先日訪れた、北海道占冠村にある宿泊施設「星野リゾート トマム」。その敷地内にあるビュッフェダイニング「hal」という施設の館内を歩いていると、ホールの一角で長蛇の列を作っている人々を目にします。何事かと聞いてみると、隣接する「水の教会」の見学待ちの人だと言われました。
星野リゾート トマム (C)Hoshino Resorts Inc.
「水の教会」とは、安藤忠雄さんの設計で、東京ドーム213個分はあるという「星野リゾート トマム」の敷地内に1988年に建てられた建築物になります。リゾート地内の教会ながら、宿泊者のみならず、一般の観光客も訪れるという美しい教会。今回はその「水の教会」を紹介したいと思います。
「聖域」のある美しい教会
「水の教会」、素敵な響きですよね。しかし、最初に存在を知ったときは、比較的歴史の若いリゾート地内にある教会ですから、どこか商業主義的な、信仰のよりどころとは少しかけ離れた存在のように勘違いしていました。
インターネット上にも、夜にはライトアップがされるなど、「インスタ映え」するスポットとして紹介されています。実は今回星野リゾート トマムを訪れたときも、正直、それほど期待していない自分が居ました。
もちろん、聞いてみると、教会として機能していないという事実はあります。まず、日曜日の礼拝が行なわれていません。「星野リゾート トマム」には、535室のザ・タワーと200室のリゾナーレトマムという合計4棟の高層棟が敷地内にあり、世界各国からオールシーズン、大勢の宿泊客が訪れています。しかし、滞在中に教会を使わせてほしいというニーズも少ないのか、外国人宿泊者向けの礼拝も行われておらず、教会で行なわれる主なイベントとしては、日本人カップル向けの結婚式のみなのだとか。
しかし、ご自身がクリスチャンではないものの教会を、
<人間の魂が宿る場所>(The Fashion Postより引用)
と表現する安藤忠雄さんが設計を手掛けているだけあって、訪れる者に厳粛な何かを感じさせるだけの迫力が見事に備わっています。
まず、「水の教会」には、水の中に白い十字架が立っています。当たり前と言えば当たり前なのですが、十字架の白さが目に留まったので後日、チャーチプランターにして説教者としても活躍する幼なじみに聞くと、白い十字架はキリストが生涯罪のない人生を生きて十字架にかかったシンボルなのだとか。韓国系の教会などは十字架が赤く、キリストが流した血の色のシンボルになるなど、十字架の色にもやはり意味があるみたいですね。
十字架を取り囲む水深15cmの水盤は、安藤忠雄さんのプロダクションノートによると、付近の小川から水を引き込んで作った人工の池。遠すぎない、しかし近づけない距離に白い十字架が立ち、水面をシラカバの木々が取り囲んでいるため、十字架の周りが聖域のように見えてきます。
取材の数週間前に、ヤン・ファン・エイクが描いたイエス・キリストの絵画を見ていたせいもあったのか、巨大な十字架にはやせたキリストの傷ついた生身が見える気がしました。十字架が人を張り付けるための拷問の道具だったと、なぜか美しい教会内で実感できて、少し「気持ちが悪くなる」ほどの存在感がありました。
明暗のコントラストが見事な建築
建築物としては、視野の変化と明暗のコントラストも見事です。教会の東と南側には、教会を守るように長大なL字のコンクリート壁があります。教会に入るためには、L字の長辺の壁沿いを「下から上」に向かって黙々と歩かなければなりません。壁沿いの小道には脇から木立も迫っているため、トンネルを歩いているように視界が制限されます。
L字壁の長辺の「先端」付近には、分厚いコンクリートに入り口が切り取られています。その入り口をくぐると、「池」の展望が正面に広がり、首を右に降ると、堅牢さを強調したモノコック構造の教会が見えます。
先ほど歩いてきたL字のコンクリート壁の反対側を教会に向かって引き返すように進むと、教会の屋上のような場所に向けてスロープが続いていると分かります。入り口は1階ではありません。登ると「光の箱」と呼ばれる、四方がガラスに囲われた光の空間があり、そこから一転して今度は、暗闇のらせん階段を下って、教会の内部に入っていきます。
内部からの眺めは、見事でした。目が闇に慣れる間もなく、正面には縦5m、横15mの巨大な開口部が広がり、水面に浮かぶ巨大な十字架がガラス越しに見えてきます。スタッフが電動スライド式の開口部を開くと、風と光が教会内部にダイレクトに入ってきます。筆者を含めた見学者みな黙り込んで、それぞれが思い思いの場所に腰掛け、水面に浮かぶ十字架を黙って見つめてしまうほどでした。
トマムの教会に水が使われている意味は深い
水が教会で果たす役割は、何なのでしょうか。星野リゾートの広報によれば、安藤忠雄さんは原生林の中に流れるせせらぎを見て、「自然との共生」というテーマの着想を得たと言います。
上述のチャーチプランターにして説教者でもある幼なじみに、よりキリスト教的な立場から見解を聞くと、教会と水、十字架と水は、十字架に張り付けにされたイエスの血が人の罪を洗い流すように、水が人の罪を洗い流すという意味を持つと教えてくれました。水は人を清める存在だと、キリスト教では考えられるのだとか。
星野リゾート トマムで眺められる雲海の様子
(C)Hoshino Resorts Inc.
さらに占冠村役場によれば、トマムという地名には元々アイヌ民族の言葉で「沼のあるヤチ川」という意味があると言います。「ヤチ」もアイヌの言葉で湿地という意味ですね。森が豊かで、気温が低く、雲海が発生して降水量も多いため、同地には沼や湿地を作る泥炭が容易にできあがる環境が整っています。
そのトマムに水盤を作り、十字架を立て、その「聖域」をシラカバの森に囲ませるといった設計思想は、トマムという土地を考えるほどに、大いに得心がいきますよね。
春夏の緑の美しさはもちろん、秋はシラカバの黄葉、冬は一面の銀世界を教会の中から眺められるそう。基本的に教会の見学は朝、昼、夜とありますが、時間は季節、曜日などによって異なり、昼は曜日限定で、結婚式などが入っている日は入れませんので、事前の確認が必要です。
それでも、予約は不要で、仮に見学希望者が殺到しても、入場制限は行わないと言います。北海道旅行でトマムに宿泊する、あるいはトマムの付近を通過する場合は、「水の教会」にも立ち寄ってみては? その日にしか見られない一会の美しさを、心静かに満喫してみてください。
https://www.hoshinoresorts.com/resortsandhotels/risonare/tomamu.html
住所 北海道勇払郡(ゆうふつぐん)占冠村(しむかっぷむら)字中トマム
電話
0167-58-1111(代表 ※忘れ物、周辺案内等)
0167-58-1145(宿泊予約 10:00-18:00)
0167-57-2520(水の教会・氷の教会 10:00-18:00)
[Photos by Masayoshi Sakamoto]