兼六園にある小糸桜 提供:金沢 城 ・兼 六 園 管理 事務 所
日本三名園に伝わる小糸桜の怪談話
兼六園の様子
日本三名園と言えば、岡山の後楽園、茨城(水戸)の偕楽園と併せて、石川県(金沢)の兼六園になります。兼六園は金沢屈指の観光地で、お隣の金沢城公園と併せて、通常であれば年間300万人近くの人が訪れる人気のお出かけ先となっています。
1年のうち、どの季節に訪れても美しいですが、個人的には秋の夜間無料開放と、春の桜の時期をプッシュしたいです。百間堀を挟み込むように面した兼六園と金沢城公園には桜の木がたくさん植樹されており、春には見事な景観を楽しませてくれます。
園内だけでも約420本の桜の木が植えられているそう。桜を眺める場所としては、絶好のスポットになっているのですね。
兼六園と隣接した金沢城も桜の名所
ただ、その兼六園にも1本だけ、風変わりな桜があります。その桜は「小糸桜(こいとざくら)」(種類はシダレザクラではなくソメイヨシノ)と呼ばれ、兼六園の一角で静かに花を咲かせています。園内では有名な根上(ねあがり)の松の近くにあり、花見橋のすぐ近く。散策路の柵沿いに、根元を四角い箱で覆われた1本の桜が立っています。
特に立て看板も何もないため、特に知識もなければそのまま素通りしてしまいそう。ですが、まさにこの桜の木が小糸桜と呼ばれていて、江戸時代に生きた美しい女中が、桜に化けて井戸からはい出ている姿だと言われてるのですね。
別名で「うらみ桜」と言われる怪談スポット
遠目から見た小糸桜の様子 提供:金沢 城 ・兼 六 園 管理 事務 所
事の経緯は、地元の新聞社が出版する『金沢めぐり とっておき話のネタ帖』(北國新聞社)に詳しく書かれています。江戸時代、加賀藩が現在の金沢を支配していたころ、御殿に仕える女中に、小糸という美しい女性が居ました。その小糸が、主人のめかけになるように命じられます。
しかし、小糸がかたくなに拒んだため、主人は小糸を切り殺し、井戸の中に投げ込んでしまいました。まさにこの井戸が、小糸桜の生えている場所だと言われています。桜の木の下にある四角い囲いは井戸で、その井戸から小糸が桜の木に化けてはい上がろうとしているのですね。
この話は、どこまで信ぴょう性があるのでしょうか。金沢市観光協会に問い合わせると、小糸桜が別名で「うらみ桜」と言われているくらいしか、詳しい情報を把握していないとの話です。
そこで金沢城・兼六園管理事務所に問い合わせてみると、1907年(明治40年)ごろに撮影された写真に、井戸の枠から若木の桜が生えている写真が確認できるとの話。実際に見せてもらいましたが(権利が誰にあるのか不明なため、写真の掲載は見送り)、仮にこの若木が現在の小糸桜だとすれば、樹齢は120年くらいになります。
「しかし、ソメイヨシノがこれほど長寿とは考えにくいので、その後、植え替えられた可能性が高いと思われます。その記録は確認できていません」
との話。少なくとも現存する小糸桜は、江戸時代から生えている桜の木ではないと考えられるのですね。
優雅な怪談話
秋の夜の兼六園
それにしても、井戸から桜の木が生えているとは、奇妙な話です。小糸桜は井戸の中で、実際にはどのような状態で生えているのでしょうか。金沢城・兼六園管理事務所によれば、
「井戸本体、横の地面から幹が曲がった状態で生えています」
との話。少なくとも井戸の底から奇麗に生えてきているわけではないそう。その意味でも、井戸の底から小糸が化けてはい上がってきているという話ではないみたいですね。1976年(昭和51年)に兼六園全史編纂委員会が中心となって編さんした『兼六園全史』には、
<いつ頃から誰によって云い出されたものか不明であるが、これに似た話は全国各地に多い>(『兼六園全史』より引用)
と(孫引きですが)、小糸桜について書かれています。似た話は全国に多いとの話ですから、井戸から生えるように見える美しい小糸桜を見て、近代以降の人が怪談話を創作したのかもしれませんね。ただ、
<恨んで亡霊となり、夜な夜な悩ますとか、 鬼になって表われたというのであれば凄みもあるが、美しい桜に生れ変って人々の 目を楽しませ、愛されるとは、いかにも兼 六 園 にふさわしい優雅な話である>(『兼六園全史』より引用)
とはまさにその通りで、筆者も最初にこの話を聞いたとき、真っ先に浮かんだ思いは「怖い」よりも「優雅」でした。
恐らくこの話は、兼六園を日常的に歩いて回る金沢の市民か、金沢にゆかりのある(金沢を愛する)人が創作したと考えられます。いかにも兼六園らしいという以上に、いかにも金沢らしい、武ではなく芸で全国に名をとどろかせた金沢の人たちらしい感性だなと思います。
その意味で言えば、金沢を代表する観光地の中でも、最も「金沢らしさ」を感じられる必見のスポットとして、評価できるのかもしれませんね。
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Masayoshi Sakamoto 翻訳家/ライター
翻訳家・ライター・編集者。東京生まれ埼玉育ち。成城大学文芸学部芸術学科卒。現在は、家族と富山に在住。小学館〈HugKum〉など、在京の出版社および新聞社の媒体、ならびに〈PATEK PHILIPPE INTERNATIONAL MAGAZINE〉など海外の媒体に日本語と英語で寄稿する。 訳書に〈クールジャパン一般常識〉、著書(TABIZINEライターとの共著)に〈いちばん美しい季節に行きたい 日本の絶景365日〉など。北陸3県のWebマガジン〈HOKUROKU〉(
https://hokuroku.media/ )創刊編集長。その他、企業や教育機関の広報誌編集長も務める。文筆・編集に関する受賞歴も多数。
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