
物流の街がカルチャースポットになるまで|ソンワット通りとは
ソンワット通りは、チャイナタウンのヤワラート通りから一本入った、チャオプラヤー川沿いに伸びる約1kmの通りです。整備されたのはラマ5世の時代(1868〜1910年)。もともとは川の水運を活かした輸出入や卸売の拠点として発展し、長くバンコクの商業を支えてきました。その名残は今も色濃く、豆や乾物、日用品を扱う問屋街のたたずまいが通りに残っています。

時代とともに使われなくなった古い倉庫やショップハウスに、やがてカフェやギャラリーが入り始めました。きっかけの一つが、地元の企業家たちによる商工会「MADE IN SONG WAT」です。古い建物を壊さず、活かしながら「歴史とアートが融合した街」として盛り上げる。その動きが、通りの空気を少しずつ変えていきました。

筆者が初めてソンワット通りを訪れたのも2023年です。当時はリノベーションカフェやローカルの飲食店が並び、「何かが始まりそう」という予感こそあったものの、週末でも人はまばら。まだ、感度の高い人たちのみが足を運ぶ通りという印象でした。
以降、「新しい店が開業」「今注目のスポット」と、ソンワット通りを取り上げる記事を目にするようになります。そして2026年8月、再訪して驚きました。

細い通りに足を踏み入れた瞬間、人の多さに圧倒されます。アジア系も白人も黒人も入り混じり、子連れやカップルの姿も目立つ。買い物袋を片手に街歩きを楽しむ人が増え、店の数も急増していました。通りには店が途切れることなく並んでいます。
その一方で、豆の袋を積んだ乾物店は今も変わらず商いを続けている。「歴史とアートが融合した街」という言葉がふさわしい、活気あるスポットに変わっていました。
カフェ|レトロな街並みにコーヒーの香りが混じる
歩けば、通りのあちこちでコーヒーの香りが漂います。カフェ巡りが目的でこの街を訪れる人も少なくありません。数ある中から、雰囲気の異なる2軒を選びました。
アルティージア デザート & カフェ(Arteasia Desserts and Cafe)

散策の途中、暑さに喉が渇いて飛び込んだカフェ。一歩入って、目を奪われました。
アーチ型の窓が3つ並び、その上にステンドグラス。午後の光が色ガラスを通して差し込み、店内を静かに染めています。壁は漆喰が剥がれ、古い下地がむき出しのまま。
築100年以上、もともとは卸売オフィスだった建物を、木材や古い建築意匠を残しながらリノベーションしたカフェです。傷んだ壁を隠さず、鉄や現代的なデザインと組み合わせる。朽ちた壁と美しいステンドグラスが同居するこの空間は、古い建物を活かすソンワット通りのリノベ思想そのものです。

注文したのは抹茶ラテ。ステンドグラスから差す光を眺めながら、落ち着いた時間を過ごします。古い建物の静けさの中に、新しい店の活気が混じる。タイの伝統菓子をタルトに仕立てた品々も人気だそうです。
ウッドブルック(Woodbrook)
ソンワット通りは、路地を歩いて楽しむ街です。そんな街で、ウッドブルックは視線が一気にチャオプラヤー川へ開けます。

この店の主役は、なんといってもテラス席。屋根付きのウッドデッキが川に面し、ハイスツールが一列に並びます。目の前にはチャオプラヤー川、その向こうに、ブロックが欠けたような外観で知られるマハナコンタワーをはじめ、バンコクの高層ビル群。かつて荷を運んだ川を、今は観光ボートが行き交う。その眺めに、どこか哀愁を覚えます。

テラス席の奥には屋内席もあります。コンクリートやモルタルを基調にした無骨な造り。若いタイ人客で賑わっていました。


頼んだのはバタフライピー入りのラテ。鮮やかな青が目を引く、甘いドリンクです。ただ、ここでは味そのものより、ドリンクを片手に川を眺める時間が主役、といったところ。
古いショップハウスが並ぶソンワット通りで、ウッドブルックは川越しに”今のバンコク”を見せてくれます。
Arteasiaで過去に浸り、Woodbrookで現在を眺める。同じ通りのカフェでも、見えている景色はまるで違いました。
雑貨・ヴィンテージ|カフェ巡りから”買う”街へ
ソンワット通りの楽しみは、カフェ巡りだけではありません。ここ数年、ヴィンテージや雑貨を扱う店が少しずつ増え、歩きながら”買う”楽しみが加わりました。
ロード オブ シナモン(Road Of Cinnamon)

食器を探しているなら、ロード オブ シナモンは見逃せません。
ソンワット通りが注目され始めた2023年頃からある、食器のセレクトショップ。タイの民芸から中国、西洋のヴィンテージまで、系統を問わず皿や碗、カップが所狭しと並びます。値段も、コップが290バーツ(約1,400円)ほどと、気軽に手が届くものが多い。


正直に言えば、筆者自身は普段、食器にそこまで興味はありません。それでも、青い文様の入った小瓶や金彩のカップを眺めているうちに、一つ一つ見比べたくなりました。同じように見えても表情が違い、飽きることがありません。食器好きなら、時間を忘れて選び込んでしまうお店です。
コンスアイ(Khongsuay)

一歩足を踏み入れると、視線のやり場に困るほどの物が、目に飛び込んできます。
1階は、西洋骨董の宝の山。壁の絵皿、天井のシャンデリア、ガラスケースにびっしり並んだ腕時計。真鍮のティーポットや切子のガラス器が、床の絨毯の上にまで積み上げられています。タイの土産物屋とは、品揃えがまるで違う。ヨーロッパの蚤の市を、そのままバンコクに持ち込んだような店です。


階段を上がると、2階はがらりと表情を変えます。ビーズや刺繍をあしらったヴィンテージのバッグ(980バーツ/約4,600円〜)がずらりと並び、その隣には、古いジーンズを仕立て直したリメイクバッグ(約2,800円〜)。トゥクトゥクをかたどった刺繍のキーホルダーなど、タイらしい手仕事の土産も見つかります。筆者が気になったのは、そのトゥクトゥクの小物。80バーツ(約380円)ほどと手頃で、ちょっとした土産にちょうどよさそうです。

気軽に買えるお土産から、本格的な骨董まで。コンスアイが開いたのはここ数年のことです。若い外国人が、バッグや皿を一つずつ手に取って選んでいる姿もありました。眺めて写真を撮るだけでなく、”買いにくる”人が増えている。ソンワット通りの変化が、このお店によく表れています。
食|一皿で旅する、タイとベトナム
ソンワット通りで食べられるのは、タイ料理だけではありません。タイ各地の郷土の味も、ベトナム・サイゴンの屋台の味も、この通りにそろっています。歩き疲れたお腹を満たしてくれる、2軒を紹介します。
イーガ・ラボ(E-Ga Lab)

タイ各地の郷土料理を現代風に解釈して提供するレストラン。
タイの郷土料理といえば、北部や東北(イサーン)が特に知られています。それが、メニューに「クラビ料理」の文字。南部の海の街にも郷土料理があるのかと、興味が湧いて頼んでみました。
Squid in Lime Ink Soup (Krabi-Style) / 250バーツ(約1,170円)

運ばれてきたのは、真っ黒なスープに沈んだイカ。見た目はイカ墨料理そのものです。ところが、口に運ぶと印象が変わります。ライムの酸味とハーブの香りが立ち、そのあとに、見た目からは想像できない甘さがふわりと来る。パームシュガーでしょうか。イカは柔らかく、弾力がある。
そして、ふんだんに使われたハーブが、この一皿をまぎれもないタイ料理にしています。イカ墨の見た目に、甘・酸・塩・辛が忍ばせてある。その意外性が、面白い。

うれしかったのは、旅行者向けのメニュー(IF YOU ARE not LOCAL)が別に用意されていたこと。「タイ全土の郷土料理」と言われても、旅行者にはどれを選べばいいか分かりません。その点、地域名が入り、写真と英語表記が添えられているので、興味のある料理を選べます。筆者が「クラビ料理」に気づけたのも、このメニューのおかげでした。

築古の建物をリノベーションした店内は、ピンクのネオンや極彩色の壁画で彩られています。郷土料理という言葉から想像する素朴さとは、いい意味で裏切られました。
■ イーガ・ラボ
- 営業時間:8:00〜22:00
- SNS:Facebook
ソンヴィエット・アット・ソンワット(Song Viet At Song Wat)

タイでもベトナム料理は人気です。特にバインミーは、在タイ日本人からしばしば「どの店のバインミーがおいしいか」と話題に上がるほど。そこでおすすめするのがソンヴィエット。ソンワット通りにいながら、サイゴン(ホーチミン)の屋台に迷い込んだようなお店です。ランスワン通りの人気店「MAISON SAIGON」の姉妹店で、フォーやベトナム風焼肉がそろいます。

もちろん食べてほしいのは、バインミー。理由は二つあります。店の一押しであること。そして、街歩きの合間に小腹を満たすのに、量がちょうどいいこと。実際、筆者もその軽さに惹かれて選びました。
ひと口かじると、バゲットが香ばしく応えてきます。グリルした豚の旨みに、パクチーがどっさり。なますの酸味とチリソースの辛みが重なって、味がぐいと引き締まる。ベトナムのサンドイッチが世界中で愛される理由が、この一皿に詰まっています。

店内には、背の低いプラスチックの椅子が並びます。ベトナムの路上屋台そのものです。座り心地がいいとは言えません。それでも、隣の席との距離が近く、屋台らしい賑わいの中で食べるからこそ、バインミーの味が映える。ベトナムコーヒーを合わせれば、ここがバンコクだということを、しばし忘れます。
夜のソンワット|昼のテラスが、夜は酒場になる

夕方から夜のソンワット通りは、食事だけでなくバーも楽しめます。一押しは、川沿いの「バーボン(BARBON)」。
実はここ、カフェのセクションで紹介したウッドブルックと同じ建物にあります。テラスも共用で、昼にコーヒーを飲んだあの場所が、夜は酒場に変わる。同じ川を、今度はグラス片手に眺められます。

おすすめは、日が暮れる18時頃。川沿いのテラスから望む、真っ赤な夕日。船が行き交う水音のほかに、車の音も工事の音もありません。川から吹く風と、川の音だけを、まっすぐに浴びます。昼に感じた哀愁が、夕日の中でいっそう濃くなる時間です。

バーボンの看板は、タイ産のクラフトビール。筆者が飲んだマンゴー味は、ビールが苦手な人でもグビグビ飲めるほど軽やか。南国らしい甘い香りのビールを片手に、目の前にはチャオプラヤー川と、沈んでいく夕日。ソンワット通りの散策を締めくくるのに、これ以上ない一杯でした。
半日で巡る、ソンワット通りの歩き方

かつてカフェ巡りの街だったソンワット通りは、いまや食事も買い物も、夕暮れの一杯まで楽しめる街になりました。半日あれば主要なスポットは回れますが、昼から夜まで通しで過ごすのがおすすめです。今回、筆者が実際に歩いた一日を、モデルコースとして紹介します。
- ソンワット通りモデルコース
- 13:30 MRTフアランポーン駅から徒歩でソンワット通りへ。まずはEgaで腹ごしらえ。タイ各地の郷土料理から一皿を
- 14:30 アルティージア デザート & カフェでひと休み。ステンドグラスの光の下で、歩き疲れた体を休める
- 15:30 ロード オブ シナモンとコンスアイで買い物。ヴィンテージ食器や雑貨から、旅の記念を探す
- 17:00 小腹が空いたら、ソンヴィエットのバインミーを片手に
- 18:00 ウッドブルック、そしてバーボンへ。共用のテラスで、沈む夕日とチャオプラヤー川を眺めながら一日を締める
ソンワット通りは、店が通り沿いに点在しています。地図を片手に、気になった路地を覗きながら歩くのが楽しい街です。買い物は荷物になるので、帰り際の午後に回すと動きやすいでしょう。
3年前、この通りはまだ「これから」の街でした。それが今、一日がかりで巡っても飽きないほど、店も人も増えています。カフェで一杯だけ飲んで帰る街から、朝から晩まで過ごせる街へ。ソンワット通りは、今まさに歩く価値があるタイミングを迎えています。
■ ソンワット通り
- アクセス:MRTフアランポーン駅より徒歩約15分
- 住所:Samphanthawong and Chakkrawat sub-districts of Khet Samphanthawong, Bangkok 10100, Thailand
