いています。
本当に存在する言葉なのか、明治38年発行の『アイヌ英和辭典』(教文館)や『分類アイヌ語辞典』(日本常民文化研究所)、『アイヌ語古語辞典』(明石書店)などを調べてみました。残念ながらどこにも掲載されておらず、例えば「明日天気に」の「明日」をアイヌ語で調べると、「ニサッタ」と書かれていますし、「天気」は「シリ」だとか「シリピリカ」だとか書かれています。
「晴れる」を調べると、「ヘチャカ」だとか「ニシヨロオカケアン」といった言葉が出てきます。もしかすると、まじないの神秘性も手伝って、ちょっとした創作話がまことしやかな説得力を本当に持ちだしたのかもしれません。
とはいえ、デマであれなんであれ、晴天を祈るまじないの必要性はこのところ高まっています。
最近の台風は、どんどん大型化し、被害も深刻化しており、例えば南の海にある離島では、島を事前に脱出するしか被害を回避する方法がなくなりつつあると聞きます。
実際に2020年の台風10号では、自衛隊のヘリコプターを使って、鹿児島の離島である十島(としま)村の宝島から、住民が一部鹿児島市内に避難していました。その際、島に残る決断をした家族がいる避難者は、大切な人の無事を祈るしかありません。そうした時に、上述のようなまじないが、自然と口から出てもおかしくありませんよね。
以上、現代にも残るまじないを紹介しましたが、いかがでしたか?自然災害や疫病の知識がどんどん増えてきました。そうした信ぴょう性の高い知識を前提に疫病や災害の危機回避を行いたいですが、最後の気休めであれば、まじないのような非科学的な手段に頼ってみても、いいのかもしれませんね。
[参考]
※ 100年前のニュースに学ぶ。北陸3県の「スペ イン風邪」365日 – HOKUROKU
※ 常光徹『魔除けの民俗学 家・道具・災害の俗信』
※ 第3事業実績 Ⅰ アイヌに関する総合的かつ実践的な研究の推進 – 平成10年度財団事業の実施状況
※ フジモトタカコ公式Twitter
※ 島から自衛隊で避難、窓に板…台風10号備え各地で警戒 – 朝日新聞
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