全国平均の約1.6倍のお金をかけている
ミネラルウォーターを普段から飲みますか? ミネラルウォーターとは辞書を見ると、ミネラル(カルシウム・マグネシウム)を豊富に含んだ天然水や地下水と書かれています。
<カルシウム・マグネシウムなどの無機塩類を比較的多量に含んだ飲料となる天然水・地下水。また人工的に無機塩類を添加した天然水>(岩波書店『広辞苑』より引用)
「容器入り飲料水=ミネラルウォーター類」との定義もあります。このミネラルウォーター類の購入にお金をもっとも費やしている人たちは、日本のどこに暮らしていると思いますか?
都道府県庁の所在地、および政令指定都市間での比較に限りますが、ミネラルウォーター類にもっともお金をかけている人たちが暮らす場所は那覇市だとわかっています。
那覇市といえば、日本で唯一亜熱帯の地域に入る県庁所在地です。台風やスコール、きれいな海のイメージもあるので、水が豊かな印象を持つ人も少なくないのではないでしょうか。
少なくとも筆者の中には、東京・大阪周辺の大都市に暮らしている人より、ミネラルウォーター類にはお金を「かけない」イメージがあります。
しかし、総務省の『家計調査』によると、那覇市民のミネラルウォーター年間支出金額は過去10年くらいずっとトップで、全国平均の約1.6倍(2018~2020年平均)に達します。東京23区の人たち以上に那覇の人たちは容器入り飲料水にお金をかけているのですね。
もともと飲み水に乏しい土地
那覇の人たちはどうしてこれほどお金をかけるのでしょうか。
有力な仮説としては、那覇市の水道水のユニークな特徴(硬度)が言われています。ただ、この特徴を理解するためには、沖縄の水道水の歴史を先に学んだほうがいいかもしれません。
飲み水に特に困らない(困った記憶のない)地域に暮らしていると、全国津々浦々同じように蛇口をひねれば無尽蔵に水が出てくると勘違いしてしまいがちです。
しかし、地図を広げて琉球諸島を見てください。高い山も大きな川も限られています。明治時代になっても沖縄は、雨水(天水)や井戸水、わき水に生活用水のほとんどを頼っている状態でした。要するに、飲料水に乏しい土地だったのですね。
那覇の飲料水事情が大きく変わり始めた時期は、昭和に入ってからです。
昭和の初めに有望な水源が発見され、第二次世界大戦の悲惨な地上戦を挟んで、米国統治機関である沖縄民政府主導で、小規模な上水道(簡易水道)の整備が進んでいきます。
1954年(昭和29年)に水道事業が那覇市で本格的に再開され、1958年(昭和33年)に琉球水道公社が生まれます。琉球諸島の各地にその後も整備の動きが広がり、1972年(昭和47年)に本土復帰を迎えました。
那覇市(北部)の水道水は硬度が高い
以上のような歴史を歩んできた那覇の水道水は現在、西原浄水場と北谷浄水場から給水されています。
西原浄水場は、首里城から見て東側の本島東岸にあり、北谷浄水場は那覇市の北、嘉手納基地の近くにあります。
西原浄水場は、ダムと河川から水を引いています。一方で、1987年(昭和62年)に稼働を始めた県下最大級の北谷浄水場は河川やダムだけでなく、嘉手納井戸群の地下水も主要な水源としています。この地下水が、今回の主題であるミネラルウォーターの消費量と関係していると一部で言われているのですね。
石垣島の沖合に浮かぶ竹富島が見た目にもわかりやすいので、ちょっと想像してみてください。
琉球諸島の多くは、サンゴの骨格や貝がらなどが積もって固まった岩石(琉球石灰岩)からできています。竹富島の住宅の石垣も琉球石灰岩を積み上げてできています。琉球石灰岩とはあの石垣のような感じ。
もちろん沖縄本島の一部も同じで、地表に降った雨が染み込み、琉球石灰岩を通り抜ける途中で、カルシウム成分が水に溶けだします。そのカルシウム成分を豊富に含んだ地下水が、北谷浄水場では水源として利用されるわけです。
北谷浄水場からの給水を受ける那覇市北部エリア(市役所や国際通りなどがある中心部)の水道水は、自然に硬度が高くなります。
水道水の違いが消費量に影響を与えているのか
嘉手納基地
硬度が高い=カルシウムとマグネシウムが多い=硬水という関係があるのでした。
<WHO(世界保健機関)の基準では、硬度が0~60mg/L未満を「軟水」、60~120mg/L未満を「中程度の軟水」、120~180mg/L未満を「硬水」、180mg/L以上を「非常な硬水」>(evianの公式サイトより引用)
北谷浄水場ではその「問題」を解決するために、水の硬度を下げる施設を入れています。
さらに水源の選択肢を増やすなどして、このところは100mg/L以下まで硬度を下げられています。いわば、中程度の軟水が水道から出せるようになったのですね。
しかし、30年ほど前までは硬度が175mg/L程度で、北谷浄水場から給水を受けている那覇市北部の水道の蛇口からは、硬水が出ていました。
硬水では、おいしいご飯が炊けません。昆布でだしがとれず、みそ汁に入れた豆腐の硬さにも影響が出ます。お茶もおいしくならないと言われています。
同じ那覇市でも南部(空港のある南西部や首里のある東部を含む)は水道から軟水が出てきますが、この水道水の特徴(違い)が、ミネラルウォーター類の消費量に影響を与えているのではないかとの考察があるのです。飲み水としてだけでなく料理用としても使う機会が増えるからですね。
もちろん、容器入り飲料水への支出額に水道水の硬度だけが影響を与えているとすれば、説明が付かない問題も出てきます。例えば、北谷浄水場の給水する水道水の硬度は過去20年間で下がり続けているのに、総務省『家計調査』を同じ時期に振り返ると、那覇市民の支出額は4,000円台から5,000円台後半へ増えています。
言い換えれば、水道水の硬度が下がってきているのに、支出額は増えているのですね。
都道府県別人口10万人当たりの熱中症による救急搬送人員がワーストランキングの常連に入るくらい、亜熱帯地方に属する暑い環境が那覇にはあります。水分補給のために水を買って飲む機会が多いために、支出額が押し上げられているだけかもしれません。
どんな因果関係が(あるいは相関関係が)あるのかはっきりにしないにせよ、ミネラルウォーター類の消費量No.1は那覇市です。
新型コロナウイルス感染症の影響が収まり、沖縄に自由に遊びに行ける時代が戻ったら、ミネラルウォーターを飲む市民の姿にも注目してはどうでしょうか。旅の奥行きがちょっとだけ深まるかもしれませんよ。
(C) Amnat Phuthamrong / Shutterstock.com
[参考]
※ 家計調査(二人以上の世帯) 品目別都道府県庁所在市及び政令指定都市(※)ランキング
(2018年(平成30年)~2020年(令和2年)平均) – 総務省統計局
※ 生き物がつくる石 -石灰岩- – 沖縄県立博物館・美術館
※ ミネラル水、沖縄で人気のワケ なるほどマップ – 日本経済新聞
※ ブラタモリ「竹富島~竹富島に“生きる”とは?~」 – NHK
※ ミネラルウォーター類(容器入り飲用水)の品質表示ガイドライン – 全国清涼飲料連合会
[All photos by Shutterstock.com]