【日本三大大仏】奈良「東大寺」・鎌倉「高徳院」・もうひとつは富山県の高岡?別の説も!

Posted by: あやみ

掲載日: Feb 18th, 2024

日本三大大仏と聞いて、パッと思い浮かぶのは、奈良の大仏と鎌倉の大仏ではないでしょうか。あとひとつは、どこの大仏だと思いますか? 実は、富山県高岡市にある大仏、兵庫県神戸市にある大仏の2つが候補として挙げられます。今回は、日本三大大仏に数えられる全4つの大仏の歴史と特徴についてご紹介します。

鎌倉・高徳院の大仏
 


 

社会不安の解消を願い、聖武天皇の命によって造営された「奈良の大仏」(奈良県奈良市)

「奈良の大仏」(奈良県奈良市)
©️Benny Marty / Shutterstock.com

「奈良の大仏様」として知られる東大寺の大仏は、743年に聖武天皇が、“生きとし生けるすべてのものが栄えるように”と願いを込め、盧舎那大仏(るしゃなだいぶつ)の造立を命じ、260万人もの人々造営に協力。752年にインドの僧侶、菩提僊那(ぼだいせんな)が開眼したとされています。ちなみに、盧舎那(るしゃな)とはサンスクリット語のヴァイローチャナの音訳で、光明があまねく照らすという意味です。

大仏造設の背景には、災害や政変、反乱といった多くの社会不安があり、仏法の力によってそれを解消しようという目的があったといわれています。

奈良の大仏様の座高は14.98m、顔の長さは4.13m、銅座の高さは3.04mもあり迫力満点! これほど大きな大仏を造ったのは、お釈迦様の身長を10倍することで、無限大の宇宙を表現したと考えられています。

また、この大仏が安置されている大仏殿は、当時都だった平城京に全国の国分寺の中心として建造された世界最大級の木造建造物です。現在の建物は、2度の兵火に見舞われ、江戸時代に公慶(こうけい)上人によって再建されたもので、もともと11間(約88m)ありましたが、財政困難により、7間に縮小されました。

奈良市を訪れる機会があったら、ぜひ大仏様が造られた背景や歴史に目を向けながら、大仏様を鑑賞したいですね。

東大寺
住所:奈良県奈良市雑司町406-1
電話:0742-22-5511
拝観時間:
【大仏殿】4月~10月 7:30~17:30、11月~3月 8:00~17:00
【法華堂(三月堂)・千手堂】通年8:30~16:00
【東大寺ミュージアム】4月~10月 9:30~17:30(最終入館17:00)、11月~3月 9:30~17:00(最終入館16:30)
拝観料:大人(中学生~大学生を含む)600円、小学生300円
2024年4月1日より拝観料改定
交通アクセス:JR・近鉄「奈良駅」から市内循環バス7分「東大寺大仏殿・春日大社前」下車、徒歩約5分
公式サイト:https://www.todaiji.or.jp/

源頼朝夫婦が奈良の大仏を参拝して感動したのがきっかけで造られた!?「鎌倉大仏」(神奈川県鎌倉市)

鎌倉の大仏
「鎌倉大仏」として親しまれている高徳院の大仏は、鎌倉で唯一、国宝に指定されています。東大寺の大仏の大きさには及びませんが、造立された当時の姿をほぼ保ち続けています。鎌倉大仏は仏教においてすべての人を極楽浄土に導くとされる阿弥陀如来坐像です。

鎌倉時代の歴史書『吾妻鏡』によると、浄光(じょうこう)という僧侶が集めた寄付によって1252年に大仏が造られ始めました。奈良の大仏を参拝した源頼朝夫婦が感動して、鎌倉にも大仏を造ろうと計画したことが大仏造立のきっかけといわれています。

しかし、なぜ造られたのかはハッキリとわかっておらず、原型の製作者も特定されていません。ただし、鋳工として大野五郎右衛門や丹治久友の名前が伝えられています。

また、この大仏が造立された当初は、大仏殿内に安置されていたそうです。しかし、『太平記』と『鎌倉大日記』によると、1334年・1369年の台風のほか、1498年の大地震の影響で崩壊。1498年頃には、現在の露坐(屋根のないところに座る)大仏になったと考えられています。そのため、露坐になった後は大仏の荒廃が進みましたが、江戸中期に、浅草の商人野島新左衛門の寄付によって、祐天(当時の増上寺の高僧)により鋳掛修正されました。

今も高徳院の境内には、大仏殿の礎石が残っています。高徳院を訪れたら、ぜひチェックしてみてくださいね。

高徳院
住所:神奈川県鎌倉市長谷4-2-28
電話:0467-22-0703
拝観時間:4月~9月 8:00~17:30、10月~3月 8:00~17:00 ※入場は閉門15分前まで
拝観料:大人(中学生以上)300円、小学生150円
交通アクセス:江ノ島電鉄「長谷駅」から徒歩約7分
公式サイト:https://www.kotoku-in.jp/

銅器として日本一!源義勝が木造大仏を造営したのが始まりとされる「高岡大仏」(富山県高岡市)

「高岡の大仏」(富山県高岡市)
大佛寺にある青銅製の阿弥陀如来坐像「高岡大仏」は、高さ16mで銅器として日本一を誇ります。地元の銅器製造技術を駆使して、1907年から26年の歳月をかけて造られました。この大仏が造られたのは、承久の乱を避け、越中に出家した源義勝が木造大仏を造営したのが始まりと伝えられます。

その後、この大仏は幾度かの荒廃や焼失に遭いましたが、人々の願いによりその度に再建され、現在の姿に。

高岡大仏は、円光背に阿弥陀仏の仏徳を表現している梵字「キリーク」が頂点に配され、台座の内部の回廊の壁画には地獄絵などの仏画13作のほか、1,900年の大火で焼失を免れたとされる2代目の高岡大仏のご尊顔が安置されているのが特徴です。

大佛寺の参道は、境内入口から台座まで真っ直ぐのびています。大仏様の顔を見ながら参道を進むと「日本一の美男」といわれる、大仏様の目が少しずつ見開かれていく様子を観察できますよ。

また、毎年秋分の日に、大仏様のよごれを落とす「高岡大仏まつり」が開催されています。

大佛寺
住所:富山県高岡市大手町11-29
電話:0766-20-1547(高岡市観光協会)
台座(回廊)拝観時間:6:00~18:00
拝観料:志納
交通アクセス:万葉線「坂下町」電停下車、徒歩約3分
公式サイト:http://www.takaokadaibutsu.xyz/

仏教の全宗派を挙げて建立、旧大仏と現大仏が一体無二になった「兵庫大仏」(兵庫県神戸市)

「兵庫の大仏」(兵庫県神戸市)
805年に最澄により開創された能福寺には、「兵庫大佛(大仏)」があります。1891年に初代大仏が建立されましたが、第二次世界大戦の金属回収令によって台座だけを残して解体されました。しかし、戦後、当時の住職が解体された初代大仏を発見し、回収保管したため、1991年に再建された二代目の大仏(現大仏)は、旧大仏と現大仏が一体無二になっています。蓮台と台座を含めて、高さ18mの坐像です。

また、不思議なことに現大仏の開眼法要は旧大仏が開眼された日から数えて、ちょうど100年と1日後の1991年5月9日だったとか!

この大仏が造られたのは、大政奉還により成立直後の明治政府から神仏分離令が発布され、日本仏教界が壊滅状態に陥り、その数年後、キリスト教が盛んになり、キリシタンに占領されることを兵庫の人々が危惧したためです。

このような時代的な背景があり、豪商である南條荘兵衛の一大発願により、兵庫の民衆はもちろん、仏教の全宗派を挙げて建立されました。

また、境内には日本の新聞の父といわれるジョセフ・ヒコ(浜田彦蔵)が記した日本最初の英文碑のほか、「神戸事件」で知られる滝善三郎の慰霊碑もありますので、能福寺を訪れたら注目してみてくださいね。

能福寺
住所:兵庫県神戸市兵庫区北逆瀬川町1-39
電話:078-652-1715
拝観時間:
【寺務所(納経所)】10:00~16:00
【ビルシャナ殿】10:00~16:00(永代供養をされている方のみ拝観可能)
交通アクセス:JR山陽本線「兵庫駅」から徒歩約15分、地下鉄海岸線「中央市場前駅」から徒歩約10分
公式サイト:http://nofukuji.jp/

[参考]
Nara travelers guide|公益社団法人 奈良市観光協会
奈良旅ネット|奈良県観光公式サイト
とやま観光ナビ|富山県観光公式サイト
Feel KOBE|神戸公式観光サイト

[All photos by Shutterstock.com]

PROFILE

あやみ

Ayami ライター

フリーライター。劇団員、OL、WEB編集ライターを経て、フリーランスになる。辛い食べ物、東南アジアが大好き。旅するように生きるのが人生の目標。

フリーライター。劇団員、OL、WEB編集ライターを経て、フリーランスになる。辛い食べ物、東南アジアが大好き。旅するように生きるのが人生の目標。

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