星野リゾート トマム クラウドウォーク
(C)Hoshino Resorts Inc.
新千歳空港から道東へ向かう道のりには、北海道らしい景観が広がっていますよね。空港から道東自動車道に入ると、馬追丘陵の一部になるのか、緩やかな起伏の耕作地帯が目に飛び込んできます。耕作地を抜ければ、今度はシラカバ、トドマツ、エゾマツなどが目立つ緑の豊かな夕張山地へ入ります。
今回の取材先は、その夕張山地を越えた先に位置する占冠(しむかっぷ)村のトマム。北海道の「おへそ」にあるリゾート地で世界中から観光客を呼び寄せる星野リゾート トマムから、同地の魅力を紹介したいと思います。
森林率96%の村に世界から人を呼び寄せる星野リゾート トマム
(C)Hoshino Resorts Inc.
トマムと聞いたら、何を思い浮かべますか? 柳田國男著『地名の研究』にも書かれているように、意外にもトマムという地名は日本に幾つも存在しますが、標高1,239mのトマム山の斜面を開発したスノーリゾートが真っ先に思い浮かぶ人も少なくないはず。筆者も関東に暮らしていた学生時代、ゲレンデのふもとに突き立つ高層タワーの写真を見て、「行ってみたいな~」と遠くの北海道を夢見ていた記憶があります。
しかし、トマムが冬のリゾート地だった時代も今や昔の話。2004年に星野リゾートが運営を引き継いでからは、2018年中に累計100万人の到達が見込まれる雲海テラスを目玉の1つとして、オールシーズン楽しめる滞在型リゾート地に変身を遂げました。
(C)Hoshino Resorts Inc.
そもそもトマムという地名は、アイヌ民族の言葉で湿地や沼などを意味すると、星野リゾート トマム広報の吉村美波さんは語ります。この地にはかつて、湿地や沼が広がっていたのでしょうか。1,000ヘクタール(東京ドーム213個分)ある敷地内に突き立った高さ112.5mのリゾナーレトマム・ノース棟の32階から周囲を見渡すと、山に囲まれ緑に覆われた盆地状の限られた平坦地に、トマムと呼ばれる字(あざ)があると分かります。
トマムを含んだ占冠村の森林率は96%、冬場は-30℃まで下がり、雲海が頻繁に発生する土地柄で降水量も多く泥炭ができあがる環境がそろっていますから、湿原があってもおかしくありませんよね。占冠村の役場に問い合わせると、どことは正確には言えないそうですが、かつて確かに沼や泥炭地が存在していたそうで、「沼のあるヤチ川」と、村ではトマムの意味を把握しているそう。ヤチとはアイヌ民族の言葉で「湿地」という意味ですね。
冬のトマム (C)Hoshino Resorts Inc.
その湿地帯を含む占冠村には、明治30年代に入植者があり、その後、牛が飼育されていましたが、1983年にパウダースノーを求めて巨大資本によるスキーリゾートの開発が進むまでは、静かな時代が続きました。しかし、冬場の収益に大きく頼ったスキーリゾートの営業スタイルには無理が生じ、景気の浮き沈みもあって、リゾート地の経営に危機が訪れます。そこで2004年に星野リゾートが運営を引き継ぎ、オールシーズンのリゾート地に変ぼうを遂げて、見事にV字回復を果たしたという歴史があります。
星野リゾートは地元や土地の歴史を大事にする
筆者がトマムに訪れた日は、見事な大雨でした。後日、旭川で会った友人も「あの日はすごかった」と語るほどで、梅雨のない北海道で半夏水のような大雨に降り込められます。この雨がかつて、トマムの泥炭と湿地を作っていたのかもしれませんね。
その雨中で敷地内の牧場エリアをカートに乗って走っているときに、「現在、スタッフの間では、誰が雨男か責任をなすりつけ合っています」と、ガイド役を務めてくれたスタッフの鈴木洋介さんがハンドルを握りながら口にします。鈴木さんは今回の取材中に、敷地内のリゾナーレトマム、ザ・タワーなどの宿泊施設をガイドしてくれた方ですが、取材冒頭でのユーモラスな言葉に、思わず笑ってしまいました。このあたりのユーモアのセンスも、さすがプロフェッショナルですよね。
鈴木さんによれば、現在星野リゾート トマムでは「ファーム計画」と称し、一度はゴルフ場として整備された広大な敷地を、元々の牧場の風景に戻す作業が進められているのだとか。トマムには入植者による牧場が存在し、最盛期にはなんと700頭近くの牛が飼われていたといいます。筆者も人生の一時期、半年間ほど北海道の士幌にある牧場に住み込んでいた経験があるので分かりますが、700頭とはものすごい数字。しかも見渡す限り、放牧に適した平坦地が広がっていますので、バブル期の象徴のようなゴルフ場にしておくよりも(ゴルフファンのみなさん、すみません)大地に根差した牧場の風景に戻した方が、絶対にいいですよね。
星野リゾート トマム広報マネージャーの橋本亮一さんによれば、星野リゾートは土地の風土や歴史を重視し、地元との関係性も大切にしていると言います。トマムに関しては、地元の観光協会などの活動にも積極的にかかわっていると教えてくれました。歴史や風土を尊重する企業の姿勢が伝わる一例にも思えて、個人的に大いにうれしくなりました。
牧場エリアには牧草で作ったソファやベッド、丸太のテーブルが配置され、木陰にハンモックも吊るされていて、散歩しやすいようにウッドチップも敷き詰められています。少し離れていますが敷地内にあるcafe&bar『つきの』、sweets『ゆきの』などでは、テイクアウトを想定したサンドイッチやオリジナルスイーツを販売していますので、晴れた日は牧場に持ち込んでピクニックも楽しめるそう。
雨の取材でさすがにピクニックは体験できませんでしたが、引馬を体験しました。トマム周辺で生まれたという馬にまたがり、緩やかな傾斜の牧草地を下っていく間、正面には雨に煙る山並みが眺められます。たっぷりと雨水を吸い込んだ大地を馬で踏み分けていくと、間もなく馬の歩みのリズムに体が慣れてきて、どこか内省的な気持ちになり、周囲の物音が遠のいていきました。
馬上の人となると、木立の緑と目線が同じ高さになり、枝葉のうるおいにもあらためて目が留まります。慌ただしい長距離の移動を経て、どこか浮ついていた自分の心と体が、北海道の自然と時間の流れにフィットした瞬間でした。
雲海テラスは年間13万人が訪れる目玉の観光プログラム
翌日も雨でした。起床は朝の3時半。3時半と言えば、人によっては「深夜」と表現できるかもしれませんが、星野リゾート トマムの売りの1つ、雲海テラスを眺めるため早朝に寝心地も格別なベッドを離れます。
そもそも雲海テラスとは、星野リゾート トマムが毎年5~10月中旬に、トマム山の標高1,088mの展望デッキで開催するスペシャルな体験プログラム。観光客は冬季のスキー客のために設けられた片道13分のゴンドラに乗り、一気に標高を稼いで、早朝の展望デッキから雲海を眼下に一望します。
雲海の様子 (C)Hoshino Resorts Inc.
宿泊客であれば、ゴンドラの乗車料1,900円(大人)も無料になりますが、この展望を楽しむためだけに道内からは日帰り客も大勢訪れるのだとか。筆者も宿泊したリゾナーレトマム内のエレベーターで話をする機会のあった中国人ファミリーの宿泊客も、まさにこの雲海を眺めるためにトマムを宿泊地に選んだと語っていました。
2006年に正式スタートした雲海テラスも、現在は年間で13万人が訪れる目玉の観光プログラムになったと言います。上述の広報マネージャー・橋本亮一さんも語るように、5~8時(※時期により営業時間が異なる)に開催される早朝プログラムのため、宿泊客はチェックアウトする当日の朝まで体験するチャンスがあります。
今でこそ大人気のプログラムですが、歴史を振り返ってみると、最初はスタッフのちょっとしたアイデアから始まったそうで、星野リゾート トマム広報の吉村美波さんによれば、夏場のゴンドラ整備中に、スタッフの1人が「この雲海をみんなにも楽しんでもらえれば」と提案したところから始まるそう。
星野リゾート トマム Cloud Pool(クラウドプール)
(C)Hoshino Resorts Inc.
当初は「山のテラス」として手探りでサービスが開始し、展望地点まで連れて行った宿泊客に、紙コップでコーヒーを提供するような手作りプログラムだったと言います。しかしその体験が評判を呼ぶと、2006年には正式に「雲海テラス」としてサービスが立ち上がり、順次展望スペースの整備が進みました。現在も「Cloud 9(クラウド ナイン)計画」の下で、開発は続いています。
広報マネージャー・橋本亮一さんによれば、星野リゾートはボトムアップの提案が通りやすい企業風土があるそうで、雲海テラスもまさにその一例。しかも星野リゾート トマムは、全200室あるオールスイートのリゾナーレトマム、多彩な客室構成を誇る535室のザ・タワーの集客数が、他の星野リゾートの施設と比べても群を抜いて多いため、利益も大きく、大胆な設備投資が行なえる環境にあるのだとか。ボトムアップの提案と、提案を実現するだけの予算が、成長を続ける雲海テラスを生んだのですね。
しかし、ここまで書きながら、取材の当日は雨。前の晩から続く雷の注意報も引き続き出ていたため、雲海テラスの取材は中止となりました。星野リゾート トマムのご厚意で、注意報が解除された朝食後に、タフな4輪駆動車で山腹を駆け上がって、展望デッキのある雲海ゴンドラ山頂駅まで連れて行ってもらいましたが、デッキは見事に雲の中。雲海の「海中」に没する形になりました。
それでも、朝の標高1,088m地点の清涼感を楽しみながら、雲海ゴンドラ山頂駅にある「てんぼうかふぇ」に立ち寄ると、カレンダーのように直近1カ月の雲海のポラロイド写真が張りだされていると気づきます。雲海が発生する確率は40%。同じ雲海でも、雲の発生源によって見え方が異なるそうで、スタッフの方も毎日見ていても全く飽きないのだとか。旅先の早起きは、何よりも旅の満足度を高めてくれます。早朝に開催される雲海テラスは、旅の満足度を高める最良のプログラムと言えそうですね。
星野リゾート トマムは散策路も充実している
雲海テラスが中止になって、プラスの面もありました。朝4時過ぎにロビーに集合したものの、取材が中止になったため、早朝の敷地内をのんびりと散歩するというチャンスに恵まれます。フロントを抜け正面玄関から外に出ると、冷涼な朝霧に周囲が覆われており、深い森の奥からはカケスか何かの野鳥のさえずりが聞こえてきました。
しかし、散歩には霧雨が降っているため、適していません。そこで、広大な敷地内の各施設をつなぐ連絡路をたどって、歩き回ってみました。星野リゾート トマムの敷地内には、リゾナーレトマムの宿泊施設が2棟、ザ・タワーの宿泊施設が2棟、さらには安藤忠雄さん設計の「水の教会」に隣接したダイニング施設もあります。これらをトンネルのような通路が結んでおり、その「沿道」にはウッドデッキに9店舗が集約する「ホタルストリート」、2面の大開口部が森に面した森のレストラン「ニニヌプリ」も点在します。
森のレストラン「ニニヌプリ」のオープン前の様子
連絡路を端から端まで歩くと、大人の健脚で片道20分ほど。壁面と屋根で四方を完全に覆われているため、どのような天候であっても散策を楽しめる設計になっています。途中にはスタッフ向けの会議室も設けられていました。四季折々の環境の中でスタッフが各施設を円滑に移動するために設けられた連絡路でもあるはずですが、もちろん観光客の散策にも最適です。
ホタルストリート
早朝4時にもかかわらず、意外に連絡路を歩く観光客も少なくなく、ホタルストリートのウッドデッキでは修学旅行の学生たちと、ザ・タワー周辺では台湾から来たという家族連れと、すれ違いざまに挨拶を交わし、会話を楽しみました。旅先での見知らぬ人との何気ない会話も、たまらない喜びがありますよね。
全室スイート棟のリゾナーレトマムは1フロアに4室限定の贅沢な空間
リゾナーレトマムの客室の様子
星野リゾート トマムは、言うまでもなく客室と料理も優れています。筆者が宿泊したリゾナーレトマムのスイート棟は、全室に展望ジェットバスとサウナが完備され、ツイン、フォース、5名以上で宿泊できるデザインスイートファイブなどが、1室100㎡以上のたっぷりとした空間に設けられています。「これ、住めるな」と思うほどのゆとりある空間で、洗面台も2か所あるため、出発前の慌ただしい時間帯も各人が落ち着いて準備を整えられます。
リゾナーレトマムの客室の様子
ザ・タワーの方は客室をのぞかせてもらっただけですが、友だち同士で楽しめるツインやフォース、ファミリーで楽しめるツインやフォースなど多彩な部屋が用意されており、カジュアルでアクティブな旅行のニーズを満たしてくれそう。
特に子育て中の筆者としては、小上がりのフロアに低床のベッドが設けられていて、「寝がえり打ち放題」のファミリールームを見たときに、1歳と3歳のわが子が楽しそうにベッドの上で転がっている様子が容易に想像できました。
ザ・タワーの客室の様子
料理に関しては、北海道の海の幸、山の幸、野の幸が使われており、味も見た目も楽しめます。例えば取材初日のディナーに出された、雲海をイメージした料理のラインナップは、メニュー表通りに考えるとフランス料理のコース形式。
山頂から見下ろした景観を、アスパラガスなど土地の野菜と、ホタテ、サーモン、ホッキガイなど道産の魚貝類で表現した前菜で始まり(その前にアミューズ・ブッシュもあり)、道産トウモロコシのムースとゼリーを1つの器に共存させた冷製スープと続きます。
ホタテのムースをヒラメで包み、さらにズッキーニで包み込んで雲の立ち上る様子を表現したポワソン、桜のチップを使ったスモークで雲海の広がりを表現しつつ、豊かに香りづけされたしょう油ベースの肉料理、ハイビスカスの紅茶を注いで仕上げるハスカップゼリーのデザート(デセール)で締めくくりです。
料理を担当する星野リゾート トマムの総料理長は、熊野芳武さん。東京神田の和食料理店で約10年間の修行を積み、2年間の福島市での調理経験を経て、星野リゾートの青森屋に入社した経歴を持ちます。婚礼やブッフェレストランを担当し、約8年後に総料理長に着任して、現在に至ったキャリアを誇ります。
雲海をイメージしたフルコース
こうした宿泊設備と料理は、単体でももちろん楽しめますが、トマムという抜群のロケーションの中で満喫するからこそ、独特の説得力を持ちます。窓の外にはトマムの展望が見え、外に出ると冷涼な空気と、野生生物の息づかいが感じられる森が広がっています。晴れた夜の空には星が間近に見えて(たぶん)、早朝には見渡す限りの雲海が広がります。そのようなロケーションと北海道特有の空気感が、料理に、あるいは部屋での滞在に、静かな心の高ぶりを加味してくれるのですね。
今回の取材は1泊2日の滞在となってしまいましたが、星野リゾート トマムのみなさんに最敬礼をもって見送られホテルを後にするとき、1泊と言わず、2泊、3泊など連泊をして、ゆったりとした時間の流れの中で楽しみたいという思いを強く感じました。
以上、星野リゾート トマムを紹介しましたが、いかがでしたでしょうか? 補足しておきたいポイントとしては、パブリックスペースの居心地の良さが挙げられます。
例えばリゾナーレトマムの1階ロビーには、暖炉を設けたラウンジが広がっていて、まきのはぜる音を聞きながら、ソファで落ち着いた時間を過ごせます。
ロビー
ラウンジと隣接した「BOOKS&CAFÉ」では、200冊の書籍、コーヒーと共に、大開口部に面した奥行きの広いテーブルが用意されていて、パソコンを持ち込んでの書き物、土地の歴史に関する読書などに最適の空間が確保されています。
客室と屋外をつなぐパブリックスペースの充実度は、宿泊客の満足度にも大きな影響を及ぼすはず。星野リゾートに宿泊する際には、こうしたパブリックスペースも大いに楽しみたいですね。
BOOKS&CAFÉ
https://www.hoshinoresorts.com/resortsandhotels/risonare/tomamu.html
住所 北海道勇払郡(ゆうふつぐん)占冠村(しむかっぷむら)字中トマム
電話
0167-58-1111(代表 ※忘れ物、周辺案内等)
0167-58-1145(宿泊予約 10:00-18:00)
[Photos by Masayoshi Sakamoto]