【連載】タイの地獄めぐり⑩ 受け継がれる地獄絵 ―もうひとつの地獄表現―

Posted by: 椋橋彩香

掲載日: Jan 24th, 2019

もうひとつの地獄表現「地獄絵」

本連載では、タイにいくつも存在する「地獄寺」をテーマに、筆者が実際に訪れた寺院を紹介しつつ、その魅力をわかりやすく伝えていきます。全12回の連載、第10回となる今回は、タイの寺院で描かれている「地獄絵」をみていきます。

これまで紹介してきたタイの地獄寺は、立体像で地獄をあらわしている寺院でした。しかしながら、タイには立体像でなく「絵」で地獄をあらわしている寺院も多く存在します。そのほとんどは、寺院のお堂の壁に描かれた「壁画」です。こうした壁画は古くから描かれていて、タイの伝統的な美術作品としても価値があります。

たとえば、バンコクにあるワット・ドゥシダラームウォラウィハーンでは、18~19世紀に描かれたとされる壁画が残っています。こうした壁画は仏教の宇宙観をあらわしたもので、その最下層として地獄が描かれているのです。

壁画には、地獄釜や棘の木など、地獄の象徴となるモチーフが並んでいます。

そして、このような伝統的な壁画が残っている一方で、現代になって新しく生まれた壁画もあります。

たとえば、温かみのある手書き風で描かれていたり、

西洋風の死神のような者が描かれていたり、

ドラえもんが描かれていたりします。

最後の壁画は通称「ドラえもん寺」、ワット・サムパシウという寺院のもので、日本でもそれなりに知名度があります。寺院の方によれば、子どもたちに親しみを持ってもらうためにドラえもんを描いたとのことです。ここでは、壁画のあちこちに描かれたドラえもんをまるでウォーリーをさがせ!のように見つけていく楽しさがあります。なかにはかなり難易度の高いドラえもんも。

ワット・サムパシウに限らず、こうした壁画は寺院ごとのオリジナリティが反映されているので、それを比較しながらめぐっていくのも地獄めぐりのおもしろさのひとつです。

また、地獄を描いた壁画がある場所は、メインとなる本堂の他に、葬式が行なわれるお堂や火葬場という場合が少なからずあります。タイの火葬場は寺院の境内にあり、高い煙突が立っているのが特徴です。儀式の最中でなければ、比較的自由に見学することができます。

バンコク近郊のチャチューンサオ県にあるワット・チョムポートヤーラームでは、火葬場の下方に味わい深い地獄絵が描かれています。

生々しいような、それでいて抽象化されているような、他に類を見ない表現がみられます(個人的に一番好きな地獄絵です!)。

また、ロッブリー県にあるワット・ライでは、このような地獄絵が描かれていました。

地獄釜で苦しんでいるこの人たちは、タイの人なら誰もが知っている政治家や僧侶たちです。彼らはみな汚職などで問題を引き起こしています。

地獄表現におけるこうした「政治批判」「社会風刺」要素は古くからみられますが、ワット・ライの地獄絵からは、それらが現代でも受け継がれていることがみて取れます。そしてその手法や表現内容は、時代が進むにつれて常に「アップデート」されているのです。

この「アップデート」という概念は、タイの地獄寺、ひいてはアジアの仏教表現を見ていく際に大事なキーワードとなります。ということで、次回はこの「アップデート」という観点から、タイの地獄寺をみていきたいと思います。
連載も残すはあと2回、最後までお付き合いいただければ幸いです。また来週。

次回「タイの地獄めぐり⑪ アップデートされる仏教」へ続く。 
PROFILE

椋橋彩香

Ayaka kurahashi 地獄研究家

1993年東京生まれ。早稲田大学大学院文学研究科にて美術史学を専攻、現代タイにおける仏教表現を研究テーマとする。2016年修士課程修了。現在、同研究科博士後期課程在籍。現代になり新出した立体表現「地獄寺」に着目し、フィールドワークをもとに研究を進めている。著書に『タイの地獄寺』(青弓社)。

タイの地獄寺Twitter
https://twitter.com/jigokudera

1993年東京生まれ。早稲田大学大学院文学研究科にて美術史学を専攻、現代タイにおける仏教表現を研究テーマとする。2016年修士課程修了。現在、同研究科博士後期課程在籍。現代になり新出した立体表現「地獄寺」に着目し、フィールドワークをもとに研究を進めている。著書に『タイの地獄寺』(青弓社)。

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