高度な都市計画技術と社会を築いていた「モヘンジョダロ遺跡」
現在のパキスタン南部シンド州に位置する、古代インダス文明の主要な都市だったとされるモヘンジョダロ遺跡。
この都市は紀元前2500年ごろに最盛期を迎え、その高度な都市計画や生活基盤から“インダス文明の都市計画の結晶”と称されています。
モヘンジョダロは、基盤の目状に整備された道路のほか、レンガ造りの建物、公共施設の配置などが計画的に配置されているのが特徴で、高度な都市計画技術を有していたことがわかります。
特に上下水道のシステムが発達していたとされ、住居にまで排水路や下水溝が完備されていました。
また、遺跡からは大小さまざまな住居跡が見つかっており、富裕層の大きな邸宅から庶民の小さな住居までが混在していたことがうかがえます。これはモヘンジョダロが、社会的階層のある高度な社会を築いていた証拠だといえるでしょう。
しかし、モヘンジョダロは紀元前1800年ごろに突如として衰退。その理由は明らかになっていません。なお、1980年にモヘンジョダロ遺跡は、世界遺産に登録されました。
「モヘンジョダロ遺跡」の謎とトリビア5選
ここからはモヘンジョダロ遺跡の謎5選をご紹介します。1921年インド人考古学者により発見されてから現在に至るまで解明されていない謎やトリビアがいっぱいです。
青銅製の像「ダンシング・ガール」の正体とは!?
モヘンジョダロからは、約10.5cmの青銅製の「ダンシング・ガール」と呼ばれる女性像が出土。この像は、片手に腕輪をつけ、腰に手を当てて立っているのが印象的です。
姿勢や表情がとても自然で、現代彫刻といわれても驚きません。インダス文明の芸術レベルの高さを示しているといえますね。とはいえ、この像は誰をモデルにしたものなのか、ダンスや音楽にどのような意味があったのかわかっていません。
支配者や王の墓や像が見つかっていない
遺跡からは大小さまざまな住居跡が見つかっており、高度な社会を築いていたと考えられるモヘンジョダロですが、いまだにエジプトやメソポタミアのような支配者や王の墓や像が見つかっていません。
これはインダス文明独自の階層があったことを示唆しますが、統治者がどのような存在で、どのように社会が運営されていたのか謎のままです。
規格化されたレンガがすごい!
モヘンジョダロの建築には、高度な規格に基づいた焼きレンガが使用されています。レンガが均一なサイズで焼かれているため、効率的な建設が可能だったと考えられているのです。
建築用の素材の規格化は、文明の組織力や技術の発展を示していますが、紀元前にこれほど規格化されたレンガが使われていたことには驚きですね。
世界最古の大浴場(グレート・バス)があった
モヘンジョダロには宮殿や記念碑はなかったものの、大浴場(グレート・バス)があったことが確認されています。これは世界最古の大浴場といえるでしょう。
しかし、この大浴場は入浴目的というよりも、宗教的な沐浴で使用されていたと考えられています。
核兵器により滅びた可能性がある?
モヘンジョダロで発掘された人骨の一部に、放射線の影響を受けたような痕跡が見られます。そのため、モヘンジョダロは、核爆弾によって滅ぼされたという説も!
しかし、この説は科学的根拠が乏しく、自然放射線や火災などによる影響である可能性が高いそうです。
そのほか、インダス川の流路変更や地震によって洪水が頻発した説や、気候変動に伴う乾燥化説、アーリア人侵略説など、モヘンジョダロの終焉には数多くの説が存在します。
さらに以下のようなユニークなトリビアも!
- モヘンジョダロの人たちは、ユニコーンや雄牛などの横顔が刻まれた小さな印章を使用していた
- AIを用いても解読できない文字や言語を使っていた
- メソポタミアと貿易していた可能性が高い
モヘンジョダロ遺跡は見学可能なので、パキスタンを訪れる機会があれば、ぜひ観光に行きたいですね。
[参考]
unesco
Britannica
未解読のインダス文字を、人工知能で解析|WIRED
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