「まずは食べて!話はそれから」
実は「ハウスオブフレーバーズ」のチーズケーキの大ファンだった筆者。そこで長くシェフを務めた小林さんが、これまでの菓子人生を注ぎ開業ということで、頭の中は聞きたいことでいっぱいです。
しかし小林さんは会ってすぐさま「まずは食べて! 話はそれから」とお茶を淹れてくれました。
深さのある焼き型で作られたフィナンシェは、外は香ばしく、中はしっとりしつつふんわり感もあります。噛みしめるとじんわりバターとアーモンドが香り、よけいな甘さやべとつく感じが全くありません。上品なのに親近感がある絶妙なバランス。きっと誰もが笑顔になる味です。
「夏蜜柑のパウンドケーキ」が異次元
そして次に夏蜜柑のパウンドケーキを一口いただいた瞬間、手が止まってしまいます。それは、あまりにも夏蜜柑の香りに勢いがあったから。生命力さえ感じるほど爽やかな夏蜜柑の風味に包まれ、いつまでも消えないその余韻を追いかけていたからでした。
ちなみに、この夏蜜柑のパウンドケーキの写真は自宅で撮ったもの。あまりにその味に夢中になり、現地では写真を撮り忘れてしまいました……。
「葉山に、素敵な夏蜜柑の古木があるんです」と、小林さんは言います。
稲村ヶ崎洋菓子店で使う夏蜜柑は、葉山にある農家さんの夏蜜柑の古木から小林さん自ら収穫しているそう。海風を受けて育つ健康的で無農薬の夏蜜柑からコンフィ(砂糖菓子)、マーマレード、ゼリー、2種のピールなどを作っています。先ほど筆者が驚いた夏蜜柑のパウンドケーキには、味わいも刻み方も違う2種のピールが練り込まれていました。
「ピールを作る作業は収穫したその日から始めて、切って、漬け込んで、煮込んで、乾かして……10日から2週間かかります。この店を開業すると決まって、一番先に仕込んだものが夏蜜柑のピールです。きっと一番難しいと思ったから。うまくいかないだろうなと思って作ってみたら、やっぱり最初はうまくいかなくて。やった! 思い通りにいかない! ワクワクする! と思いました」
思い通りにいかないことを楽しめるなんて、それは進化し続ける覚悟のある人しか言えない言葉だなあ、と筆者は思います。しかし、キラキラと目を輝かせながら語る小林さんを見ていると、覚悟というより純粋にお菓子と向き合うことを楽しんでいるように見えました。
厨房は毎日床までピカピカに磨き上げるそう
「夏蜜柑は一つひとつ味や酸味が違います。収穫する時期によっても変わる。その度に加工も変えます。ピールを作る作業は、香りを閉じ込める作業。でも、基本的には夏蜜柑任せ」
素敵な夏蜜柑の古木から生まれた素敵な焼き菓子。フレッシュで苦味もしっかり感じる夏蜜柑の風味を引き立てるのは、リッチな味わいのパウンド生地。一切れ食べ終える頃には、その夏蜜柑の古木に親近感を感じるほどでした。
暑い日に白昼夢のように思い出す「夏蜜柑のゼリー」
取材当日が初お披露目だという夏蜜柑のゼリーは、季節限定。お店のコンセプト「限りなくシンプルに 澄んだ美味しさを」という言葉をまさに体現した逸品です。ゼリーはとろりとやわらかく甘さおさえめ。夏蜜柑の果実はフレッシュな甘酸っぱさが、ぎゅっと詰まっています。心に風が吹き抜けるような清涼感でした。
実はこの夏蜜柑のゼリー、東京に戻ってからも暑い日になるとついふっと思い出してしまうんです。まるで白昼夢のように。一体この夏何度思い出すことになるのだろう、とその度に「稲村ヶ崎洋菓子店」に心を馳せるのでした。
稲村ヶ崎洋菓子店の商品一覧
スコーン/夏蜜柑のマーマレード
店内には、フィナンシェや夏蜜柑菓子のほかにも、たくさんの焼き菓子が並んでいます。オープン時、お店の味を色々試してもらいたいと企画した翁セット、稲村セットは全て完売。現在は、土日限定のシュークリームが特に人気で、14:00くらいに売り切れることが多いのだとか。
- フィナンシェ 単品400円/6個箱入り2,700円
- 夏蜜柑のパウンドケーキ 箱なし2,500円/箱あり2,800円
- スコーン プレーン・キャラウェイシード 800円
- 檸檬とカルダモンのクッキー 1,000円
- ピーカンチョコレートクッキー 1,000円
- ポルボローネ 1,000円
- レーズンサブレ 6枚箱入り3,200円
- メレンゲクッキー 各700円
- 夏蜜柑のゼリー 550円
- 夏蜜柑の砂糖菓子 プレーン7本入り1,000円/チョコ6本入り1,200円
- 夏蜜柑のマーマレード 2,200円
- ガトーブルトン 箱なし4,700円/箱入り5,000円
- シュークリーム プレーン・キャラメル 各420円(しばらくの間土日のみ店頭販売限定)
※価格は税込、箱代込、送料別途
賞味期限:約10日間(夏蜜柑のゼリーは当日、サブレセットは5日間、フィナンシェは7日間)
檸檬とカルダモンのクッキー/ピーカンチョコレートクッキー/ポルボローネ
アーモンドダイスとホワイトチョコを練り込んだ、スペインの伝統菓子「ポルボローネ」は、ほろほろとした口溶けが特徴。冷たいお茶にも合うので、これからの季節におすすめのクッキーです。
レーズンサブレ
レーズンサブレは、ラム酒に漬けたレーズンを使用していますが、お酒が苦手な人でも大丈夫。サブレはしっかりかたさがあるクラシックなタイプで、バタークリームはふんわりと軽さがあります。どこか懐かしい味わいです。
ガトーブルトン
仏ブルターニュ地方の伝統菓子。バターと卵⻩をたっぷり使い、艶やかで香ばしく、焼き菓子のいいところが詰まっています。生地の中にはふっくらと炊いたプルーンとそのシロップを。こだわりの海の塩を加えています。
メレンゲクッキー
口の中でさくっと消えてしまうメレンゲクッキー。軽さと甘さの中に風味豊かな抹茶、淡い珊瑚色が可愛らしいココナッツ、2種類があります。
能面“翁”が見守ってくれる居心地のよい空間
稲村ヶ崎洋菓子店の店内は、アンティーク家具と和のエッセンスが散りばめられ、こじんまりとして落ち着いた雰囲気です。お店のロゴでもある壁に飾られた翁の面は、能面師だった大伯父さまの作品なのだそう。
最初は「洋菓子店に翁の面なんて変わっている」と思った筆者ですが、実際に訪れてみると、空間にしっくり馴染んでいて、翁の面に見守られているようで不思議と居心地がよいのです。能面は一族の顔に似るそうですが、確かに翁の面と小林さん、似ています。
パティシエの遠山華子さんは、小林さんの味を受け継ぐべく、日々勉強中だと言います。
遠山さん「小林さんのサーフィン仲間の方がウエット姿で立ち寄られたり、近所の小学生がおやつを買いに来てくれたり。そんなふうにふらりと立ち寄れる雰囲気がいいなと思っています。お菓子作りについてはまだまだ学ぶことばかりです。例えば、材料の混ぜ方ひとつとっても、小林さんがやる場合と自分がやる場合で、仕上がりが全く違うこともあります」
小林さん「飾らず奇をてらわず、素材のおいしさを純粋にひきだしたシンプルな菓子。ホッとして、笑顔になる。リセットできる。もう一回がんばろう、と思う手助けになる。そんなふうに人々の暮らしを彩り、時には、そっと寄り添うことができたらと思います」
素材の力に敬意を払い、余計なことをしない。それは人を育て見守り、後世に何かを伝えていく作業に似ています。小林さんのお菓子作りへの愛とこだわり、その味を伝えていくこと、そして時間と共に味わいが変わる焼き菓子というもの、すべてがつながっているように感じました。
パティシエ・小林仁さん「飾らず 奇をてらわず」
稲村ヶ崎洋菓子店のパティシエ・小林仁(こばやし ひとし)さんは、1972年神奈川県生まれ。都内や鎌倉の洋菓子店を経て、料理研究家ホルトハウス房子さんに師事し、1997年から26年間「ハウスオブフレーバーズ」 にてシェフを務めます。
そして2024年5月末、敬愛する師から学んだ志を、これからの自分の作品に注いでいきたいと「稲村ヶ崎洋菓子店」を開業。
住んでいた稲村ヶ崎の一軒家を改装。喫茶はありませんが店先のベンチでいただくのはOK
慣れ親しんだこの土地で出会った多くの方々への感謝を、そしてこれから出会える人とのご縁を、お菓子で伝え、つないでいきたいそうです。
鎌倉に来るたび立ち寄りたくなるお店が、また一軒増えました。
店先にはワンちゃんのリードフックもありますよ
〒248-0024 神奈川県鎌倉市稲村ヶ崎5−21−5
10:00-17:00 ※お菓子がなくなり次第終了
火・水曜日定休(年末年始を除く)
0467-28-9612
Instagram:@inamuragasaki_yougashiten
オンラインストア(準備中):https://okashinoinamura.stores.jp
※店舗や時期により商品の仕様や品揃え、価格が変わる可能性がありますので、ご注意ください。
※店舗営業については最新情報をご確認ください。
©︎Aya Yamaguchi