八百万の神がいる日本の珍しい神社
観光地として人気を誇る金沢。その郊外には、日本で唯一とも言われるくらい珍しい(実際は兵庫県豊岡市にも同名の神社がある様子)、ショウガを祭った神社があります。名前は波自加彌(はじかみ)神社。
御本社(奥宮)は小高い場所にあり、平野部の集落には里宮遙拝殿(さとみやようはいでん)もあります。遙拝殿とは難しい言葉ですが、「はるかかなたから、御本社を拝むための建物」です。本来なら山の奥宮へ参拝するべきところですが、山ろくの里にある社殿に参拝すれば、奥宮への参拝と同じ扱いになるといった場所です。
実は今回、記事を書くにあたって神社に再訪して、写真を撮ってこようと思いました。里宮遙拝殿に最初に行き、今度は近くの御本社に移動しようした矢先、カメラのトラブルによって撮影が続けられなくなりました。つまり、里宮遙拝殿の写真しかありません。
とはいえ、(もちろん強弁ではありますが)里宮遙拝殿は御本社(奥宮)と同等の場所です。里宮遙拝殿の写真も、御本社と同じくらいの意味があるはずです。引き続き、記事を楽しんでください(なんて、無理を言ってすみません)。
波自加彌神社の里宮遙拝殿
そもそも神社とは、
<神道の神を祀るところ>(岩波書店「広辞苑」より引用)
でした。神道の神といえば、神社本庁のホームページにも書かれている通り、八百万の神が存在しています。海の神もいれば、山の神の神もいるし、風の神もいます。はたまた、衣食住や農業、漁業など仕事を司る神も存在します。国土開拓の神々もいる様子。要するに、さまざまな神様が全国で祭られているのですね。
しかし、そんな八百万の神が祭られている日本でも、唯一といわれるくらい珍しい神社が、石川県の金沢市郊外にある波自加彌神社。この神社の神様は、冒頭でも書いた通り、ショウガです。「あのショウガ?」と思うかもしれませんが、まさにしょうが焼き定食に使われる、あのショウガです。
「ショウガの日」の由来にもなった神社
撮影時、サイクリストたちが参拝していた
どうしてショウガが神様として、祭られているのでしょうか。その由来は、奈良時代までさかのぼります。波自加彌神社の創建は718年(養老2年)。718年といえば、平城京遷都から8年、太安万侶が「古事記」を天皇に献上した年から6年といった時代感覚ですね。
このころ、今の金沢周辺では、大変な日照りが続いたそうです。時期は6月。筆者は北陸に10年近く暮らしているため、肌感覚としてもわかりますが、この時期の北陸は降水量が少ないです。手元の「石川県史 現代篇(1)」にも、
<本県の降雨量の月別変化は一般に十二月から二月にかけて多く、三・四・五月は寡雨期である>(「石川県史 現代篇(1)」より引用)
と書かれている通り。北陸というと、常に曇っている(雨か雪が降っている)印象があるかもしれません。しかし、春はむしろ晴天が続き、乾燥するくらいなのですね。
恐らく、718年はこの雨の少ない時期が、春から特にひどかったと考えられます。
<数ヶ月間降雨がなく、草木はことごとく枯れ、人にいたっても多くが渇死するという事態が起こりました。>(永谷園のホームページより引用)
「生姜の日」を日本記念日協会に登録・制定した永谷園のホームページにも、この年の様子が書かれています。この干ばつを終わらせるため、祭祀(さいし)に関与する古代の地方官(国造)が、波自加彌神社で雨ごいをします。
身を清め、断食をして、5月の頭から37日間の祈願を続けると、にわかに近くの谷から霊水が湧いてきたといいます。この水で、田畑は大いにうるおったのですね。
日照りの中でも育つ自生したショウガを神に献上した
波自加彌神社の里宮遙拝殿周辺の様子
神事に感謝を表すべく、住人は供え物を探しました。しかし、折からの干ばつで、何も差し出せる作物がありません。そこで、日照りの中でも育つ自生したショウガを神に献上し、祝ったのだとか。ただ、ショウガの旬は秋です。ショウガは秋の季語にもなっています。
その意味で、このとき神様に捧げたショウガは、いわゆる1次茎、あるいは2次茎といわれる小さなショウガだったと予想されます。
それでも、このショウガを捧げた日が6月15日でした。以来、現在に至るまで(明治以降は規模が縮小するものの、1996年(平成8年)に大々的に復活)、波自加彌神社では6月15日になると、はじかみ大祭が行われてきたのですね。
「はじかみ」とは「歯でかむとからい食べ物」
波自加彌神社の奥宮(御本社)がある山
公式サイトの情報を見ると、波自加彌神社は1183年(寿永2年)に戦火に巻き込まれ、社殿が燃えてなくなっています。
その社殿の焼失を機に、御本社(奥宮)は近隣の神社に移され、合祀されます。移った先では、元の神社の神様よりも格式が上だったため、社の名前も波自加彌神社に変わりました。
そうした歴史からもわかるように、今の御本社(奥宮)がある場所で、奈良時代に雨ごいが行われたわけではありません。しかし、神の奇跡に対する感謝の思いは、今も続いているのですね。
ちなみに、はじかみ大祭だとか、波自加彌神社のユニークな名前は、どこに語源があるのでしょうか。例えばショウガを辞書で調べると、
<はじかみ>(岩波書店「広辞苑」より引用)
という記述が見られます。はじかみとはショウガの古い名前で、歯でかむとからい食べ物を、はじかみと呼んだのだとか。このはじかみを6月15日に捧げ祭ったからこそ、はじかみ大祭なのですね。
石川県神社庁の情報によると、古くからこの一帯はショウガの栽培地だったとされています。露地栽培が盛んだったため、干ばつで作物が何も育たなかった年でも、神の奇跡のお礼として、ショウガを捧げられたのですね。ショウガは、
<黄色で辛味を有し、食用・香辛料とし、健胃剤・鎮嘔剤とする>(岩波書店「広辞苑」より引用)
ともあるように、調味料でもあり、医薬品でもあります。そのため波自加彌神は、調味医薬・五穀豊穣の神として、全国でも珍しい食産神(しょくさんしん)としてこの地で大切にされています。
「伝統と革新の町・金沢を歩き解く!金沢謎解き街歩き」(実業之日本社)によれば、江戸時代などは加賀のみならず、能登や越中(富山)からも参拝者が訪れたみたいですね。
こんな珍しい神社が金沢にあります。観光で訪れた際には、ちょっと足を延ばしてみてはどうですか?
[参考]
「伝統と革新の町・金沢を歩き解く!金沢謎解き街歩き」(能登印刷出版部著・実業之日本社)
波自加彌神社 – 石川県神社庁
御由緒 – 波自加彌神社
生姜の日 – 永谷園
「石川県史 現代篇(1)」(石川県)
[All photos by Masayoshi Sakamoto2(坂本正敬)]