旅先の忘れられない一言「ただ、あなたらしく生きなさい」

Posted by: 坂本正敬

掲載日: Dec 26th, 2023

海外を旅していると、普段は出会わないような人と巡り合えるチャンスが増えますよね。さらには旅先で出会った人から何気なく告げられた一言が、自分の人生を大きく変えたり、その後の人生の大きな支えになってくれたりする場合も、少なからずありますよね? もちろん筆者にも、そうした体験がいくつかあります。そこで今回は、ニュージーランドのオークランド国際空港から搭乗した飛行機の中で出会ったご高齢の女性から、筆者が言われて今でも忘れずに覚えている一言を紹介したいと思います。

旅先の忘れられない一言【あなたらしく生きなさい】

「ただ、あなたらしく生きなさい」

旅先の忘れられない一言【あなたらしく生きなさい】

窓際のシートから遠のいていくオークランド国際空港を眺めている筆者は、泣いていました。

数日間滞在したオークランドには、当時付き合っていた遠距離恋愛中の女性に会いに訪れていたのですが、到着したその日に別れを告げられ、数日間の滞在期間中に距離を埋められないまま、帰国を余儀なくされていたからですね。

そんな私に声を掛けてくれた人が、隣に座るニュージーランド人のノアさん。

筆者は窓の外を眺めていたため、隣にどのような人が座ったのか気づかなかったのですが、しばらくするとご高齢の女性は「どうしたの?」と親しげな表情で聞いてきてくれました。

「大丈夫です。ちょっと目に大きなゴミが入っただけ」と伝えましたが、普通に考えれば隣席の人の迷惑を考えて、冗談でも言うべきだったのかもしれません。

しかし、当時の筆者は生々しい失恋の悲しみに加えて、いくつもの絡み合った未解決の問題を抱え込んでおり、一人で苦しみを支えきれない状態でした。

「恋人と別れました」と口にした途端、せきを切ったように筆者は自分の苦しみを訴え始めます。今思えば極めて迷惑な話ですよね・・・。

もしかするとノアは手持ちのかばんの中に忍ばせた人気探偵小説の犯人を突き止めようと、意気込んで搭乗していたかもしれないのです。

あるいは海外で行われたオールブラックスの国際親善試合の観戦による睡眠不足を解消するために、11時間以上あるフライトで思い切り眠る予定だったかもしれません。

運悪く怪しげな日本人旅行者の隣に座って「どうしたの?」と聞いてしまったばっかりに、失恋話を長々と聞かされてしまったわけです。

普通なら「もう十分だよ」となってしまうかもしれませんが、ノアは最後まで慈悲深いまなざしと表情で「うんうん」と聞いてくれました。

「もう、どうすればいいのか分からない。どうやって人を愛せばいいのか分からないし、どうすれば人に愛してもらえるのか、完全に分からなくなりました」

いよいよ筆者は悲劇のヒーローになって、湿り気たっぷりの言葉を口にします。するとノアさんはまじまじと筆者の顔を眺め、

「Just be yourself. (ただ、あなたらしく生きなさい ※ちょっと意訳)」

と言ってくれました。

「海の下にはたくさんの魚が居るの。あなたが別れた女性だけが魚ではない。きっとあなたが、あなたのままで居るだけで、あなたを丸ごと愛してくれる、そんな女性がこの世にはきっと居るの。いつか巡り合えるはずよ」

そんな話もしてくれました。もちろん恋愛を想定して言ってくれた言葉でしたが、当時筆者がライターとして駆け出して間もないころの問題全てに共通する言葉に聞こえて、すごく胸に響いた思い出があります。

機内で讃美歌を歌ってくれる

旅先の忘れられない一言【あなたらしく生きなさい】

ノアはオークランドから香港までの十数時間のフライト中、ずっと筆者を気遣ってくれました。あるいは放っておくと、機内からドアを開けて飛び降りかねないと思ったのかもしれません。

クリスチャンであるノアは聖書の名言をまとめた本を取り出し、筆者の傷心にふさわしいであろう一節を、次々とチョイスして朗読してくれました。

さらには讃美歌のブックを取り出し、私のために歌ってくれます。道に迷い、壁にぶつかって、戸惑っている当時の筆者に、聖書の言葉はとにかく響きました。

全ての言葉が示唆(しさ)と暗示に富んでいて、含みと広がりを持って筆者を励まし、導いてくれたからですね。

ノアはほどなく、自らの起伏に富んだ人生も話してくれました。「ニュージーランドにまた来たら、私を実のお母さんだと思って頼りなさい。もちろん家に泊まるのよ」と、連絡先を交換してくれました。

さらには飛行機が目的地の香港に近づくと、機内で何度も読み聞かせてくれた大切な本の見開きに、「Read me daily」と書き込んで、私に渡してくれました。よく見ると「あなたのママ・ノアより、親愛なる息子へ」とメッセージも。

何十年も愛用してきた聖書の名言集と聞いていたので「受け取れない」と断ると、「今の私よりも、この聖書はあなたに必要とされている」と言って、私の手に握らせてくれました。

>>>夏休みにニュージーランドに行くならお得な格安航空券は今いくら?

あなたは世界で最も幸運な人

旅先の忘れられない一言【あなたらしく生きなさい】
※写真はイメージです。

飛行機は着陸態勢に入り、間もなく香港国際空港に到着しました。シートベルトの着用サインが消えて、乗客が一斉に機体の外へと歩き出します。

ノアと一緒に外に向かうと、ボーディングブリッジと連結した扉の前で、キャセイパシフィックのフライトアテンダントの男性チーフが、私に握手の手を差し出してくれました。

「なんですか?」と聞くと、「機内でのやりとり、全部聞こえていました。あなたは素晴らしい方と隣り合わせになりましたね。世界で最も幸運な人です。だから、この先の人生、同じようにきっといいことが起こりますよ」と笑顔で励ましてくれました。

ノアを見ると、不自由な足を引きずるようにしながら、聞こえているのか聞こえていないのか、一人先に歩いていきます。「ありがとう」筆者は笑顔で答えて、機体を後にしました。

 

以上が、筆者の忘れられない旅先の一言になります。その後、ノアとは定期的にメールでコンタクトを取りました。日本で大きな地震が起こると、そのたびに心配するメールが届きました。

ノアとの出会いから十年近く経ち、あるときからふと連絡が途絶えてしまったのですが、ノアにもらった本は、いまだに本棚の一番目立つ部分に収まっています。

旅先の忘れられない一言【あなたらしく生きなさい】
(C)Masayoshi Sakamoto

[Photos by shutterstock.com]

PROFILE

坂本正敬

Masayoshi Sakamoto 翻訳家/ライター

翻訳家・ライター・編集者。東京生まれ埼玉育ち。成城大学文芸学部芸術学科卒。現在は、家族と富山に在住。小学館〈HugKum〉など、在京の出版社および新聞社の媒体、ならびに〈PATEK PHILIPPE INTERNATIONAL MAGAZINE〉など海外の媒体に日本語と英語で寄稿する。 訳書に〈クールジャパン一般常識〉、著書(TABIZINEライターとの共著)に〈いちばん美しい季節に行きたい 日本の絶景365日〉など。北陸3県のWebマガジン〈HOKUROKU〉(https://hokuroku.media/)創刊編集長。その他、企業や教育機関の広報誌編集長も務める。文筆・編集に関する受賞歴も多数。

翻訳家・ライター・編集者。東京生まれ埼玉育ち。成城大学文芸学部芸術学科卒。現在は、家族と富山に在住。小学館〈HugKum〉など、在京の出版社および新聞社の媒体、ならびに〈PATEK PHILIPPE INTERNATIONAL MAGAZINE〉など海外の媒体に日本語と英語で寄稿する。 訳書に〈クールジャパン一般常識〉、著書(TABIZINEライターとの共著)に〈いちばん美しい季節に行きたい 日本の絶景365日〉など。北陸3県のWebマガジン〈HOKUROKU〉(https://hokuroku.media/)創刊編集長。その他、企業や教育機関の広報誌編集長も務める。文筆・編集に関する受賞歴も多数。

SHARE

  • Facebook