【岩井俊二が語る高畑勲のすごさ】2時間怒られたことが出発点|ジブリとの意外な縁もインタビュー

Posted by: Kei

掲載日: Jun 26th, 2025

2025年は、故・高畑勲監督の生誕90年。そして太平洋戦争の終戦から80年という節目にあたる年です。この二つを受けて、2025年6月27日(金)〜9月15日(月)まで、麻布台ヒルズギャラリーにて「高畑勲展 ̶日本のアニメーションを作った男。」が開催されます。展覧会を前に、今回は高畑監督と遠縁にあたる映画監督・岩井俊二さんにインタビュー。お二人の出会いのエピソードから、『火垂るの墓』をはじめとした作品への思い、そして自身の創作に受けた影響まで、じっくりと語っていただきました。

岩井俊二が語る高畑勲のすごさ インタビュー 窓際 座っているショット 目線あり 1280

実は遠縁だった高畑監督をOB訪問

岩井俊二が語る高畑勲のすごさ インタビュー 視線外し うつむき 口元に手

——高畑監督とは学生時代に接点があったと伺いました。そのときの最初の印象やエピソードなどを教えていただけますか?

岩井:元々は単純に、OB訪問のような感じで映画業界についてお話を伺いたいと考えていたんです。親戚のおじさんに相談したら、たまたま遠縁に高畑さんがいらっしゃって。そんな流れで、かつて高畑さんと宮﨑駿さんが一緒に仕事をしていた事務所『二馬力』にお伺いすることになりました。あれが初対面でしたね。

——すごい流れですね……!

岩井:僕は学生時代から自主映画を作っていて、将来はプロになろうと考えていたんですけど、当時は不安もありました。それで、高畑さんに会ってみると、開口一番「君は自分のやりたい世界を、自分のやりたいように、プロとしてやっていきたいわけだよね?」と聞かれたんです。なんというか、謎かけのようでどう答えるべきか迷いました。

——それは……考えさせられますね。

岩井:そうなんです。当時は映画業界って怖そうだし、自分にできるか不安もあって、いったん漫画家を目指したこともあるくらいで。だから「そうですね、多分そうだと思います」と、ちょっと弱気な返事をしたんです。

岩井俊二が語る高畑勲のすごさ インタビュー 笑顔 1-3

すると高畑さんが、「そんなことは僕が聞きたいよ!」「そんな簡単にできるわけないだろう!」って返されて(笑)。言われたことに返事をするとまた別の角度から突っ込まれるようなやり取りでした。

——怒られたような印象ですか?

岩井:そうですね。2時間くらい、いろいろな映画の話をしながら僕に、というより何かにずっと怒っているような印象でした(笑)。それが実はすごく貴重な体験だったんです。“ものを作っている人”と初めて本気で直接会って話したという意味で、そのインパクトは計り知れませんでした。のちにジブリの事務所を訪ねた際、プロデューサーの鈴木敏夫さんやスタッフの方々から話を聞くなかで、僕が感じた“怖い高畑さん”はまだ序の口だったと知りました。もっとトンデモない人だった(笑)。

「小手先でいい加減なものを作るな」

岩井俊二が語る高畑勲のすごさ インタビュー 眼光

——岩井監督ご自身も映画制作において、高畑監督の影響を強く受けていると伺いました。どのような部分が特に印象に残っていますか?

岩井:「小手先でごまかすな、いい加減なものを作るな」という“高畑イズム”みたいなものが、自分のなかで一種の戒めになっている気がします。

——具体的に、高畑監督のものづくりの姿勢を感じた作品などはありますか?

岩井:『おもひでぽろぽろ』は、高畑さんの取材の深さが極まっていると思います。作品に登場する紅花についても、高畑さんは新しい栽培方法まで考えちゃうんですから。もはや作品づくりと研究の境目がわからなくなるほどですよね。それくらいのめり込む性格だったんだと思います。

 『おもひでぽろぽろ』© 1991 Hotaru Okamoto, Yuko Tone/Isao Takahata/Studio Ghibli, NH

 『おもひでぽろぽろ』
© 1991 Hotaru Okamoto, Yuko Tone/Isao Takahata/Studio Ghibli, NH

——岩井監督が学生時代に訪ねたとき、高畑監督はちょうど『柳川堀割物語』を制作中だったとか。

岩井:そうです。僕が訪ねたときに作っていた『柳川堀割物語』というドキュメンタリーも、高畑さんを理解する上でいい入口になる作品だと思います。これはもう、ドキュメンタリーとして傑作です。“高畑さんがすごい”というのはもちろん、なにより“柳川の人々がすごい”んですよね。長い歴史のなかで水と共に生きてきた人たちが、高度経済成長期にその文化を捨てようとしたけれど、再び原点回帰して、水との共生を選んでいく。そんな生き様を描いていて。

岩井俊二が語る高畑勲のすごさ インタビュー 横顔 笑顔

岩井:その生き様は、アニメ作りにも通じるなと思いました。少しずつしか進まない地道な作業。例えば江戸時代、川の水を移動させるのに人が水車を踏み続けていたように、一コマ一コマ描いていくアニメも同じ。名もなき人たちのひたむきな姿に、自分たちの創作の姿勢を重ねていたんじゃないでしょうか。

背景は本当に必要か? 高畑イズムと岩井美学の共通点

『平成狸合戦ぽんぽこ』セル画+背景画 ©1994Isao Takahata/Studio Ghibli, NH

「高畑勲展」より『平成狸合戦ぽんぽこ』セル画+背景画  
©1994Isao Takahata/Studio Ghibli, NH

——高畑監督の作品は背景美術も非常に印象的ですが、その“背景へのこだわり”についてはどのように感じていますか?

岩井:高畑さんって、背景を必要な要素としてすごく意識的に描いていた一方で、晩年になるとむしろ省略する方向に行ってましたよね。必要なものだけを描くという姿勢は、すごくアニメらしいと思います。

——岩井監督の作品でも、風景や背景の扱いには独自のこだわりがありますよね。

岩井:アニメだと、例えば信号機が青から点滅に変わる動き一つで作者の意図が伝わる。でも実写だと、風景をただ撮るだけじゃ何も伝わらないんです。草が揺れているだけでも、「ここを見せたいんだ」という演出が必要になる。

だから実写とアニメでは“風景の意味”が根本的に違うんです。僕の作品のなかで、人物の出てこない、風景だけのシーンは1%もないと思います。必ず人との因果関係を持たせて作っている。そうしたなかで、高畑さんは何を省略し、何を描くかを徹底的に考えていた監督だったと思います。

「レポート “竹取物語をいかに構築するか”のための 思考のプロセス」の表紙

「高畑勲展」より「レポート “竹取物語をいかに構築するか”のための 思考のプロセス」の表紙

——高畑作品のなかで特に印象に残っているシーンはありますか?

岩井:すぐに思い浮かぶのは『ホーホケキョ となりの山田くん』ですね。お父さんが暴走族に絡まれて、おばあちゃんが間に入って、お父さん自身は何もできなかったという場面。お父さんが失意で固まってしまうシーンが、アニメじゃなくて動いていない1枚の絵なんですよ。その手法が逆に斬新でした。

井俊二が語る高畑勲のすごさ インタビュー ポスター 2

アニメって、動かさないとただの絵に戻ってしまうのに、あえてそこで絵を止めることで男の無力感を表現している。アニメを放棄するような表現で、ものすごく染みました。あれは本当によかったですね。

『ホーホケキョ となりの山田くん』 © 1994 Isao Takahata/Studio Ghibli, NH

「高畑勲展」より『ホーホケキョ となりの山田くん』
© 1994 Isao Takahata/Studio Ghibli, NH

『火垂るの墓』のような作品はほかにはない

『火垂るの墓』 セル画+原画 © 野坂昭如/新潮社,1988

「高畑勲展」より『火垂るの墓』 セル画+原画
© 野坂昭如/新潮社,1988

——今回の高畑勲展では『火垂るの墓』が大きく取り上げられています。岩井監督ご自身がこの作品から影響を受けたことや、感じたことがあれば教えてください。

岩井:誇張するのではなく、人の動きや構図など、一見地味に見えるけれど非常に精密にリアリティを描いているところが、ほかにはない世界観だと思いました。自分の作品にどれだけ吸収できているかを考えると、まだまだその深みには到達していないと感じます。『火垂るの墓』のようなアニメって考えたとき、似た作品が思いつかないくらい独創的な世界だったという気がしますね。

「高畑勲展」より『火垂るの墓』 保田道世による登場人物の色彩設計 © 野坂昭如/新潮社,1988

「高畑勲展」より『火垂るの墓』 
保田道世による登場人物の色彩設計
© 野坂昭如/新潮社,1988

——「一度は絶対に見るべきだけれど、二度と見たくない」と言われることもある、リアルだからこその辛さがある作品だと思います。

岩井:辛いですよね、本当に。簡単に「また見よう」とはなりにくい作品だと思います。ただ、一度見たら絶対に忘れない。だから、少なくとも一度は見た方がいいのは間違いないと思います。

——作品の厳しさや重さが、逆に記憶に残る強さになっているということでしょうか。

岩井:そうですね。『火垂るの墓』は内容があまりに強烈で、「高畑さんらしさ」を楽しむ余裕はないかもしれない。でも、ものすごく鮮烈に記憶に刻まれる。ほかの作品で、例えば『ホーホケキョ となりの山田くん』のように、楽しめる作品にも共通する“高畑ワールド”があります。すべての作品を通して、それを探してみるのもいいかもしれません。

——戦争を描いた作品としての『火垂るの墓』は、今の時代にどのように響くと思いますか?

岩井:……戦争について考えさせられると思います。特に今の時代に見ると、ガザの問題なども含めて、本当にいろいろなことを考えさせられるんじゃないでしょうか。

岩井俊二が語る幼少期のアニメ体験

岩井俊二が語る高畑勲のすごさ インタビュー 窓際 見上げる 1-4

——岩井監督は、子どもの頃からアニメに親しんでいたと伺いました。

岩井:今でも特に印象に残っているのは『長靴をはいた猫』ですね。初めて見たのはテレビ番組で紹介された予告編でした。塔のてっぺんで主人公が戦いながら、夜が明けていくクライマックスシーンが本当に衝撃的で。「当時何がすごかったんだろう?」と思って大人になって見てみたら、“アニメがすごかった”という(笑)。今見ても普通に大人も楽しめるくらい、よくできていると感じます。

——そのほか、記憶に残っているアニメ作品はありますか?

岩井:『空飛ぶゆうれい船』ですね。当時、普通のテレビアニメに戦闘シーンは出てこなかったんですよ。そんななか、ロボットとの空中戦や、ビルの向こう側で人が戦っている演出があって、「こんな発想があるんだ!」と子どもながらに衝撃を受けました。

「アルプスの少女ハイジ」セル画+背景画 ©ZUIYO

「高畑勲展」より「アルプスの少女ハイジ」セル画+背景画 ©ZUIYO

その後、テレビアニメで『ルパン三世』とか『侍ジャイアンツ』を見て、「あの映画を作っていた人たちがやっているんだ」って気付くんです。その後に『アルプスの少女ハイジ』を見て、宮崎さんや高畑さんの名前を知るようになっていきました。

——幼少期からジブリに触れていたんですね。

岩井:そうですね。ジブリって80年代以降にスタートしたイメージがありますけど、実は僕らが幼稚園時代からジブリなるものは存在していた。すごくクオリティの高いアニメを浴びて育っていたんですよね。

岩井俊二作品の出発点は“高畑イズム”

岩井俊二が語る高畑勲のすごさ インタビュー 目線なし プロフィール用ショット2

高畑監督と初めて会った学生時代の体験は、岩井監督にとって「本気で表現と向き合う」覚悟の出発点となったそうです。

妥協を一切許さない姿勢と、表現に対する厳しさ。その“高畑イズム”は、地道に作ること、必要なものだけを描くこと、そして人の生き様を描こうとする姿勢として、今も岩井監督のなかに根付いています。「小手先でごまかすな」という言葉は、時代やジャンルが変わっても、ものづくりをする人間にとって、変わらない戒めなのかもしれません。

岩井監督の目線を通して、「高畑イズムのすごさ」が改めて浮き彫りになった取材でした。

岩井俊二が語る高畑勲のすごさ インタビュー TABIZINE旗持ち

火垂るの墓© 野坂昭如/新潮社,1988

火垂るの墓© 野坂昭如/新潮社,1988

 
高畑勲展 —日本のアニメーションを作った男。
 
会期:2025年6月27日(金)〜2025年9月15日(月・祝)
会場:麻布台ヒルズ ギャラリー
住所:東京都港区虎ノ門5-8-1 麻布台ヒルズ ガーデンプラザA MB階
開館時間:10:00〜20:00(最終入館19:30)
※6/27(金)~7/18(金)の火曜・日曜は10:00〜17:00(最終入館16:30)
 

WEB販売(会期前)
販売期間:2025年5月23日(金)11:30〜6月26日(木)23:59
対象期間:6月27日(金)〜7月31日(木)
一般 1,800円
専門・大学・高校生 1,500円
4歳〜中学生 1,200円
>>チケット販売ページ
 
WEB販売(会期中)
販売期間:2025年6月27日(金)0:00~
一般 2,000円
専門・大学・高校生 1,700円
4歳〜中学生 1,400円
 
窓口販売
販売期間:2025年6月27日(金) 〜 9月15日(月祝)
一般 2,000円
専門・大学・高校生 1,700円
4歳〜中学生 1,400円
 
公式サイト:https://www.azabudai-hills.com/azabudaihillsgallery/sp/isaotakahata-ex/

岩井俊二が語る高畑勲のすごさ インタビュー 横顔 2000
岩井俊二監督

1995年、『Love Letter』で長編映画監督デビュー。代表作は『スワロウテイル』『リリイ・シュシュのすべて』『花とアリス殺人事件』『ラストレター』『キリエのうた』等。2012年、東日本大震災の復興支援ソング「花は咲く」の作詞を手がける。2025年4月、公開30周年を記念して『Love Letter [4Kリマスター]』が劇場公開。国内外を問わず、多彩なジャンルで ボーダーレスに活動し続けている。

[All photos by Kanoko Yasuoka]
Do not use images without permission.

PROFILE

Kei

kei ライター

都内在住のフリーライター。大学進学や転職などで7回の引っ越しを経て、現在は浅草暮らしを満喫中。趣味は純喫茶巡り。全国津々浦々の純喫茶を巡り始めて十数年。今までに500店以上訪問し、現在も週1ペースで新規開拓している。昭和レトロな雰囲気にめっぽう弱い。ニッチな視点で地域のさまざまな魅力をお届けします。

都内在住のフリーライター。大学進学や転職などで7回の引っ越しを経て、現在は浅草暮らしを満喫中。趣味は純喫茶巡り。全国津々浦々の純喫茶を巡り始めて十数年。今までに500店以上訪問し、現在も週1ペースで新規開拓している。昭和レトロな雰囲気にめっぽう弱い。ニッチな視点で地域のさまざまな魅力をお届けします。

SHARE

  • Facebook