今さら聞けないけど。旅人なら知っておきたい香港デモの正体

Posted by: 坂本正敬

掲載日: Nov 19th, 2019

いよいよ出口が見えなくなってきた香港のデモ。日本の「近所」の香港では、若者がレンガを路面店のショーウィンドウに投げ入れたり、警察と抗議活動をする人たちがぶつかり、警察官が撃った銃弾でデモ隊の若者が負傷したり。「五大訴求、缺一不可!(五大要求は1つも譲らない)」というデモ隊のトーンは、とどまるところを知りません。このデモ、対岸の火事という感じで日本人には人ごとですが、一体何に対してあれほど市民は怒り、デモを繰り返しているのでしょうか。そこで今回は今さらで聞けないけれど、海外旅行好きなら知っておいて損はない、香港のデモについておさらいしてみましょう。

香港はそもそも誰の土地だっけ?


香港は日本人からすると、ある程度の独立が認められた国なのか、それとも中国の一部なのか、分かりづらい印象がありますよね。

話は世界史の教科書でも登場したアヘン戦争(1840~1842年)までさかのぼる必要があります。もともとは戦争に負けた中国が勝ったイギリスに香港島を奪われたという歴史があります。しかし、1997年に香港はイギリスから中国に返還されました。このニュースは昭和世代の人であれば、具体的な記憶として身近に覚えていると思います。


今回のデモの根っこは、この歴史に端を発しています。民主主義の国家であるイギリスが統治していた香港が、社会主義の中国に返還されるとなれば、混乱が生じます。

そこでイギリスから中国に返還された1997年から50年間の2047年までは、The Basic Lawと英語で呼ばれる基本法、正式には香港特別行政区基本法によって、香港に独自の立法・行政・司法の3権が与えられたのですね。

言い換えれば、一国に2つの異なる制度が50年間共存するという形になりました。一国家二制度といった呼ばれ方をしています。

発端は香港に与えられた自治の権利を脅かす条例が生まれかけた


デモの発端は、この香港に期間限定で与えられている高い自治の権利を脅かす可能性を持った条例が生まれかけたところから始まります。

2019年4月、逃亡犯人引き渡しに関する条例を改正しようと、香港政府が議会に「逃亡犯条例」の改正案を提出しました。犯罪人引き渡し協定を結んでいない国と地域に対して、容疑者を引き渡せるように、ルールを変えようとしたのですね。


そもそも条例を改正しようとした背景には、犯罪人引渡協定を結んでいない台湾で殺人を犯した犯人が、逮捕前に香港に逃げ帰ってきたという事件があります。この法の抜け穴を埋めようと、改正案が議論されたのですね。

この改正案に反応した市民たちが、デモをスタートします。例えばこの改正案が認められて、中国本土に犯罪者(容疑者)が引き渡しできるようになってしまうと、中国の影響力が香港で大きくなり、例えば中国政府に都合の悪い活動家やジャーナリストが容疑を捏造されて、中国本土に引っ張られてしまう恐れも出てきたからですね。

「もう手遅れだ」と叫ぶデモ隊の振り上げた拳は下りない


写真はイメージです。

最初のデモは、数千人の人々が路上を占拠する活動から始まります。デモが数週間続くと、香港の行政庁長官である林鄭月娥(りんてい・げつが、キャリー・ラム)は、条例の改正案を無期限に延期する可能性について示唆し始めました。しかし、反対派と警察の対立は、激化していきます。

2019年7月にはデモ隊が国会を襲い、議場にスプレー缶でスローガンを書いたり、備品を破壊したりします。8月には香港国際空港を占拠する中で、警察官と激しくぶつかるようになります。9月に先ほどの行政庁長官が条例の改正案を引っ込めても、「もう手遅れだ」と叫ぶデモ隊の振り上げた拳は下りませんでした。

中華人民共和国成立70周年を祝う大会が北京で開かれた10月1日を迎えると、香港ではかつてないほどの衝突が見られました。反対派は棒や火炎瓶、その他の武器で警察隊と戦い、その中で18歳の若者が胸を実弾で撃ち抜かれるなどの悲劇も起こりました。

香港はより高い自治を獲得したい

現状で、デモは続いています。続いているどころか、行政庁長官である林鄭月娥が、11月4日に中国の習近平(シー・ジンピン)国家主席と会談し、再びデモ隊に対して強い取り締まりの姿勢に出ると、デモ隊は余計に激しく立ち向かうようになりました。

2019年11月13日の日本経済新聞には、「ここで運動をやめれば、中国にたたきのめされる」というデモ隊の声も報道されています。ここで踏ん張らなければ、一気に形勢を逆転されるという危機感があるみたいですね。


ただ、当初のデモの発端であった逃亡犯人引き渡しに関する条例の改正案をすでに香港の林鄭月娥がすでに引っ込めているのに、デモ隊は何を求めて活動をしているのでしょうか。デモ隊の主張はさまざまで、全体の意見が完全に統一されているわけではありませんが、

  1. 逃亡犯条例改正案の撤回させたい
  2. デモを暴動として扱う政府の見方を変えさせたい
  3. デモ参加者の逮捕・起訴を取りやめにさせたい
  4. 警察の暴力行為を調べる独立した調査委員会を設置したい
  5. 普通選挙を実現したい

といった主張の下で、デモ隊は現在、大学などを拠点にして警官隊と戦っています。その影響は各国にも飛び火して、香港のデモを支持する動きが、イギリス、フランス、アメリカ、カナダ、オーストラリアなどの民主主義の国家に暮らす国民にも広がっています。

特に5番目の要求は、重要です。高度な自治権が与えられているとはいえ、香港の人たちは自分たちのリーダーを選挙で選べない仕組みになっています。期間限定で与えられている自治権を、さらに大きくしたいという長年の狙いが込められているのですね。

すでに、半年近くにおよぶ衝突の中で、死者も出ています。「黒警殺人」として、警察に対する不信感は、デモに参加していない普通の市民の間でもかなり広まっていると香港に住む知人が教えてくえました。しかし、

「でも暴力はいけないよ」

と、冷静な意見も当然ある様子。以上の知識を踏まえた上で、今後のニュースに耳を傾けてみてくださいね。

 

[参考]
Hong Kong protesters block traffic as thousands rally – CBC
The Hong Kong protests explained in 100 and 500 words – BBC
「逃亡犯条例」改正案とは 「一国二制度」事実上崩壊の懸念 – 産経新聞
【解説】 なぜ香港でデモが? 知っておくべき背景 – BBC

[All Photos by Shutterstock.com]

PROFILE

坂本正敬

Masayoshi Sakamoto 翻訳家/ライター

翻訳家・ライター・編集者。東京生まれ埼玉育ち。成城大学文芸学部芸術学科卒。現在は、家族と富山に在住。小学館〈HugKum〉など、在京の出版社および新聞社の媒体、ならびに〈PATEK PHILIPPE INTERNATIONAL MAGAZINE〉など海外の媒体に日本語と英語で寄稿する。 訳書に〈クールジャパン一般常識〉、著書(TABIZINEライターとの共著)に〈いちばん美しい季節に行きたい 日本の絶景365日〉など。北陸3県のWebマガジン〈HOKUROKU〉(https://hokuroku.media/)創刊編集長。その他、企業や教育機関の広報誌編集長も務める。文筆・編集に関する受賞歴も多数。

翻訳家・ライター・編集者。東京生まれ埼玉育ち。成城大学文芸学部芸術学科卒。現在は、家族と富山に在住。小学館〈HugKum〉など、在京の出版社および新聞社の媒体、ならびに〈PATEK PHILIPPE INTERNATIONAL MAGAZINE〉など海外の媒体に日本語と英語で寄稿する。 訳書に〈クールジャパン一般常識〉、著書(TABIZINEライターとの共著)に〈いちばん美しい季節に行きたい 日本の絶景365日〉など。北陸3県のWebマガジン〈HOKUROKU〉(https://hokuroku.media/)創刊編集長。その他、企業や教育機関の広報誌編集長も務める。文筆・編集に関する受賞歴も多数。

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