木造4階建ての源泉宿が今に伝える建築美
石畳が続く、長野県渋温泉の温泉街の緩い坂を上りきったところに、時代がタイムスリップしたように現れる美しい木造建築。その温泉宿が1758(宝暦8)年創業と伝わる「歴史の宿 金具屋」。
宿にして“金具屋”とは、珍しい屋号。元々、鍛冶屋を営んでいたことが由来とのことで、1754(宝暦4)年に裏山の神明山が崩れ、その復興中に敷地より温泉が湧出したことにより宿を開業。
重厚感あるケヤキの引き戸を引いて館内に入ると、フロントはありません・・・昔日へと誘うような畳敷きの帳場が広がっています。
江戸時代に創業し、現在は9代目が商う、260年以上に渡り続く温泉宿。その木造4階建ての館内は、いったいどのようになっているのか期待が高まります。
迷子になりそうな館内を包む絢爛と繊細
廊下は露地(外)、客室は家(内)と見立てた館内は、飴色に輝く銘木や洗い出しの床、水車の歯車を埋め込んだコンクリートの床、紅殻などと、往時の宮大工が粋を尽くした空間が広がり、つい立ち止まって見入ってしまいそうなほど、おもしろみと新鮮さにあふれています。
建築ファンならずとも、そのこだわりと遊び心に声を上げること必至!宿は大きく分けると神明の館、斉月楼、居人荘、潜龍荘の4棟からなっており、国の登録有形文化財に認定されているのは木造4階建ての斉月楼と130畳の大広間。
斉月楼と大広間は、1936(昭和11)年に完成したもので、ほぼ当時の姿のままで使用されており、絢爛さと繊細さを併せ持つ外観を含めて「よくぞこの日本建築美が残っていたなぁ」と感心させられるほど。
目にもまぶしい紅殻の階段が伸びているかと思えば・・・
繊細な格子の表情も美しい火頭窓が廊下を彩り・・・
今度は精緻なモザイクタイルの階段にめぐり合う・・・迷路のような館内を歩くだけでも、その際立つ建築美を楽しむことができます。
館内は昭和初期を中心に、明治期以降の意匠などを数多く残しているので、毎日17時30分から宿泊者限定で行われる「金具屋文化財巡り」(所要40分・無料)に参加すると、秘密の興味深い話なども聞くことができますよ!
宮大工の技と粋が随所に息づくおもしろみ
案内された客室は斉月楼の「高砂の宿」。客室なども往時のままの姿を残しているというから驚きです。
引き戸を引くと土間のような広々としたスペースが広がり、トイレなどの水回りがこの空間にまとめられた造り。
4畳ほどの副室には鏡台や時代箪笥の設え。
広縁付きの約10畳の主室も、しっとりと落ち着いた和の空間が広がります。振り返ってみると、城郭の屋根のような襖の意匠が現れているではありませんか。雲や風を表現した細い桟使いと相まってこの意匠がなんとも美しいこと!なんとなく富士山にも見えてくるから不思議です。
書院付きの床の間にもこだわりが。竹の床柱を使っているのですが、下4分の1ほどがありません!これは未完成を粋とする往時の宮大工の心意気。
歪みのある昔ガラスの窓から外を眺めていると、少しだけいにしえに戻ったような気分に包まれます。
全29室ある客室は、すべて趣が異なる造り。現在となっては手に入れることすら困難な銘木や珍木なども数多く、床の間や欄間、障子、襖など、そこかしこに職人の技と遊び心が隠されています。
湖・富士山・満月の絶景が隠された眺望階段
そんな宮大工の遊び心が顕著に表れているのが、宿の中心を貫く階段。
階段の踊り場には、凍った湖を思わすような端正な窓が。
さらに階段を上っていくと紅殻に彩られた、なんとも繊細で美しい富士山の姿。
さらに階段を上りつめると・・・
富士山と満月の饗宴です!階段を上ることさえエンターテインメントに変えてしまう宮大工の発想は、この宿イチのお驚きでもあり、脱帽です。
自家源泉を4つも所有!源泉かけ流しで楽しめる8つのお風呂
最後に待ちに待った源泉かけ流しのお風呂をご紹介。なんと8つもあり、そのうちの5つは貸切風呂で、無料で楽しめるというから湯めぐり三昧を決め込むこともできます。
湯屋建築のひょうたん型の瀟洒な湯は「鎌倉風呂」。地獄谷荒井河原の湯と温泉寺の寺湯の混合泉で、淡い乳白色の肌触りなめらかで優しいお湯。
富士山のタイル絵が印象的な貸切風呂「斎月の湯」。自家源泉を使用した無色透明の湯で、檜の船型湯船は肌触りも心地よいです。
ローマの噴水を模して造られた「浪漫風呂」は、宿の開業のきっかけになった敷地内地下3メートルから湧く最も古い自家源泉を使用。鉄分がやや多く、緑黄色がかった濁り湯が特徴。この地に伝わる「黒姫物語」をモチーフにしたステンドグラスもキレイ!
宿の屋上にあるのは泳げそうなほど大きな「龍瑞露天風呂」。そして、サワラの木を使った丸い貸切風呂「美妙の湯」など、どのお風呂から入ろうか迷いそう。
もちろん、宿泊者限定で楽しめる渋温泉名物の9つの外湯めぐりもできますよ。客室などを含め館内全体に時代時代の意匠が散りばめられた「歴史の宿 金具屋」。令和の時代を持っても色褪せないその輝きが、未来にも増していくことを願うばかりです。
歴史の宿 金具屋
住所:長野県下高井郡山ノ内町平穏2202
料金:1泊2食付き1名1万6,000円~
CHECK IN/OUT:15:00/10:00
客室数:29室
アクセス:電車/長野電鉄「湯田中駅」より送迎あり 車/上信越自道「信州中野IC」より国道292号を経由して約20分
URL:
http://www.kanaguya.com/※2020年8月現在、新型コロナウイルス感染症対策のためサービス体制や料理提供方法などが通常と異なることがあります
[All Photos by (C)tawawa]
TAI WATANABE ライター・エディター・ディレクター
10代のころ、自転車でメキシコ・グアテマラを縦断し多くのことを学ぶ。それをきっかけに情報誌・旅行誌の取材を通じて、中南米・カリブ海を中心に世界各国で豊富な取材を経験。海外を見てきたからこそ日本は大好き! 紙とWEB、ふたつの媒体特性に精通した複眼的視点を持っている。
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