「ドナウの真珠」と称される、ハンガリーの首都ブダペスト。世界一美しいともいわれる国会議事堂や王宮の丘、セーチェニ温泉などが有名ですが、ほかにも知られざる見どころがあります。
それが、ヨーロッパ最大を誇るシナゴーグ。ピンクの幻想世界が広がるシナゴーグは、ユニークな建築としてはもちろんのこと、ユダヤの歴史や文化に触れられる貴重な場所でもあるのです。
ヨーロッパ最大のシナゴーグ
ブダペスト屈指の人気観光スポットが、ブダペスト中心部に堂々と建つ「ドハーニ街シナゴーグ」。1859年に完成したヨーロッパ最大のシナゴーグです。
「シナゴーグ」とは、ユダヤ教の会堂のこと。このドハーニ街シナゴーグは、世界的にも、エルサレムにあるものと、ニューヨークにあるものに次いで大きいといいます。
異国情緒漂う建物は、北アフリカとスペインのイスラム建築の要素を取り入れたネオムーア様式。
ユニークな形をした玉ねぎ形の2本のドームは、高さ43メートルを誇ります。ピンクがかったベージュ色の外壁はストライプで彩られ、なんともエキゾチック。
シナゴーグの入口には、ヘブライ語で「彼らにわたしのために聖所を作らせなさい。わたしが彼らのうちに住むためである。」と、旧約聖書の「出エジプト記」の一節が刻まれています。
ブダペストで異彩を放つ壮大な建築物
地下鉄2号線のアストリア駅から徒歩3~4分。カーロイケルート通りとドハーニ通りがぶつかる角で、ひときわ目を引くドハーニ街シナゴーグ。この周辺は、1920年代には20万人ものユダヤ人が暮らすユダヤ人居住区だったといいます。
まずは入口でチケットを購入すると、セキュリティチェックを経て内部へと進みます。シナゴーグはたいていどこもセキュリティが厳重ですが、もちろんここも例外ではありません。
セキュリティチェックを通過すると、右手にドハーニ街シナゴーグ(礼拝堂)、まっすぐ奥に進むと中庭と裏庭、左手奥に進むと「ハンガリー・ユダヤ博物館」があります。
裏庭が出口になっているので、まずは礼拝堂と博物館を見学してから、中庭へ進むといいでしょう。
壮麗なピンクの幻想空間
シナゴーグ内部に足を踏み入れると、そこに広がるのは壮麗なピンクの幻想世界。男性1492、女性1472、計2964席もの信者席が設けられた礼拝堂は圧巻の迫力です。
吹き抜けの高い天井、大劇場を思わせる3階まである信者席、無数の丸いランプが印象的なシャンデリア、天井に施された幾何学模様・・・それらが一体となった空間は、まさに別世界。
ヨーロッパに数あるシナゴーグのなかでも、ここはひときわ華やかでロマンティック。建設当時、ブダペストのユダヤ人コミュニティがいかに強力で裕福であったかを物語っています。
祭壇上部に設けられたオルガンは、王政ハンガリー出身でヨーロッパ各地で活躍したフランツ・リストやサン・サーンスも演奏したもの。
礼拝堂内部には、随所にユダヤのシンボルであるダヴィデの星が見られます。説教壇やステンドグラスなどに、デザインとして取り入れられているのでぜひ注目してみてください。
「ハンガリー・ユダヤ博物館」でユダヤ文化に触れる
礼拝堂の見学が終わったら、敷地内にある「ハンガリー・ユダヤ博物館」にも足を運んでみましょう。館内には、ユダヤ経典や燭台、手工芸品など300以上の展示品とともに、ブダペストにおけるユダヤ人の習慣や歴史、文化を紹介しています。
日本ではめったにお目にかかることのないユダヤ文化に触れる絶好の機会。ユダヤのシンボルが描かれた色鮮やかなステンドグラスや、精巧な装飾が施された銀の燭台などは見ているだけでも楽しめます。
ホロコースト記念碑「生命の木」
シナゴーグの裏、出口の手前には柳の木をモチーフに造られた独特のモニュメントがあります。これは、第2次世界大戦下のホロコーストで犠牲となった人々の名前を刻んだ記念碑「生命の木」。
ハンガリーを代表する彫刻家、ヴァルガ・イムレの作品で、数百万人が国家によって殺害されるという、信じられないような人道犯罪を風化させてはならないという思いが込められています。
この木をじっと見つめていると、ホロコーストの犠牲者一人ひとりの苦痛と絶望の叫びが聞こえてくるように感じられ、胸がつぶれるような思いがします。
ハンガリーでも起こったホロコースト
ホロコーストいえば、本国ドイツやアウシュビッツ収容所が設けられたポーランドで起こったと思われがちです。
しかし実際にはホロコーストはヨーロッパ各地で起こっており、ハンガリーでも 90万人のユダヤ人のうち、60万人が直接的、あるいは間接的にホロコーストの犠牲となったといわれています。
ドハーニ街シナゴーグの中庭にある共同墓地には、ホロコーストの犠牲者を含む2万人のユダヤ人が眠っています。
日本で暮らしていると、ホロコーストについて見聞きする機会はあまりありませんが、ヨーロッパでは今も各地に生々しい傷痕が残っているのです。
ナイトスポットに生まれ変わったユダヤ人街
現在、ハンガリーにおけるユダヤ人人口8万人のうち、およそ80パーセントがブダペストに集中しています。一時に比べ、ブダペストにおけるユダヤ人コミュニティはずっと縮小してしまいましたが、消滅してしまったわけではありません。
ブダペストには、ドハーニ街シナゴーグを筆頭に、20ほどのシナゴーグや祈祷会堂が存在し、その周囲にはユダヤ教の教義にのっとった料理を出すレストランがあるほか、ユダヤフェスティバルも開かれます。
そして近年増えているのが、廃墟となった建物を改装してオープンしたバーやレストラン。ストリートアートとおしゃれなバーが融合した風景はヒップな雰囲気満点で、旬なナイトスポットとして注目を集めています。
礼拝堂で建築美に酔いしれ、共同墓地やホロコースト記念碑で重い歴史と向き合い、ナイトスポットで新たなユダヤ人街の展開を目撃する。
ヨーロッパ最大のシナゴーグとその周囲では、ブダペストにおけるユダヤコミニティの過去と現在、そして未来が交錯しています。
[All Photos by Haruna Akamatsu]