埼玉県名発祥の地と言われる埼玉県行田市埼玉
「さきたま火祭り」の会場となる「さきたま古墳公園」周辺の住所表記は、埼玉県行田市埼玉です。同じ文字が2度登場しますが、読み方は異なり順に、「さいたま」、「さきたま」となります。この地区で荘厳な社殿を構える前玉(さきたま)神社は、古墳時代の創建と伝わります。古代から神社を中心として町が広がり、埼玉県名発祥の地と言われるようになりました。
9基の大型古墳が密集する「さきたま古墳公園」
前玉神社の北に接するエリアには、5世紀末から7世紀にかけて巨大な古墳が次々にも造営されました。現在でも9基の大型古墳が密集しており、「さきたま古墳公園」として整備されています。園内の「丸墓山古墳」は円墳として日本最大級の規模です。1968年には、古代の歴史研究に大きな意義をもつ国宝の「金錯銘鉄剣(きんさくめいてっけん)」が出土しました。約27ヘクタールの広大な敷地に墳丘が並ぶ公園は、2007年に「日本の歴史公園100選」に選定されています。
露店やステージイベントで賑わう「さきたま火祭り」の会場
「さきたま古墳公園」は、例年5月4日には一日中、大勢の人々で賑わいます。午前中から芝生広場を取り囲むように、露店が軒を連ねます。
芝生広場の中央には特設ステージが設置され、10:00から郷土芸能、舞踊、バンド演奏などのイベントが、途切れなく行われます。
『古事記』を題材とする古代のロマンが物語られる「さきたま火祭り」
太陽が西に傾く18:55前後には篝火がたかれ、公園内にまつりの雰囲気が漂い始めます。「さきたま火祭り」では、『古事記』を題材とする数々の儀式が演じられていくのです。
舞台の展開は、「修祓の儀」、「たいまつ行列」、「古代住居炎上」、「御神火降り」
最初に行われるのは「修祓(しゅうばつ)の儀」です。藁で覆われた産屋の前で祓詞が唱えられ、穢れを祓い浄めます。
「修祓の儀」に続いて、「たいまつ行列」が行われます。300人近くの人が古代の衣装を身にまとい、たいまつを掲げて行列を作ります。
「たいまつ行列」には、「木花佐久夜姫」と「瓊瓊杵尊」が腰をかける輦台も加わります。行列は産屋を中心として円を描き炎の輪を作ります。婚姻の契りを結んだ2人を祝福しているかのようです。
続く「古代住居炎上」では、たいまつの光が照らし出す産屋に「木花佐久夜姫」が火を放ちます。姫の誠実な思いが暗闇を照らし出しているかのようです。
夜空を焦がす炎に包まれる古代住居には、「御神火降り」が注がれます。産屋を見下ろす稲荷山古墳と丸墓山古墳の墳頂から、御神火の行列が降りてくるのです。200名あまりの従者が掲げるたいまつが炎の帯を作り、流れ落ちる溶岩のように坂道を下ってきます。
2つの墳頂から降りてきた御神火は、産屋を囲んで円周を描きます。御神火の中心で「ヲワケの臣」が、託宣を読み「金錯銘鉄剣」を振り上げ、来場者とともに勝鬨を上げるのです。「山幸彦」と「海幸彦」の2柱の御子の誕生に歓喜の声をあげているのでしょう。これで古代のロマンに満ちあふれたストーリーが完結し、「さきたま火祭り」の儀式の幕が下ります。
古代へのロマンがかき立てられる「さきたま火祭り」
例年5月4日には、埼玉県名発祥の地とされる行田市の「さきたま火祭り」が開催されています。『古事記』を題材とした舞台が展開し、古代へのロマンがかき立てられることでしょう。