豊後高田「昭和の町」
大分県が発祥!観光におすすめのスポットも
いいちこ
仕込み中の焼酎 ※画像はイメージです。
「いいちこ」の生みの親である三和酒類株式会社は、1958年に宇佐地方の3つの酒蔵が集まって発足した日本酒の共同瓶詰場が起源です。翌年には、もう1社参加し、1972年から本格焼酎づくりに参入しました。
当時は、香りが強く独特な焼酎が主流だったため、同社はくせがなくて飲みやすく、フルーティーな香りの麦焼酎を目指し、試行錯誤の末、1979年に本格麦焼酎「いいちこ」を発売。それから今日まで、三和酒類株式会社を代表する商品として愛され続けています。
なお、「いいちこ」という名前は、宇佐市や中津市の方言が由来で、「いいですよ」とか「よいですよ」という意味なのだそうです。
焼酎の製造を見学したいのなら「いいちこ日田蒸留所」へ。工場内で実際に稼働中の仕込タンクや蒸留機を見学できます。試飲コーナーでは、原酒や貯蔵酒のテイスティングやグラスなどの関連グッズの販売もしていますよ。
しいたけ
世界農業遺産のしいたけ栽培
しいたけ栽培の起源にはいくつかの説がありますが、江戸時代前期に豊後国・千怒浦(現・津久見市千怒)出身の松下源兵衛を祖とする説が有名です。
源兵衛は、岡藩宇目郷(現・佐伯市宇目)で炭焼きをしていた際、カズラ(つる植物)をナタで払った丸太からしいたけが生えているのを偶然発見したといわれています。
この出来事をきっかけに、彼は「切った木に傷をつけるとしいたけが発生しやすい」と考え、木にナタで傷を入れて自然界の胞子が付着するのを待つ「ナタ目栽培」を考案・研究したと伝えられています。これは、現代の原木栽培の原型とされる、非常に素朴な方法です。
その後、この栽培技術は宇目一帯から大野郡へと広まり、大分県全域へ普及。さらに宮崎、熊本、鹿児島へと伝わったとされています。
津久見市民会館前広場と、宇目グリーンセンターの前広場には、椎茸の生えた榾(ほた)を手にした松下源兵衛の銅像があります。
地熱発電
八丁原地熱発電所
国内有数の地熱資源を誇る大分県は、日本の地熱発電の黎明期を支えました。将来の資源枯渇を見据えていた海軍中将・山内万寿治氏は、地熱エネルギー活用のため調査を実施し、1919年に別府地域で地熱井の掘削に成功。
この成果を受け、1925年には太刀川平治氏がその地中蒸気を利用し、日本初の地熱実験発電を成功させています。
戦後、地熱開発は本格化。1949年には、後の九州電力株式会社となる九州配電株式会社が、大分県の地熱地帯で調査・研究を開始しました。これにより、大分県は日本の地熱開発における重要な拠点となります。
日本初の商業運転地熱発電所は、1966年に運転開始した岩手県の「松川地熱発電所」です。その技術的成果に続き、翌年の1967年には大分県九重町で「大岳地熱発電所」が運転を開始しました。
地熱発電について詳しく知りたいのなら、「八丁原発電所展示館」がおすすめ。地熱発電の仕組みや種類をパネルやビデオでわかりやすく紹介しているほか、発電所内をガイド付きで見学できます。
病院(西洋医学)
遊歩公園
日本初の西洋式病院「府内病院」が建てられたのは、大分市です。1557年に、ポルトガル人医師であり貿易商でもあったルイス・デ・アルメイダによって開設されました。府内病院では、当時としては最先端であった西洋医学に基づく治療が行われ、多くの貧しい人々が救済されました。
アルメイダはその後、イエズス会の宣教師として九州各地で布教活動を行い、1583年に現在の天草地方でその生涯を閉じました。
大分市の「遊歩公園」には、「西洋医術発祥記念像」が建っています。そのほか、大分の南蛮文化を紹介した聖フランシスコ・ザビエル像や西洋音楽発祥記念碑なども350mに渡り設置されていますよ。
車いすバスケットボール
車いすバスケットボール ※画像はイメージです。
日本における車いすバスケットボールの歴史は、1960年前後から始まります。英国のリハビリ施設で障がい者スポーツが広がっていたことを知った整形外科医・中村裕博士が、1960年に欧州で学んだ療法を持ち帰り、当時勤務していた大分県の国立別府病院で、車いすバスケットボールを紹介したことが契機でした。
1961年には、中村博士らは「大分県身体障害者体育協会」を設立。同年に第1回大分県身体障害者体育大会も開催され、車いすバスケットボールによるデモンストレーションが行われました。
その後、1962年には日本から国際大会への選手派遣が実現。さらに、1964年の第2回パラリンピック(東京大会)は、日本国内で障がい者スポーツ、とりわけ車いすバスケットボールの普及を促す大きな転機となりました。
別府市総合体育館「べっぷアリーナ」は、「朝日九州車いすバスケットボール選手権大会」や「アジアドリームカップ2015 国際車椅子バスケットボール大会」など、国内外の大会が開催されてきた実績のある体育館です。興味のある方は、ぜひ一度足を運んでみてくださいね。
荒城の月(和菓子)
荒城の月と三笠野
竹田市の和菓子店「但馬屋老舗」が作る「荒城の月」は、かつて旧岡藩に献上されていた「夜越の月」を起源とする銘菓です。昭和初期、楽聖・瀧廉太郎氏が岡城跡の情景に着想を得たともいわれる名曲「荒城の月」の広まりを受け、菓名を改め今日まで伝承。
淡雪のような生地で黄身あんを包み、儚げな月夜の風景を菓子で表した一品は、竹田の歴史と風土を感じさせる和菓子として親しまれています。
但馬屋老舗の本店に隣接した「茶房だんだん」では、和菓子とともに、静かな空間でティータイムや食事を楽しむことができます。
大分は温泉と先進文化が育んだ始まりの地
大分県には、日本への西洋医術の導入拠点となった府内(大分)の医療史、車いすスポーツの普及に関わる歩み、そして日本における地熱発電の実験的な成功と開発をリードした地熱エネルギー活用の歴史など、多彩な始まりが点在しています。豊かな湯けむりとともに発展してきた大分ならではの歴史に触れる旅をぜひ満喫してください!
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