戦争の悲惨さを忘れるな!
ミュンヘンはナチスの発祥地でもあり、ヒトラーが推し進める都市政策の重要都市に指定されていたため、第二次世界大戦では激しく爆撃されました。特にアルテピナコテークはナチスの施設が集積する地域に隣接していたために、爆撃を免れることはできず、屋根は吹き飛び、着弾の様子が見て取れる形で壁が残っている状態でした。
惨禍からの復興
その後、ミュンヘンの建築家ハンス・デルガストにより改修修築され、1957年に再び美術館として蘇りました。 レンガ造りの壁は意図的に漆喰を塗らないで、戦前に使用されたものとは色の異なる煉瓦が使用されています。そのことによって、爆撃の後が意図的に分かるようになっています。実際に建物を眺めてみると、中央に着弾した様子がよくわかりますね。
これは戦争の悲惨さを忘れないため、そして人類の悲劇を引き起こしてしまった、ナチスという組織の発祥の地として、二度とあの悲劇を繰り返すまい、という強い戒めの意味が込められているそうです。
ホールからの大階段
建築家デルガストによって内部も大規模に変更されています。かつては東側にあった美術館入り口は、現在では北側に移動し、建物の真ん中にあります。
二階の展示室には、ホールを抜けて左右に伸びる大階段を登ります。この天井の高い大空間にある階段をゆっくりと登っていると、名画に向かう心構えが整ってきます。
奇譚の画家たち
今回紹介するのは、アルテピナコテークで鑑賞することができる奇譚の画家たちの作品です。フランドルの画家、ヒエロニムス・ボス。ドイツの画家、アルトドルファー。イタリアの画家、アルチンボルトです。
ヒエロニムス・ボス Hieronymus Bosch フラグメント 最後の審判
フランドル地方の画家、ボスの作風はかなり倒錯したものです。頭から直接手足の生えた生き物や卵の殻のような空洞を持った人体らしきものなど、魑魅魍魎が跋扈しています。
アルテピナコテークで鑑賞できるのは、「フラグメント最後の審判」。この絵では真っ黒な背景の中に、化物や地獄に落ちるものたちが羅列されていて、ボスの生み出した空想産物のコレクションになってます。 生き生きとした爬虫類や昆虫のような化け物たちに虐げられた人々がげっそりと横たわっている姿が切ないです。
アルブレヒト・アルトドルファー Albrecht Altdorfer
アルトドルファーは、南ドイツを拠点にした画家です。画家としてのキャリアは謎に包まれているそうです。 彼の作品の中では「アレキサンダー大王の戦い」が有名で、紀元前333年に戦われたアレキサンダー大王とペルシャのダレイオス3世のイッソスでの戦いを描いたものです。
アレキサンダー大王を崇拝したナポレオンはバイエルンを征服したあとこの絵を押収し、フランスに持ち帰ったといいます。ナポレオンが失脚しパリを去った後、彼の住居の浴室にこの絵はかけられていたそうです。その細かい書き込みようといったら、かなりすごい事になっています。至近距離で眺めても、細かすぎて目がチカチカします。
その他、興味深いのは「聖母マリアの誕生」と「聖ゲオルギオスのドラゴン退治」。
「聖母マリアの誕生」では、教会内の柱を中心として旋回しているらしい天使があまりにも背中に羽をつけただけの普通の地上人っぽく見えるので、彼らにのみ重力が作用していないことが、とても奇妙に見える絵です。
「聖ゲオルギオスのドラゴン退治」では、こんもりと繁る森が画面の大半を占め、肝心の聖ゲオルギオスとドラゴンの戦いは画面の下の方にポツン、と描かれているだけ。
彼らの戦いを見つけ出すのにも少々時間がかかりますが、彼らの覇気のなさにもしばし唖然とすること、間違いなし。どうやら画家の狙いは、絵の主題になっている登場人物たちではなく、「聖母マリアの誕生」では教会の内陣を、「聖ゲオルギオスのドラゴン退治」では森を描く事にあったとも言われているそうですが、その真相はいかに!?
ジュゼッペ・アルチンボルト Giuseppe Arcimboldo
ハプスブルグの皇帝に仕えたイタリア人の画家。様々な静物や動物を組み合わせて描き出した人物画で有名です。皇帝は彼の作品を気に入り、同じ主題の作品が幾つか作られ、贈呈されることもあったそうです。
絵画の中で描かれた静物たちは、皇帝が寄せ集めたものたちで、当時の人々には大変珍しいものもあり、それらを絵画の中に描く事によって、皇帝の偉大さと、皇帝が手中に収めた世界を表現するものだそうです。
ミュンヘンのアルテピナコテークには「四季」の連作、「春」、「夏」、「秋」、「冬」が収蔵されているそうですが、「秋」の保存状態が悪く、「春」、「夏」、「冬」のみが展示されています。正直に言うと、絵画と美術館の窓が対面していて、額のガラスに窓が映り込んでしまい、とても鑑賞しづらくなっていることが残念でした。
それはともかく、作品は素晴らしいです。絵画に描かれている静物は何かを特定するのも楽しいです。「春」の中に描かれている花は種類が豊富なので少々難しいですが、「夏」は野菜、果物が描かれているので、比較的、特定しやすいかもしれません。「冬」はドヨーンとした雰囲気で、絡まった枝で表現されたヘアスタイルがイカした感じです。
ミュンヘンに限らず他国の美術館にも同じテーマの作品が展示されているので、同じテーマの絵画を幾つか、見比べてみるのも面白いと思います。
住所:barer Straße 27, 80333 Munich germany
電話:+49(0)89-23805-216
開館時間: 【火、水】10:00〜20:30 【木〜日】10:00〜18:00
閉館:【月】12月24、25日、12月31日、カーニバルの火曜日、5月1日
HP: https://www.pinakothek.de/besuch/alte-pinakothek
もちろん、今回紹介した絵画以外にも、多くの見逃せない名画を鑑賞することができます。そして絵画だけではなく、かつてのバイエルン王家の芸術に対する心意気と、戦争と復興の記憶も体験できる、アルテ・ピナコテーク。ミュンヘン観光では絶対に外せません!
[All photos by 川合 英介]