多くの作家や芸術家、俳優、著名人がパリに魅了され、パリの旅行記や生活をエッセイに綴りました。それらのエッセイからパリの多様な姿を垣間みることができます。時にはまるで一緒にパリを辿っているかのような錯覚に陥るほどです。フランス在住者が選ぶパリを描いたエッセイを紹介したいと思います。
ヘミングウェイの「移動祝祭日」
ヘミングウェイは1920年代パリで文学修行をしていました。当時パリは芸術が華やいだ時代。晩年のへミングウェイが当時のパリでの生活を虚構を交えながらエッセイ調に綴ったのが「移動祝祭日」です。
パリを描いた本やエッセイはパリをネガティブなイメージの象徴として描いていることが多いのですが、「移動祝祭日」は貧しい生活の中でもパリでの日々を肯定的に描いています。若き日のヘミングウェイの生活するパリはオレンジの光がこだまするかのように温かい空気に包まれています。ヘミングウェイが青春時代に過ごしたパリの愛おしい思い出は読者の心にも強く響きます。
ヘミングウェイはモンパルナスの名店カフェに集まるアメリカ人を少し軽蔑しながらも、自身もまたモンパルナスのカフェに繰り出しています。とりわけクロズリーデリラはお気に入りのカフェだったようで、「快適なカフェであると同時に、パリで最上のカフェの一つだった」と記しています。現在のクロズリーデリラは当時の姿を残し、ヘミングウェイのパリを体験することができます。ピアノバーもあり、ジャズが演奏され、まさに20年代のパリそのものです。
池波正太郎「あるシネマディクトの旅」
池波正太郎は80年代初めてフランス人俳優ジャンギャバンの本の取材のためフランスにやってきました。その後もフランスの魅力に取り付かれ何度かフランスを訪れます。それらの滞在を綴ったのが「あるシネマディクトの旅」です。
初めてパリの地に降り立った池波正太郎は、地元東京を歩くようにパリを歩いています。戦前からフランス映画を観つづけたので、パリは初めての土地とは思えなかったそうです。パリの街を自身が見たフランス映画に重ね合わせて楽しんでいます。特に下町のパリがお気に入りだったようで、レアールの酒場やサンマルタン運河の下りでは、映画や小説で見たパリそのものを体験しています。
「あるシネマディクトの旅」を読み進めると、何度目かの滞在時では、パリの街は変貌し、お気に入りだったレアールの酒場は閉店してしまい、池波正太郎が映画で見たパリは姿を消してしまいます。それでもサンマルタン運河や池波正太郎がお気に入りだったモンパルナスのカフェ「ラ クーポール」は当時の面影を残しています。今でもこのエッセイのパリに触れることのできる場所です。
雨宮塔子「パリごはん」
パリといえば美食の街。美味しいパリを体験したいのであれば、雨宮塔子の「パリごはん」をオススメします。「パリごはん」ではパリでの食にまつわる日記エッセイで、雨宮塔子のパリでの人間模様とともに日常のごはんから高級レストランなどの非日常のごはんを綴っています。パリの美味しいごはんだけでなく、食事を共にする人たちとの温かな交流を描き、食卓を囲む大切さを改めて感じさせてくれるエッセイでもあります。
また在住者ならではの日常のパリの食卓は興味深いところです。おすすめのチーズや生ハム、気軽に行けるレストランなど、旅行者がチェックしておきたい情報もたくさんあります。
今年の秋はパリにまつわるエッセイを読んでみましょう。本の中でほんのひとときパリの空気に触れてみてください。パリがより身近に感じられるでしょう。
[All photos by Nanako Kitagawa]