閑静な住宅街に佇む、モダンな老舗旅館
別府八湯の中で、最も標高の高い山あいに位置する明礬(みょうばん)温泉。地下30cm付近に温泉脈を持つ地熱地帯で、そこかしこから温泉ガスの蒸気が噴出する光景が見られます。
そんな地球の息吹漂う、明礬温泉の高台にあるのが「御宿 ゑびす屋」。別府駅からは車で20分ほど。緑あふれる住宅街の一角にあり、別府温泉のにぎやかなイメージが覆されるような静かな環境にあるのも◎。創業は明治7年(1874年)という老舗ですが、リニューアルオープンしたばかりとあって、和の情緒とモダンさを兼ね備えた佇まい。客室は全8室という、落ち着いて過ごしやすい規模感もいいですね。
玄関では宿のモチーフとなっているえびす様がお出迎え (C)御宿ゑびす屋
別府湾も望める開放的な客室
(C)御宿ゑびす屋
チェックイン時にラウンジでお茶と和菓子をいただいたら後は客室へ。今回利用したのは本館のロフト付和洋室「布袋尊」。小上がりにお布団を敷くスタイルでベッドとはひと味違った快適さでした。4名の場合はロフトが寝室スペースとなるようです。試しにハシゴを上ってみたのですが、まるで秘密基地のようなワクワク感!
(C)御宿ゑびす屋
窓際にはソファとして使える腰高のくつろぎスペースが。こちらから別府湾の景色を楽しむこともできます。天井が高いゆえ開放感があり、居心地のよさも抜群。
入り口側には洗面所、冷蔵庫など。その奥にはトイレが完備
なめらかな肌触りがたまらない白濁の硫黄泉
お部屋でしばしくつろいだ後はさっそく湯浴みを楽しみにいきましょうか。温泉は全部で12種。1階には露天風呂、2階には内湯の大浴場、貸切の家族風呂があります。露天風呂と内湯は奇数日と偶数日で男女が入れ替わるので、1泊2日でどちらも満喫することが可能。
こちらは内湯の岩風呂。お湯はこれぞ別府! といえる白濁色の硫黄泉です。お湯はとろっとした滑らかな肌ざわりで、浸かっていると身体の芯からポカポカしてくるのを実感しました。
床面にゲルマニウム石を使用した半身浴「石の力湯」。お湯は無色透明の単純泉。硫黄泉と交互に浸かることで、より身体の巡りも良くなるのだとか。このほか内湯には半露天風呂や水風呂、さらに明礬温泉では唯一の岩盤浴も完備。湯船によって温度が異なるので、熱めのお湯でしゃっきりしたり、ぬるめで肌を落ち着かせたり、岩盤浴でデトックスしたり。多彩な温泉体験ができるのも魅力です。
(C)御宿ゑびす屋
お待ちかねの夕食はラウンジ兼コミュニティルーム「宝船」にて
(C)御宿ゑびす屋
宝船から続くデッキテラスは開放感もひとしお。別府温泉のランドマーク、別府明礬橋も望めます
蒸気は約100℃!別府名物の地獄蒸し
夕食は別府名物の「地獄蒸し」。これは温泉から噴出する蒸気熱で食材を一気に蒸し上げる料理で、別府では江戸時代から始まったと伝わります。自然エネルギーで光熱費が削減できるうえ、温泉のミネラル分によって食材にほんのり塩味をきかせられるそう。なんとサスティナブルな調理法でしょう!
食材を入れたセイロを釜の中に入れて、スイッチを入れると・・・
数秒後には蒸気がわんさか噴き出してきました! 蒸気の温度は100℃にも上るとか
7分ほど蒸せば地獄蒸しの完成。多種多様な食材を同時に蒸し上げるため、厚さや配置のバランスを徹底しているそう。彩り豊かな野菜たちは見た目も美しく、食欲をそそります。
メニューは基本的にこの地獄蒸しのみ。「えっこれだけ?」と思う人もいるかもしれませんが、ご安心を。このセイロ、直径は30センチを超えるビッグサイズでして。さらに野菜だけでなく、豚スペアリブや手羽先、シューマイ、中華ちまきなどガッツリ系メンバーも盛り込まれていて、かなりの食べ応えなんです。
食材は胡麻ダレや甘辛醤油ソースをディップしていただきます。セイロで蒸されるため、ほんのり温かくなっているのもうれしいポイント。このほか柚子胡椒や岩塩なども用意されています。
特筆すべきは野菜が約30種もあること! 根菜、葉物、きのこなど実に豊富なラインナップ。一度にこれほど多くの野菜をいただける温泉旅館はそうそうないのではないでしょうか。どの野菜も驚くほど滋味深く、食べ進めるうちに身体がすっきり浄化されていくようでした。
筆者が特に感動したのが「ナス」。温泉蒸気で蒸したそれはフワフワ&トロトロ。身近な野菜ながら、もはや「はじめて食べた」と思うほど新鮮なおいしさ! 食感の違いでこんなにも印象が変わるとは衝撃的です。
鶏肉のスープも。鍋に丸鶏と水を入れ、温泉蒸気で約半日加熱したというスープはカラダにじんわり染みる味わい。鶏肉の濃厚な旨味が際立ちます。
特別にお鍋の様子も見せていただきました。これはおいしくないわけがありませんね
デザートは蒸しりんご。りんごの甘味と酸味がぎゅっと凝縮して大変美味でした。恐るべし温泉蒸気のチカラ!
野菜たっぷり&揚げ物ナシ&炭水化物少なめ──。いかにも身体によさそうな夕食。内容からして女性ウケが良さそうですが、聞けば、男性ひとり客が多いとのこと。ある日などは宿泊客全員が男性おひとりさまだったとか。
これは勝手な憶測ですが、旅館ながら“旅館らしさ”が全面に出ていない雰囲気が男性に好まれるのではないかと。もちろん温泉や客室、サービスは一流なのですが、いわゆる仲居さんはおらず(ちなみに女将はエプロン着用)、つかず離れずの接客が不思議なほど心地いいのです。「旅館のアノ過剰なおもてなしが苦手・・・」という人にこそピッタリの宿かもしれません。
いつまでも浸かっていたくなる露天風呂
ぐっすり眠った翌朝は露天風呂での湯浴みからスタート。こちらは硫黄泉の岩風呂。朝日を浴びた白濁の湯は、いっそう輝いて見えます。時折吹き抜けるそよ風の気持ちいいこと!
檜の香りに癒やされる、単純泉のジャグジー
半露天の岩風呂や箱蒸し風呂、足つぼの湯なども。1泊だけでは網羅できないほどの充実ぶり
大分郷土料理“だんご汁”はやさしい味わい
朝食はだんご汁、おにぎり、お惣菜、地獄窯で蒸した玉子など。だんご汁とは練った小麦粉を薄く帯状に伸ばした“だんご”を入れたお味噌汁で、大分の郷土料理のひとつ。野菜の甘みと味噌の旨味が奏でる素朴なおいしさでした。
野菜たっぷりの地獄蒸しや滋味深い朝食、多彩な湯処、そして自然体で温かなおもてなし。もう1週間くらいのんびり過ごしたいと思える至福の滞在になりました。ちなみに今回筆者が利用した「ロフト付き12畳和洋室、朝夕食付きプラン」は1人1万8,150円〜(2名1室/税・サービス料込み)。1人宿泊の場合は1万9,250円と気軽に利用しやすいお手頃プライスです。秋も深まり温泉が恋しくなる今日この頃、魅惑の宿で身体とココロを浄化してみてはいかがでしょうか。
[Photos by Nao]