オランダ在住の筆者はある日、オランダ人の友人に「面白い記事が載っていたよ」と雑誌を見せてもらいました。それは何と、「オランダ人の女性が習字に出合い、日本に修行に出かけた」という記事。がぜん興味を持った筆者は、その女性にコンタクトをとってみました。そして幸運にも、彼女に会ってお話しできるチャンスも頂けたので、ぜひ彼女のストーリーをご紹介したいと思います。
「書には、二つと同じ線は無い」
その女性の名前は、パウラさん(Paula van Akkeren)。グラフィック・デザイナーとしてオランダのメディアで、責任ある仕事をされています。元々はアートを専攻し、クリエイティブな活動をされていたパウラさん。仕事にやりがいを感じつつも、慌ただしくやってくる締め切りや、一日中コンピューターと向かい合い頭ばかりを消耗する生活に、徐々に気持ちのバランスが取れなくなっていったそうです。そんな時、ふと彼女の頭に浮かんだのが、以前目にしたことのある「墨絵」、いわゆる水墨画でした。
墨汁と白い紙が織りなす静謐な芸術を思い出して以来、不思議と何故か墨絵のことが頭から離れなくなったパウラさんは、インターネットで様々な検索を試みます。そんな時に出合ったのが、墨絵ではないものの、同じ墨汁を使ったアートである「書道」だったのです。日本人書道家をオランダの地方都市に招聘しての週末ワークショップ情報を見つけた彼女は、そこで初めて書道を経験します。
(c)Paula van Akkeren
その書道家とは、アメリカで活動されているKazuaki Takahashi氏(1933年生まれ!)。ワークショップでは、本来の書の鍛錬ばかりではなく、瞑想や日本の主食であるお米を食べることもカリキュラムに含まれていたのだとか。そしてTakahashi氏の「書には二つと同じ線が無い」(Geen Lijn Is Hetzelfde)という言葉が、彼女を一層書道の世界にのめりこませました。
書に「我」は不要
(c)Paula van Akkeren
そんなパウラさんが次なる飛躍を求めて様々な検索を試みたところ、日本の女性書道家の動画に巡り合います。その書道家とは、千葉県在住の嶋田彩綜(しまだ さいそう)さん。彼女が動画サイトにアップロードしていた、英語字幕付きの書道指南の動画を見て、パウラさんはすぐにメールを書きます。なんと、「書道の指導をしてくれませんか?」と嶋田彩綜さんに打診したというのです! すごい行動力ですね! 嶋田先生からも快い返事をもらい、休暇の段取りをつけ、パウラんさんはついに2016年10月にに来日されました。
東京都墨田区のAirbnb物件を見つけ、日本での休暇はすべりだし好調。日本語のみの看板や英語が通じにくいことは大変だったそうですが、スマートフォンの地図アプリのおかげで、1時間以上かかる嶋田先生のレッスン会場まで無事に辿り着けたそう。
(c)Paula van Akkeren
嶋田先生のレッスンでは、「書に『我』は不要」(Je ‘ik’ is niet belangrijk bij kalligrafie.)と言われたとパウラんさんは教えてくれました。パウラさんが書の前で難しく考え込んでしまうと、「また頭で考えてしまっていますよ」(Je zit in je hoofd.)と言われたそうです。この言葉は、頭でっかちになりがちだった仕事漬けの生活を変えたかったパウラさんの希望と、不思議とマッチしていますね。
(c)Paula van Akkeren
そして数週間のレッスンの後、パウラさんは「頭と身体と書道の半紙が一体になれた」そうです。まさに求めていた境地を手に入れることができて、素晴らしいですね!
(c)Paula van Akkeren
これは、パウラさんご自身が書かれた「道」。力強く、ご自身の道を進まれているパウラさんならではの線なのではないでしょうか。
「日本ほど細部までこだわる国は他にはありません」
(c)Paula van Akkeren
パウラさんは、嶋田先生主催の福島第一原発による被災者のためのチャリティーイベントにボランティアとして参加したり、東京のみならず屋久島へも観光に訪れたりと、休暇中にさまざまな日本の横顔を垣間見ます。
(c)Paula van Akkeren
屋久島では、和紙作りも体験できたそう。
(c)Paula van Akkeren
「日本ほど、細部にこだわる国はありませんよ」と、日本の印象をパウラさんは語ります。彼女の見解では、書道などの芸術分野のみならず、こだわりが日常生活にまで下りてきているのが特徴だそう。屋久島で食べた郷土料理が「合計15皿もあったのよ!」と驚きを隠せないようでした。「少しずつ、種類を多くいただく」という和食の文化にはとても感銘を受けたそう。
(c)Paula van Akkeren
約2か月の休暇を終え、既にオランダでの日常生活に復帰しているパウラさん。仕事を変えたわけではありませんが、今ではなるべく出勤前に半紙に向かい書の練習をしているので、頭と身体のバランスは非常に良いそうです。書の練習によって、一種の瞑想のような精神状態になっているのかもしれませんね。
師匠である嶋田彩綜先生との交流も続いていて、2017年の夏には南仏の展示会で合流予定なのだとか。そればかりではなく、2017年秋には、銀座で行われる書道の展覧会に、嶋田先生の門弟として作品を出展予定なのだとTABIZINEの取材に答えてくれました。
そして彼女の体験に影響を受けたのか、オフィスの同僚に日本旅行を計画中の方もいるそう。「東京に行くなら、あの場所に行かなくちゃ!」という観光指南までしているというパウラさん。これからも、書道を通してオランダと日本の橋渡しになっていって欲しいですね。
[Photos by Shutterstock.com]
[Van YouTube naar Japan voor kalligrafieles]