
願慶寺
しゅうとの顔からはがれなくなった鬼のお面

石川県側から北潟湖越しに眺めた吉崎
福井と石川の県境に沿って、吉崎という地名があります。石川県側にも吉崎があり、福井県側にも吉崎があるのですが、福井県側の吉崎には、かつて浄土真宗の宗教都市の拠点が存在しました。
一向一揆といわれる、浄土真宗の信者が起こした百姓一揆の始まりの土地であり、農民が100年近くにわたって武家の支配をまぬかれた、「持たざる者たち(浄土真宗の農民信者)」の支配する土地の拠点が存在していました。
この吉崎の宗教都市をつくった人が、浄土真宗の本願寺第8世の蓮如(れんにょ)という人。蓮如が北陸に赴き、吉崎の山の上(通称お山)に宗教都市をつくりました。その時代の物語です。

願慶寺の裏側から眺めた様子
かつて、吉崎の近くに十楽村(現あわら市の一部)という村が存在しました。その十楽村に暮らしていた農家の一家で、不幸が起こります。嫁としゅうとを残して、夫、子ども2人が立て続けに病死してしまったのです。
その悲しみを癒やそうと、嫁は吉崎に通って蓮如と対面し、浄土真宗の熱心な信者になります。いわば、悲しみの救いを宗教に求めたのですね。
しかし、同じ家に残されたしゅうとは、家を空けるようになった嫁の行動が気に入りません。そこで、吉崎通いをやめさせようと、家にあった鬼のお面を被って、道中で待ち伏せし、脅そうとします。
結果として、脅しは失敗に終わりました。問題はここからです。しゅうとは慌てて家に帰り、嫁が戻る前にお面を外して、何食わぬ顔で留守番役を演じようとします。しかし、お面が外れません。
<悲しや面は顔にひっつき、とらんとすれば顔の皮をへぐごとく痛み>(吉崎御坊願慶寺『生信嫁威肉附面縁起』より引用)
「どうしよう」と、しゅうとが慌てもがいていると、嫁が家に帰って意地悪がばれてしまうのです。

中央に肉付きのお面。写真の左の軸が嫁で、右の軸が面で顔を覆ったしゅうと
しかし信心深い嫁は、しゅうとの話を聞き(聴聞し)、しゅうとを追い込んだのは自分だと悟ります。家族を失い、苦しい思いをしているのは自分だけではなく、しゅうとも一緒です。自分だけ楽になろうとした行動が、結果としてしゅうとを追い込んでしまったと気付いたのです。
因果関係の「因果」とは仏教用語だといいます。まさにこの因果の因が自分であると悟った嫁は、一緒に「南無阿弥陀仏」と唱えようと、しゅうとに誘いかけます。その通りにしゅうとが唱えると、
<不思議や面は直ぐさま落ち>(吉崎御坊願慶寺『生信嫁威肉附面縁起』より引用)
手足の自由が利くようになったといいます。
この出来事がきっかけで、しゅうとも吉崎に参るようになります。話を聞いた蓮如は、末代への教訓として、鬼のお面を預かり、弟子の祐念坊に授けます。
この祐念坊が現在の福井県あわら市吉崎にある願慶寺を開き、「肉付きの面」として後世に伝え始めました。まさにこのお面が、現存しているのです。
怖いもの見たさで集まった人たちが仏の教えに触れる

「肉付きの面」は、願慶寺で拝観を希望すれば、予約なしで観覧させてもらえます(拝観料500円)。拝観希望者に対し、住職がお寺の由緒、吉崎の歴史、浄土真宗の歴史、嫁脅し肉付き面縁起の話を伝えた後に、宝物を披露してくれます。
この話のポイントは、怖いもの見たさで集まった人たちが、お面を通じて仏の教えに触れられる点にあります。
筆者が訪れた際には、ほかにも10人ほどの観覧希望者がいました。誰もが恐らく熱心な信者ではなく、怖いもの見たさで集まった観光客だったと思います。そのせいか、20~30代の若者も目立ちました。

その観光客たちも、住職の軽妙な語りを聞いているうちに、嫁としゅうとという身近な話題を通じて、相手の話を聞く(聴聞の)大切さ、因果関係の話など、仏教の教えに考えを巡らせるきっかけを与えてもらえます。
そもそもこのお面は蓮如が、
<末代の見せしめにせよ>(吉崎御坊願慶寺『生信嫁威肉附面縁起』より引用)
と言って、弟子に託した宝物です。信仰心とは無縁の人たちの関心を引き寄せる格好の材料にもなるので、蓮如は弟子に預けたのですね。その辺りも含めて、蓮如という宗教家は人心を隅々まで知り尽くした人だと感服させられます。
肉付きのお面は、写真撮影も自由です。新型コロナウイルス感染症の影響が心配ですが、状況を見定めながら福井に旅行する際には、願慶寺まで足を運んで、ミステリアスなお面を眺めてはいかがですか?
願慶寺
住所:福井県あわら市吉崎1-302
電話:0766-75-1956
拝観料:500円
[All photos by Masayoshi Sakamoto]

Masayoshi Sakamoto 翻訳家/ライター
1979年東京生まれ、埼玉育ち、富山県在住。成城大学文芸学部芸術学科卒。国内外の媒体に日本語と英語で執筆を行う。北陸3県を舞台にしたウェブメディア『HOKUROKU』の創刊編集長も務める。
https://hokuroku.media/
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