西洋三大珍味!?
「世界三大○○」とはたいていの場合、はっきりとした根拠がないみたいです。トリュフ・フォアグラ・キャビアが「世界三大珍味」と称されています が、どの百科事典を見ても、どの辞書を調べても、どのような根拠で誰が言い始めたのかについては書かれていません。
世界で共通する言葉ではないのかもしれないと思って英語の該当する言葉を調べると、「The Three Main Western Delicacies」などと一部では表現され、同様の食材が挙げられています。日本語にすると「西洋三大珍味」ですね。
確かに、世界三大珍味にしては偏りが見られるラインアップです。トリュフ・フォアグラ・キャビアは、フランスやロシアなどヨーロッパと、その周辺に歴史と伝統を持つ食べ物ですから、西洋における三大珍味なのかもしれませんね。
明治20年代ごろから雑誌などで「世界三大○○」を選ぶ風潮が強まった
「foie gras(フォアグラ)」は「太った肝臓」の意味。「foie」は「肝臓」、「gras」は「肥満した」という意味
では、トリュフ・フォアグラ・キャビアがどうして「世界三大珍味」として日本に定着していったのでしょうか。
以下は現状で、裏付けのない推測にすぎませんが、世界三大美女を取り挙げたTABIZINEの過去記事がヒントになるかもしれません。
明治維新を経て、西洋の文化が国民に知られるようになると、明治20年代ごろから雑誌などで「世界三大○○」を選ぶ風潮が強まった時代があったと、論文「世界三大美人」言説の生成――オリエンタルな美女たちへの願望』を情報源に紹介しました。
小野小町を含む世界三大美女も、このころに生まれた考え方ですから、ひょっとすると西洋三大珍味の情報が同じ時期に輸入され、世界三大珍味として日本で紹介されたのかもしれません。
あらためて別の機会に、明治時代の出版物を丹念に調べていけば、何かの真相がつかめるかもしれません。続報をご期待ください。
ちなみに、江戸時代までは「天下の三珍」が国内に定説としてあり、
<江戸時代には、三河(現在の愛知県)のこのわた、長崎のからすみ、越前(現在の福井県)のうにが天下の三珍とされた>(講談社『和・洋・中・エスニック 世界の料理がわかる辞典』より引用)
とのことです。「このわた」とはナマコのはらわたを塩辛にした食べ物です。TABIZINEの日本三大連載でも取り上げました。
そもそも「珍味」ってなに?
ただし、『ブリタニカ国際大百科事典』によると、キャビアが日本人に親しまれるようになった時期は、亡命ロシア人が高級ロシア料理としてキャビアを日本に紹介した大正時代の後期 とされています。そもそもキャビアは、ロシアの伝統食品の1つですね。
そう考えると、世界三大珍味の考え方が雑誌の企画で明治時代に生まれたという裏付けのない仮説をあえて引き続き前提とすれば、当時の日本人のほぼ全員が味に関する想像を膨らませるだけで、実際に口にはできなかったと考えられます。
村井弦斎『食道楽 夏の巻』(報知社)という1903年(明治36年)の本に、
<トリフと云って西洋の松露は脊髄病に功があると伺ひましたが何でも用ひ様に依れば身體の為になるのですネ>(『食道楽 夏の巻』より引用)
と書かれているように、明治の終わりごろでも、トリュフの名前は入ってきているものの、実際に口に入るまでにはまだまだ遠い存在だと予想できます。
今でも、似たような状況と言えば似たような状況ですが、珍味とはそもそも、
<めずらしい味。めったにないほどのよい味>(『精選版 日本国語大辞典』より引用)
です。
「珍」の漢字の語源をさかのぼっても、
<きめ細かくつまった上質の玉。のち、めったにない貴重な物の意となる>(学研教育出版『漢字源』より引用)
とあります。
「松露(しょうろ)」というトリュフ(別名で西洋松露)に似た食用キノコは存在しましたが、普通なら口に入らない食材ばかり。だからこそ、かえって想像力がかき立てられ、世界三大珍味として定着していったのかもしれませんね。
ちなみに、トリュフとは地下に生えるキノコ、フォアグラは特別に太らせたガチョウ、およびアヒルの肝臓、キャビアはチョウザメの卵の塩漬けです。蛇足ですが。
[参考]
※ The Three Main Western Delicacies – Auguste Escoffier School of Culinary Arts ※ 美味を求め「世界三大○○」を調査!冬に食べたい<三大スープ>は?! – acure ※ レファレンス事例詳細 – レファレンス共同データベース ※ 日本三大珍味といわれている「うに」、「このわた」、「からすみ」について教えてください。 – 農林水産省 ※ 黒いダイヤの歴史 – 日欧商事株式会社 ※ 松露とは? – 松露だんご 福栄堂 ※ 魅惑の食べ物 キャビアの歴史 – 日欧商事株式会社 ※ 『食道楽 夏の巻』- 国立国会図書館デジタルコレクション
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Masayoshi Sakamoto 翻訳家/ライター
翻訳家・ライター・編集者。東京生まれ埼玉育ち。成城大学文芸学部芸術学科卒。現在は、家族と富山に在住。小学館〈HugKum〉など、在京の出版社および新聞社の媒体、ならびに〈PATEK PHILIPPE INTERNATIONAL MAGAZINE〉など海外の媒体に日本語と英語で寄稿する。 訳書に〈クールジャパン一般常識〉、著書(TABIZINEライターとの共著)に〈いちばん美しい季節に行きたい 日本の絶景365日〉など。北陸3県のWebマガジン〈HOKUROKU〉(
https://hokuroku.media/ )創刊編集長。その他、企業や教育機関の広報誌編集長も務める。文筆・編集に関する受賞歴も多数。
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