月への旅行をテーマにした元祖の物語
晴れた夜空を見上げると、月の見えないつごもりや新月を除き、真っ先に目立つ天体は月だと思います。昔の人たちもずっと、夜空の月を眺めてきました。その過程で、月に行きたいという欲求が芽生えても不思議ではありませんよね。現に、その欲望の最終到達点として、1969年にアポロ11号が月面着陸を実現させました。
それ以前には、ジョルジュ・メリエス監督のサイレント映画『月世界旅行』だとか、シラノ・ド・ベルジュラックのユートピア小説『日月両世界旅行記』だとか、月へ旅行する物語が数々の作品で語られてきたわけです。
アポロ11号が月面着陸をした後でさえ、『映画ドラえもん のび太の月面探査記』のような作品も、世界中で繰り返し誕生しています。やはり月は、人類の興味関心を引き続ける存在のようです。
では、月への旅行をテーマにした数ある物語の元祖といえば何になるのでしょう。人類は、いつから月への物語を書き始めていたのでしょうか?
えせ宗教家、えせ哲学者たちを風刺する作品
ルキアノスの銅版画 William Faithorne, Public domain, via Wikimedia Commons
答えには、1つの定説があります。その定説が「Oldest story about travelling to the Moon」としてギネス世界記録にも登録されています。日本語にすると「月への旅行をテーマにした世界最古の物語」といった感じでしょうか。
作品名は、『本当の話』です。作者のルキアノスは、2世紀、現在のトルコ国内にあるサムサット(旧シリアのサモサタ)に生まれた人で、親せきの下で石工の仕事をするものの、修辞学と擬古文を学び、法廷弁護人や講演者といった弁術家となって、ヨーロッパ各国を旅してまわりました。
40歳ごろになると、アテネに腰を据え、作家生活に入ります。当時は、ギリシア神話への信仰心が薄れ、キリスト教の台頭も不十分だった時代。知識階級の間で不毛な議論が横行し、社会が混乱していたそう。
そうしたえせ宗教家、えせ哲学者たちを風刺する作品を次々と発表します。その作品群に『本当の話』が含まれていました。
どうして、でたらめな話を書いたの?
クジラの胎内で暮らす話、竜巻によって月まで旅する話など、でたらめな物語を意図して書き続けたルキアノス。その理由は何だったのでしょうか?
そこには、真実らしく見せかけて実際はうそばかり書く同時代の作者たちを皮肉る意図があったそうです。
<月の世界への旅の物語が,一人称でまことしやかに語られていく。作者は冒頭の部分で,これがまったくの作り話であり,すべてがうそであるとことわり,真実らしく見せかけて虚偽を語る著作を風刺したものだと述べている>(平凡社『世界大百科事典』より引用)
この物語を含めたルキアノスの作品群は後に、スウィフトの『ガリバー旅行記』など、さまざまな作家と作品に影響を与えたそう。
8月のスーパームーンや9月の十五夜など、月を見る季節に向けて、今から探して読んでみると楽しいかもしれませんよ。
[参考]
※ Oldest story about travelling to the Moon – Guinness World Records
※ Lucian – Britannica
※ 世界大百科事典 – 平凡社
※ 大辞泉 – 小学館
※ 日本大百科全書 – 小学館
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