【500組以上の海外移住を支援】移住のプロが、自分の暮らす国にジョージアを選んだ理由

Posted by: ミゾカワマイ

掲載日: Nov 5th, 2026

ジョージアという国に、どんなイメージがありますか。2025年、ジョージアへの海外からの訪問は約780万件。前年より5.9%増え、観光目的の訪問は約552万件と過去最高を記録しました。日本人はビザなしで最長1年間滞在でき、海外移住先としても注目されています。海外在住25年以上、延べ500組以上の移住を支援してきた移住コーディネーターの五十嵐唯さんも、2021年に移住したひとり。数ある国のなかから、なぜジョージアを選んだのでしょうか。

ジョージアのOtia’s Ezoの室内。壁一面に絵画や写真が飾られている

絵画や写真が壁一面に飾られたOtia’s Ezoの室内

海外生活25年以上のプロがジョージアを選んだ理由

五十嵐唯さんとジョージアの友人たち

五十嵐唯さん(左)とジョージアの友人たち

五十嵐さんが本格的に海外で暮らし始めたのは10代の頃。フィリピンをはじめ複数の国で暮らし、観光や海外ビジネス、移住のサポートなどに携わってきました。

2020年、新型コロナウイルスの感染拡大によって、長く暮らしていたフィリピンでの仕事が大きな影響を受け、一度日本へ帰国します。それでも、これまで培ってきた経験を生かすなら、もう一度海外へ出たい。そう考え、次の拠点を探し始めます。

候補はジョージアだけではありません。ブルガリアやルーマニア、長く暮らしたフィリピンをはじめとする東南アジア、現在拠点のひとつとなっているスペインも視野に入っていました。

そのなかで大きなきっかけになったのが、移住前にジョージアの古都・クタイシを訪れた際の偶然の出会いです。道端で声をかけてきたジョージア人にアンバーワインをごちそうになって意気投合し、その後、自宅や別荘に泊めてもらうほど親しくなりました。

五十嵐さんの言葉を借りれば、「何が起こるかわからないパルプンテ*感」。そんな予測不能さと、これから変わっていきそうな開拓感にも惹かれたといいます。

*ゲームのドラゴンクエストシリーズに登場する謎の呪文。

ワインや歴史、伝統への興味に加え、現地に信頼できる友人がいたことも大きな後押しとなり、いくつもの候補のなかから、五十嵐さんが次の拠点に選んだのがジョージアでした。

5年たった今もジョージアに戻る理由

クタイシの噴水と公園

ジョージア・クタイシの公園で噴水を囲みくつろぐ人々

ジョージアには、移住先としての暮らしやすさもあります。生活コストを抑えやすく、家具や家電がそろった賃貸住宅も多い。銀行や行政手続きのデジタル化が進んでいることも、五十嵐さんが感じている利点です。

移住から約5年たった現在、五十嵐さんにはフィリピン、日本、スペインという複数の拠点があります。それでもジョージアは、年間の半分ほどを過ごしたいと考えるほど比重の大きな場所です。

4つの国での暮らしを並べてみると、ジョージアだけが少し違う役割を持っていることがわかります。

日本は故郷であり、自身のアイデンティティにつながる場所。フィリピンは人生の半分以上を過ごしてきた第二の故郷で、現在も大切なビジネス拠点です。スペインは17歳の頃から憧れてきた土地で、今は家族が暮らし、子どもたちの教育や食、ワイン、芸術を深く知る場所になっています。

五十嵐さんはジョージアについて、「仕事がなくても行動したいことが山ほどある、学びの場です」と話します。移住した頃に惹かれたワインや歴史への興味は、食、音楽、土地、人へと広がりました。

暮らしやすさだけでは、今もこの国へ戻り続ける理由を説明しきれません。長く暮らしても、まだ知りたいことが尽きないのです。

長く暮らしてわかったジョージアらしさ

ジョージアのブドウ畑での収穫作業

ジョージアのブドウ畑での収穫作業

五十嵐さんに、ジョージアらしさを感じた出来事を尋ねると、ワイン用のブドウを収穫した日のことを話してくださいました。

一緒にいたのは、家族ぐるみで付き合っている友人のオティアさん夫妻。クタイシ近郊でワイン造りをする一家で、ワインをきっかけに知り合いました。

2~3年前、夫妻とブドウ畑を訪れ、地元の人たちと収穫を手伝ったときのこと。作業中はみんな黙々としていて、ほとんど言葉を交わさないまま収穫が終わりました。

ところが帰ろうとすると、「スプラをしないと帰さないぞ」と声がかかったそうです。

ジョージアの伝統的な角杯での乾杯

ジョージアの伝統的な角杯での乾杯

スプラとは、ジョージアの伝統的な宴。長いテーブルに料理とワインを並べ、タマダと呼ばれる進行役を中心に、家族や友人、祖先、平和など、一つひとつに言葉を尽くして乾杯を重ねます。ただ食べて飲むだけではなく、感謝や敬意を言葉にして分かち合う時間です。

さっきまでほとんど話していなかった人たちも、食卓につくと一気に距離が縮まりました。ジョージア語をすべて理解していたわけではないのに、何を言っているのか不思議とわかるような感覚になったと五十嵐さん。

最後にはハグをし、なかなかタクシーを出させてもらえないほどの別れになりました。

「ジョージアをほとんど知らない日本人に、ひとつだけ伝えるなら?」と尋ねたときも、五十嵐さんが挙げたのはスプラでした。ワインだけでなく、人、食卓、歌、もてなし、受け継がれてきた伝統までが、ひとつの場に集まります。

Otia’s Ezoで造られるジョージアワインとチャチャ

Otia’s Ezoで造られるジョージアワインと蒸留酒のチャチャ

そして、このブドウ収穫を一緒にしたオティアさん一家との縁は、さらに意外な方向へ広がっていきます。

ワインの縁が一冊のジョージア文学へ

Otia’s Ezoでワインを囲んで語り合う人々

ワインを囲んで語り合う

オティアさんとの出会いはワインがきっかけでしたが、やがて家族ぐるみの付き合いになり、五十嵐さんは日本から訪れた映画関係者を一家に紹介するなど、交流を深めていきます。

実はオティアさんの祖父は、ジョージアの作家オティア・イオセリアーニ。父のダチさんも絵を描くなど、芸術に縁の深い一家です。

交流を重ねるなかで、一家が祖父オティアの児童文学をアニメーション作品にしたいと考えていることを知ります。

その作品は、ダチという男の子を主人公にした物語。日本でも1982年に『世界でいちばんつよい赤んぼう』というタイトルで出版されていましたが、その後絶版に。そこで五十嵐さんは、新たな日本語版を作り、その収益をアニメーション制作につなげることを考えました。

翻訳を依頼したのは、トビリシ在住のジョージア語研究者・翻訳者、児島康宏さん。ジョージア文学や映画の翻訳を長く手がけ、ジョージア語の教材や辞典の執筆にも携わっています。

ジョージア文学の日本語版『ダチの物語』とワイン

ジョージア文学の日本語版『ダチの物語』

こうして新たに生まれた日本語版が、『ダチの物語』です。

移住コーディネーターとしてジョージアへ来た五十嵐さんが、児童文学の復刊にまで関わることになった。その始まりをたどれば、ワインを介したひとつの出会いでした。

では、この物語はどんな場所から生まれたのでしょうか。その背景を知るため、オティア・イオセリアーニが暮らした家を訪ねました。

物語の家で見えた今のジョージア

クタイシ近郊にあるOtia’s Ezoは、オティア・イオセリアーニが暮らした家を、現在は孫のオティアさん一家が受け継いでいる場所です。作家の家を見学できるほか、一家が造るワインや蒸留酒などの試飲やジョージア料理を楽しむこともできます。

Otia’s Ezoのワイン試飲室

Otia’s Ezoのワイン試飲室

絵画や写真が飾られたOtia’s Ezoの一室

絵画や写真が飾られたOtia’s Ezoの一室

訪れて印象に残ったのは、昔の作家の家そのものより、そこに今も人の暮らしが続いていることでした。ワインを造り、人を食卓へ迎え、ときには歌う。『ダチの物語』に登場するワインやスプラも、過去の物語の中だけに残ったものではありません。

Otia’s Ezoで見せてもらったカイコの繭

山積みにされたカイコの繭

2026年9月に五十嵐さんが再びOtia’s Ezoを訪れると、今度はカイコの繭が山積みになっていたそうです。オティアさんは、ジョージアの伝統的なシルクを復活させようと、カイコの飼育にも取り組んでいました。

古いものを保存して見せるだけではなく、次の世代が今の暮らしのなかで受け継いでいく。ワインも、文学も、シルクも、そのひとつです。

五十嵐さんがジョージアを「学びの場」と呼ぶ理由を追っていくと、ワインから人へ、人から宴や文学へ、さらに家族の暮らしへとつながっていきました。約5年暮らしても、まだ知らないことがある。それが、この国に戻り続ける理由なのかもしれません。

すぐにジョージアへ行かなくても、その文化に触れる方法はあります。日本語で読める『ダチの物語』や、4カ国での暮らし、ジョージアの食・ワイン・文化を伝える五十嵐さんの発信も、その入り口のひとつ。現地を訪れる機会があれば、Otia’s Ezoにも足を運んでみてはいかがでしょうか。

まずは一冊の物語から。その先に、まだ知らないジョージアが続いています。

©Mai Mizokawa
Photo courtesy of Yui Igarashi

関連情報

五十嵐唯さんの発信

世界6カ国10都市で暮らしてきた五十嵐さんのnoteには、海外移住や子どもの教育、多拠点生活を自ら試してきたからこそ書ける話が並びます。旅先の景色だけでは見えてこない、海外で暮らし、働き、家族と生きる日々のリアルをのぞいてみませんか。五十嵐唯さんのnote

Otia’s Ezoを訪ねる

ジョージアの古都クタイシ近郊にあるOtia’s Ezo。クタイシ国際空港からも訪ねやすい場所にあり、作家オティア・イオセリアーニが暮らした家を見学できます。一家の歴史に触れながら、ワインや蒸留酒の試飲、ジョージア料理、料理体験などを楽しめます。週末や学校行事、ツアーの訪問でにぎわうこともあるため、事前に連絡しておくと安心です。

施設情報

施設名:Otia’s Ezo(オティアズ・エゾ)

所在地:ジョージア・ツカルトゥボ(クタイシ近郊)

営業時間:11:00~19:00(Googleマップ掲載情報。訪問前に要確認)

定休日:特に決まった休みはないとのこと(訪問前に要確認)

訪問:事前予約・連絡を推奨

電話番号:+995 595 111 342

メール:otiasezo@gmail.com

公式サイト:Otia’s Ezo公式サイト

予約方法:メールまたは電話にて

日本語での見学・プライベートツアー

この場所をもっと深く知りたいなら、五十嵐さんに日本語でのプライベートツアーを相談する方法も。親しく交流してきた一家の物語やジョージアのナチュラルワインについて案内してもらえるほか、日程が合えば、家族本人から話を聞けるかもしれません。建物を見学するだけでは出会えない背景まで知る、特別な時間になりそうです。

五十嵐唯さんのジョージア案内サイト

PROFILE

ミゾカワマイ

Mai Mizokawa ライター

各地を移動しながら、その土地の暮らしや文化を覗き見しています。3年間のバンライフを経て、現在は8歳の息子と片道切符の旅の途中。人ごみをなるべく避け、裏路地を歩いたり、市場で値切ったり、レジのおばちゃんにあれこれ世話を焼かれたりしています。名所より、その街のなんでもない一日が気になります。

各地を移動しながら、その土地の暮らしや文化を覗き見しています。3年間のバンライフを経て、現在は8歳の息子と片道切符の旅の途中。人ごみをなるべく避け、裏路地を歩いたり、市場で値切ったり、レジのおばちゃんにあれこれ世話を焼かれたりしています。名所より、その街のなんでもない一日が気になります。

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