「サウダージ(Saudade)」という言葉を知っていますか?
きっと「どこかで聞いたことはあるけれど、意味はよくわからない」という方が多いのではないでしょうか。
ポルトガル語やガリシア語の言葉で、日本語では「郷愁」「憧憬」「哀愁」「愛する人を想う気持ち」「追慕」などと訳されますが、多面的な意味を持つこの単語は、外国語に訳すのが非常に難しいと言われています。
ところで、筆者は夏、特にお盆が近づくと、なんとも言えない感情に急に胸を締め付けられることがあります。ふとした瞬間、切なさと懐かしさに胸がいっぱいになるのです。
ギラギラと照りつける太陽の光ですべてが眩しく輝いて見えるのに、急に切なくもの悲しい気分になる。そんな経験はありませんか?
真っ青な空に浮かぶモクモクした白い雲、公園で遊ぶ子供の笑い声、浜辺で楽しそうに遊ぶ家族、夜空に咲き散る花火、どこか夢想的な夏祭り、どこまでも広がる緑の田んぼ、ヒグラシのもの悲しい鳴き声・・・。
ありふれた夏の光景であるはずなのに、それに触れた瞬間、心の奥で眠っていた切なく美しい記憶が波のように押し寄せてくるのです。
日が暮れるまで友達と走り回った公園、夏の帰省を楽しみに待ってくれていた祖父母の姿、家族みんなで泳ぎに行った海、朝から晩まで部活に明け暮れた学生時代の夏、大好きな人とドキドキしながら眺めた花火・・・。
夕日のようにキラキラと輝く、儚く幻想的な思い出の日々。
楽しかった子供時代、夢と希望に溢れていた青春時代、数々の思い出が走馬灯のように頭の中を駆け抜けてゆきます。どんなに想っても、どんなに願っても、あの夏はもう決して戻ってくることはないのです。
今はすっかり変わってしまった故郷。
もう戻れない、遥か昔の楽しかった日々。
去ってしまった、もう2度と会えない愛する人との思い出・・・。
このように、失われたものに対する哀しみや懐かしさ、切なさが入り混じった感情、それが「サウダージ」ではないでしょうか。
サウダージに浸れる最高の時空。それこそが日本の夏だと思うのです。
日本の夏はとても蒸し暑く、お世辞にも過ごしやすい季節とは言えないですよね。ですが、ほんのりとセピア色がかった、どこか幻想的な空気が漂っているような気がしませんか。
その空気がいっそう濃さを増すのがお盆の時期。あの世とこの世の境界線が曖昧になるこの時期は、過去と現在、夢と現実、様々なものの境が朧になるように感じます。このむせかえるような湿度と溶けるような暑さが、そうさせているのかもしれませんね。
今の自分は過去の自分の積み重ね。あたりまえの日常やひと夏の思い出が、時の流れの中でゆっくりと、私たちの情緒を育んでゆくのです。
もう決して戻ることができないあの日のあの場所、大切なあの人の姿・・・。思いを馳せるだけで胸がいっぱいになりそうですが、懐かしく優しい気持ちで思い出せる場所や人、記憶があるとはとても幸せなこと。
サウダージを心に抱きながら生きてゆくということは、より味わい深い人生を送るということではないかと思うのです。
あと何回、夏を迎えられるのでしょうか。同じ夏は二度とやって来ません。
まるで朝顔の露のように儚い人間の命。陽炎のように美しく移ろうこの世界。
だからこそ、少しでもたくさんの素敵な思い出を心に積み上げてゆきたいですね。
あなたの心にサウダージはありますか。