ロココ建築のエカテリーナ宮殿
ヨーロッパを旅すると、教会や修道院、宮殿をはじめ、あちこちで美しい歴史的建造物に出会います。
ところが、「これはロマネスク様式」「これはゴシック様式」などと聞いても、なんとなくわかったようなわからないような気がするというのが正直なところではないでしょうか。
これを知っておけばヨーロッパ旅行がもっと楽しくなる、ヨーロッパにおける5つの主要な建築様式とその特徴、代表的な建造物をご紹介します。
ロマネスク建築(10世紀末~)
ドイツ、トリーアの大聖堂
10世紀後半にフランスや北イタリア、ドイツではじまり、ヨーロッパ各地に広まっていったのがロマネスク建築です。とりわけ11世紀から12世紀にかけて建てられたヨーロッパの教会や修道院に、ロマネスク建築の特徴をもつ建物が多数みられます。
ロマネスク建築は必ずしも一定のルールをもつものではなく、スタイルは地域によって異なります。一般に厚い壁や小さな窓、半円アーチなどが特徴。外観・内観と質実剛健で、のちに登場する装飾性の高い建築様式とはまったく印象が異なります。
スペイン、サント・ドミンゴ・デ・シロスの修道院
なかでも特徴的なのが重厚な壁。ロマネスク建築では、石造りの天井が外側に向かって力を働かせる構造になっていたため、その天井の重みを分厚い石の壁で支える必要があったのです。
ロマネスク建築では壁の厚みが1メートルを超えるものも珍しくなく、シンプルでありながらも歴史の重みが伝わってくる独特の重厚感が持ち味です。
代表的なロマネスク建築の例として挙げられるのが、イタリアにあるピサ大聖堂。ピサといえば斜塔で有名ですが、ピサのドゥオモ広場に建てられた複数の建築物の中核をなすのが大聖堂です。
ロマネスク建築とはいえ、ローマ時代の建築様式やビザンチン文化の影響も受けており、さまざまな時代の建築様式が融合したユニークな建物です。
ゴシック建築(12世紀なかば~)
イタリア、ミラノのドゥオモ
ロマネスク建築の要素をさらに発展、洗練させて生まれたのがゴシック建築。12世紀なかばに花開き、イギリス、ドイツなどの北部ヨーロッパの国々を中心に広まっていきました。
フランス、パリのノートルダム大聖堂
ゴシック建築は、今でもヨーロッパの古い教会や聖堂などに最もよくみられる建築様式のひとつ。特に町を代表する建造物である大聖堂に多用されたため、ヨーロッパ旅行で目にする機会が多いのです。
中世の人々にとって、町を象徴する壮麗な大聖堂は、神の存在を示すものであると同時に、それ自体が希望でもありました。
ゴシック建築の構造上の特徴として、「リヴ・ヴォールト」と呼ばれる円形状の天井と、尖塔アーチ、「フライング・バットレス」と呼ばれる外壁を支える飛梁が挙げられます。
オーストリア、ウィーンのシュテファン大聖堂
リヴ・ヴォールトとは、石やレンガで組積みされたヴォールト天井に、「リヴ」と呼ばれるアーチ状の筋を付けたもの。これにより、ゴシック様式の教会や聖堂の内部は、重厚感と華やかさが共存する神秘的な空間となりました。
ロマネスク建築からの大きな進歩といえるのが、フライング・バットレスの存在です。フライング・バットレスとは、天井の重みにより外壁が外側に倒壊するのを防ぐために設けられた斜め上がりのアーチ状の梁のこと。
フライング・バットレスはゴシック建築の外観にリズムをもたらしただけでなく、大きな窓を造ることも可能にしました。
フランス、パリのサント・シャペル
そのため、ゴシック建築では大きな窓に色とりどりのステンドグラスを設置することで、文字が読めない人にも聖書の物語を説くことが可能になったのです。
ゴシック建築の代表例のひとつが、ドイツにあるケルン大聖堂。ゴシック様式の建築物としては世界最大を誇るというその規模は圧巻です。外観のみならず内部も見どころ満載で、リヴ・ヴォールトが美しい天井や、幻想的なステンドグラス、精巧な彫刻の数々に目を奪われます。
ルネッサンス建築(15世紀~)
イタリア、ヴェネツィアのサン・ジョルジョ・マッジョーレ聖堂
ルネッサンス建築は、15世紀にイタリアの花の都・フィレンツェにはじまった建築様式。ローマやヴェネツィアをはじめイタリア国内に広まった後、イギリスやフランス、スペイン、ポルトガルなどヨーロッパ各地で受け入れられました。
ルネッサンス建築では、古代ローマの建築を手本に円柱やアーチ、ドームなどの要素が取り入れられました。といっても、単なる古典様式の模倣に終始したわけではなく、古代建築や中世建築を踏襲したうえで、さらにビザンチン建築やイスラム建築の長所も加え、さまざまな建築スタイルを総合的にまとめ上げることを目指したのです。
ベルギー、アントワープの市庁舎
ルネッサンス建築の特徴のひとつが、石やレンガの外壁に石材や大理石、テラコッタなどで装飾が施されていること。なかでもイタリアのルネッサンス建築に多い独特の模様が刻まれた外壁は、古代建築とも中世建築とも違うエキゾチックな雰囲気を醸し出しています。
ルネッサンス建築といえば、しばしば大きなドームも目に留まります。この頃には、ドームの土台部分に木材をつないだ環をはめてドームの破裂を防ぐ工夫がなされるようになったため、バットレスなしで大きなドームを設けることが可能となっていました。
ルネッサンス建築の代表例が、フィレンツェのシンボルともいえるサンタ・マリア・デル・フィオーレ大聖堂。フィレンツェの大司教座聖堂で、ドゥオーモ(大聖堂)とサン・ジョヴァンニ洗礼堂 、ジョットの鐘楼の3つの建築物で構成されています。
その大きさが目を引くドームは、木枠を組まずに作られた史上初のドームであり、建設当時は世界最大だったといいます。精緻な彫刻で彩られたファサードもため息が出るほどの素晴らしさ。見る角度によってさまざまに異なる表情に目を奪われます。
バロック建築(16世紀~)
オーストリア、ウィーンのベルヴェデーレ宮殿
バロック建築は、16世紀末にイタリアで生まれ、18世紀前半ごろまでにヨーロッパ各地に普及しました。
バロック建築の特徴は、動きがあること。古典的な調和と均整を求めたルネッサンス建築とは対照的に、バロック建築では見る者に感覚的な刺激を与えるような動的でドラマティックな表現が重視されました。
「バロック」の語源はポルトガル語で「歪んだ真珠」を意味する「バローコ(barroco)」に由来するといわれています。当初は、バロック建築の過剰なまでの装飾や自由で動的な表現に対する蔑称として用いられたといいます。
チェコ、プラハの聖ミクラーシュ教会
装飾性の高いバロック建築は、建築家の高い能力が必要だっただけでなく、建築主にも豊富な資金がなければなりませんでした。そのため、バロック建築はカトリック教会や王侯貴族の宮殿など、財力と権力のバックアップを受けて建てられたスケールの大きな建造物が大半です。
スイス、ザンクト・ガレンの修道院
バロック建築の構造上の特徴として挙げられるのが、豪華な装飾や曲線と曲面の使用、中央部を強調したファサードなどで、絵画や彫刻、建築が一体となって、豪華で劇的な空間が造り上げられました。
絵画の技巧が建築に応用されたのも特徴で、空間を立体的に見せる「だまし絵」が盛んに描かれたほか、モザイクの絵画やスタッコ(化粧しっくい)による彫刻装飾も多用されました。
世界的に有名なバロック建築のひとつが、ローマにあるトレヴィの泉。ポーリ宮殿をバックに、海神ポセイドンや豊穣の女神デメテルなど、古代神話をモチーフにした彫刻が施された壮大なスケールの泉です。これほど大がかりな芸術作品が町なかにたたずんでいることに、「永遠の都」としてのローマの美意識に感じ入らずにはいられません。
この泉にまつわる有名な言い伝えは、「泉に背中を向けてにコインを投げ入れれば、ローマに再び戻ってくることができる」というもの。ここに投げ入れられるコインはなんと、一日3000ユーロにものぼるといいます。
ロココ建築(18世紀~)
ロシア、サンクトペテルブルク近郊のエカテリーナ宮殿
17世紀末のフランスの室内装飾がはじまりだといわれるロココ建築。おもに教会や宮殿といった建造物の屋内装飾や家具・調度品の装飾に用いられた様式で、18世紀にフランス、イタリア、スペイン、ドイツ、オーストリアなどに広まりました。
ロココの室内装飾にみられるのが、「ロカイユ」と呼ばれる浮彫装飾です。一見植物や貝殻などをモチーフにしているようにも見えますが、実際には抽象概念を形にしたもので、左右対称であることを特徴としていました。
ドイツ、ポツダムのサンスーシ宮殿
ロココの室内装飾が目指したものは、バロックのような劇的な演出や壮麗さではなく、身近な人々と心あたたまるひとときが過ごせるような和やかさを演出すること。ロココ様式の装飾は、華麗をきわめたバロックに飽きていた建築家や芸術家に歓迎され、急速に普及していったのです。
ドイツ、フュッセン近郊のヴィース教会
ロココの装飾は教会などにもみられ、ロココ建築の外観は、輪郭や区画がはっきりせず、動的で仰々しいバロック建築に比べると、メリハリのない印象を受けることも少なくありません。
その影響は建物の内部にも見ることができ、ロココの教会では、ルネッサンスやバロックでみられたような水平方向の区分が衰退し、内部全体が連続した空間として演出されるようになりました。
一見バロックにも似て見えるロココですが、区分された内部空間が畳みかけるように迫ってくるバロック教会に対し、ロココの教会はより優しい印象を与えるものが主流です。
ロココを代表する建築が、ドイツのロマンティック街道沿い、フュッセン近郊にたたずむヴィース教会。世界遺産にも登録されているこの教会には、鞭打たれるキリスト像にマリアという農夫が祈りを捧げたところ、キリスト像が涙を流したという伝説が残っています。
素朴な外観とはうって変わって、内部に足を踏み入れると、色彩豊かな絵画と彫刻で彩られた優美な空間に息を吞みます。それはまさに、「ドイツ・ロココ様式の傑作」の名にふさわしい美しさ。
ヨーロッパには、数百年、あるいは千年という時を経て、今も輝きを失わない歴史的建造物の数々が待っています。
建築は歴史と文化そのもの。各時代を彩ってきた建築物を目にすれば、その時代の息吹が感じられることでしょう。
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