山間地に適応したサスティナブルな農業システム
日本の山間部、たとえば中山間地域の農業というと「棚田」のイメージがありますが、徳島の「にし阿波」と呼ばれる山間地域では、棚田を作らずに斜面のままで耕作する伝統農法が継承されてきました。
その農法とは、カヤ(ススキやチガヤなどの草)を乾燥させ、細かく刻んで畑の土の中に入れることで、大雨の際、土砂流失を防いできました。さらに、そのすき込んだカヤは土壌の肥やしともなり、雑草が生えるのを抑え、また乾燥を防ぐ効果もありました。
傾斜地では大規模な農業は難しく、そばや雑穀、伝統野菜や山菜、果樹など、少ないけれども多くの種類を栽培することで、独自の豊かな食文化が育まれてきたのです。このような傾斜地をそのまま利用する、にし阿波山間部の「傾斜地農耕システム」と農村文化が、2018年3月、世界農業遺産(ジアスGIAHS)に認定されました。
農家レストラン「風和里」のやさしい料理に癒されて
にし阿波と呼ばれる地域には、美馬市、三好市、つるぎ町、東みよし町が含まれています。その中のひとつ、美馬市の渕名集落に、2017年の夏、1軒のレストランがオープンしました。世界農業遺産となった傾斜地で採れる四季折々の野菜料理がいただけます。
標高450mに位置する渕名には、にし阿波の典型的な農村風景が広がっています。吉野川方面を眺めると、快晴の日には遠くに淡路島も望めるそうです。
取材2日目のランチは、こちらで1300円(税込)の風和里定食をいただいてみました。まず店内はとても明るく清潔感に満ちています。現代人の食事は魚や肉を中心としたものが多いので、ここでは地元の旬の野菜がたくさんいただけるとまず口コミで広がりました。今年10月にNHKテレビで紹介されると、愛媛や高知からも多くの女性客が来るようになったそう。皆さん、ほとんど完食されて帰っていくそうです。
定番メニューは2種類。野菜天ぷら定食と、豆腐ハンバーグ定食から選びます。日替わりはこの日は焼きシャケ定食でした。野菜中心のメニューで、ご飯はもち麦と白米を用意。水は山の湧き水を使っています。この日は一番人気の高い、野菜天ぷら定食が運ばれてきました。上の写真は豆腐ハンバーグ定食です。
2、オカラ
3、ダイコン、水菜、ニンジン、油揚げのサラダ
4、ハヤトウリの酢の物
5、水菜と食用菊のお浸し
6、里芋、レンコン、エビのしんじょの餡掛け
7、冬瓜と小松菜の汁物
8、カブのお新香
8、雑穀米(ヒエ、アワ、キビ、もち麦など)
どちらかというと、徳島市内の街中ではしっかり味の料理が多かったのですが、こちらのお料理はすべて薄味で、野菜それぞれの味が引き立っています。もちろん、エビやカニカマは使っていても、ほぼ精進料理に近い味わいといいますか。
野菜そのものの味が、ご馳走でした。野菜だけでこれだけの豊かな献立と、気持ちまで優しくしてくれるシンプルな和食の数々。チカラをもつ食材とはこういうことなのか、と久しぶりに思わせてくれました。
また雑穀米のご飯がなんとおいしいこと!
とくに最後に出された「里芋しんじょの餡かけ」は、これまでいただいたどの「しんじょ」より美味で、魅了されてしまいました。エビのすり身とレンコンと里芋のハーモニー、香ばしい風味が口いっぱいに広がって、この上ない幸福感に包まれました。
ちょっと大げさじゃないですか、という声が聞こえてきそうですが、大げさでも何でもなくて、厳しい地形や自然を受け入れながら、脈々と育て守られてきた食文化は人を感動させるのだな、とその時も思いましたし、今その気持ちはより一層強まっています。
「大自然を満喫して、おいしい料理を楽しんでください。2017年7月に店がオープンして、今年で3年目。地域の農家との繋がりを密にして、世界農業遺産という大きなブランドをどう生かすか、それが課題ですね」と話されるのは、レストランのオーナーであり、徳島剣山世界農業遺産推進協議会、兼、西渕農産加工研究会会長の小泉靖雄さん。
徳島には知られざる貴重な山文化が残されています。ぜひこのレストランを訪れて、にし阿波の豊かな農村文化に触れてみませんか。
住所:徳島県美馬市穴吹町口山字渕名307
営業時間:11:30~14:30(夜は予約のみ)
定休日:火曜
電話番号:0883-56-0725
※傾斜地農耕システムのイメージ写真は徳島県西部総合県民局からお借りしました。