歴史を感じさせる日本百名山 祖母山へ
信仰の山、「祖母山(そぼさん)」。深田久弥著『日本百名山』によれば、別名を姥ヶ岳といい、御祭神・豊玉姫(とよたまひめ)が神武天皇の祖母にあたることから、祖母山という名がついたといいます。
祖母山は決して有名な山ではありません。しかし深田氏は、美しい高原地帯の久住山や火山の阿蘇に比べると目立たないが、祖母山は「不易の命」を持っているといいます。その時その時の流行りすたりとは別に、山自体に飽きない魅力があるというのです。
さて、その祖母山、まずはどこから登ろうかと悩みました。北側(大分県側)の神原登山口からが信仰と歴史の道ですが、今回はアクセスを考慮して、西側の熊本県から宮崎県・高千穂町に向かい、北谷登山口から登ることにしました。
高千穂もまた神話のふるさとですね。古くから開けた地域で、その高千穂を通って山あいを車で進み、北谷という集落を過ぎて、さらに山の中に入っていきます。駐車場の車を見ると2台。先客はそれほど多くはないようですね。
山の地図で見るとコースはいったん北に向かい、大分・宮崎・熊本の3県境地点をまたいで、九合目山小屋から山頂を目指す3時間ほどの登り。
北谷登山口の標高は1,100mほどなので、650mほど登ることになります。それほどの標高差ではありません。まずは、なだらかな山道を進みます。
とはいえ、時には岩場があったり灌木があったりと、それほどきれいに整備された登山道ではありません。それでも頻繁に標識が立っているので、迷うことはなさそうです。
周囲の景色もほとんど見えず、ずっと灌木の中を歩いている印象で、とつぜん「三県境」と書かれた看板が現れました。ここが大分・宮崎・熊本の3県にまたがった場所、四合目だそうです。とはいえ、3県境という実感はありません。
七合目を過ぎて、「国見峠」というなだらかな地点までやってきました。ここで上の写真の通り、山頂付近が見えました。あそこに見えるということはかなり近いのです。
国見峠から、またすぐに灌木の中を歩くことに。しかも、ここからはけっこうな急斜面です。
登山口から2時間あまり。ようやく九合目山小屋が見えてきました。ちょっと覗いてみたところ、きれいに使われているようです。ここにはトイレもあります。
ここからが最後の急登。灌木の斜面を登ってゆきます。
山頂からの眺望は最高 幸せな時間です
ようやく山頂に。道中に危険個所はありませんし、3時間ほどで予定通りの登頂。上の写真、この石の祠が豊玉姫を祭った祠のようです。無事に登れました。ありがとうございました。
山頂からの眺望がすばらしいのです。標高1,756mですが、周囲には景色を遮る高い山がありません。登りの途中ではほとんど景色が見えなかったので、山頂からの展望は格別でした。上の写真は、北西に位置する阿蘇五岳、阿蘇山の山並みだと思われます。
そして上の写真はくじゅう連山。祖母山よりわずかに高い標高1,791mの中岳が九州本土の最高峰。高原地帯が続きその向こうに一列に山稜が並んでいます。実は前日に登ってきたのです。気持ちのいい山でした。
天気も良く空気が澄んで、遠くまできれいに見渡せます。山の頂で感じる充実感。こういう時間が幸福な瞬間というのでしょうね。
東の方向、アケボノツツジの向こうに見えるのが祖母傾山系の傾山。こうしてみると、火山の山である阿蘇やくじゅう連山に比べて樹林が多く急峻な祖母傾山系は古くからの日本の山っぽいのです。太古の昔に形作られ、雨風に削られた山の趣で、深田久弥の指摘がわかりました。
名湯・阿蘇内牧温泉で癒されて
祖母山から下りて向かったのは、阿蘇を代表する規模の大きな温泉街「阿蘇内牧温泉」です。古くから夏目漱石ら文豪たちが宿泊した温泉地としても知られていますよね。今回は以前から気になっていた「蘇山郷(そざんきょう)」に宿泊。
明治から昭和にかけての歌人・与謝野鉄幹・晶子夫妻ゆかりの宿といいます。玄関やロビーに老舗旅館ならではの落ち着いた風情を感じさせます。
文人墨客の宿泊した老舗宿ですが、現在ではスポーツ選手の合宿の場所としても知られているとか。なかでも付き合いの一番長いチームは、駅伝でおなじみ、宗猛総監督率いる旭化成の陸上競技部。温泉の質がいいからなのだそうで、故障をした足の治癒効果がとても高いといいます。
館内に入って、まずは抹茶のおもてなしでひと息つきました。ラウンジの奥でくつろいでいるのは、あの「くまモン」。
大きな阿蘇カルデラの外輪山が客室の窓から見えます。9万年前に4回の大噴火により陥没して巨大なカルデラができたといいます。このカルデラに降った雨が長い時間をかけて地下に浸透し、火山ガスに触れて温泉成分を溶かしてできるのが阿蘇の温泉。
温泉はさらりとした、いいお湯です。泉質はナトリウム・マグネシウム・カルシウム硫酸塩泉。源泉の温度は49℃で、ポンプを伝い、吹き出し口から出る温度は40℃ほどに調節されているとか。もちろん源泉かけ流しです。
大浴場、そして貸切風呂として木の温もりを存分に生かした「緑彩の湯」と、大きな酒樽を利用した「たる湯」があり、どちらも落ち着きます。山歩きの疲れも吹き飛ぶような効能深いお湯でした。
地元産・有機無農薬野菜を使った料理でもてなし
夕食は地元産の有機無農薬野菜を使った料理をいただきました。「阿蘇の恵み」というタイトルのとおり、前菜のジュンサイや辛子蓮根、ミニトマトやカボチャなどなど、新鮮な野菜の濃い味が印象的です。
上の写真は、枝豆と青柚子を添えた辛子蓮根団子による吸い物。下の写真は冬瓜やアスパラ、カボチャ、ミニトマトを添えた冷製茶碗蒸し。
台物はあか牛のすき焼きでした。自然豊かな阿蘇で育ったあか牛は、脂肪分が少なく本来のうま味を味わえる、ヘルシーな和牛として知られています。もちろんすき焼きはおいしいのですが、ご飯とともに味わった、下写真のヤングコーンやキュウリ、パプリカなど旬野菜の黒酢漬もとても気に入りました。
朝食もおかずがたっぷり。大満足でした。風情ある建物やしつらい、そして源泉かけ流しの温泉と地産地消のおいしい料理に癒やされました。
[All Photos by Masato Abe]