
アップデートされる仏教
本連載では、タイにいくつも存在する「地獄寺」をテーマに、筆者が実際に訪れた寺院を紹介しつつ、その魅力をわかりやすく伝えていきます。全12回の連載、第11回となる今回は「アップデートされる仏教」という視点から地獄寺をみていきましょう。
タイの地獄表現では、前回ご紹介したように現代の悪い状況を地獄に見立て、「政治批判」「社会風刺」をあらわしている場合があります。
たとえば、タイ東北地方の入り口、ナコンラーチャシーマー県にあるワット・パーラックローイでは、このように凄惨なバイク事故をあらわした像がつくられています。

この像をよくよく見てみると、周囲になにやら薬のようなものがたくさん落ちています。

これは「ヤーバー」という覚醒剤の一種で、1970年代までタクシー運転手などの間で合法的に用いられていたものです。したがって、バイク事故はこのヤーバーによって引き起こされたものであるとわかります。
また、古代遺跡で有名なアユタヤー県にあるワット・ガイでも、同様に薬物中毒に陥ってしまった人たちがみられます。

こうした覚醒剤の問題はまさに現代の罪といえ、罪と罰は五戒(「【連載】タイの地獄めぐり③」参照)といわれる基本的なものから、時代とともに「アップデート」されていることがわかります。
また、アップデートされているのは罪と罰だけではありません。ノンタブリー県にあるワット・バーンコーでは、このような像がつくられています。


これはヤマ王による死後の裁判の場面であり、亡者の罪を記録するいわゆる「閻魔帳」がパソコンに取って代わられています。
また、先のワット・パーラックローイでは、このヤマ王の腰に「トランシーバー」がついていました。一体どこと通信するのだろうと疑問に思いつつ、地獄の運営システムも日々進化していることに驚かされます。



さて、地獄から少し話が逸れますが、タイには目を瞠るようなキラキラとした仏像がたくさんあります。ラメやガラス片が用いられていたり、なかにはLEDライトで装飾されていたりする像もみられます。日本人の目からしたら、神聖な仏像にこんな装飾をしてしまって本当に信仰心があるのか?などと思われるかもしれません。

しかし、こうした「光」の表現は、仏の光明を表現したいという今も昔も変わらない意図からきています。つまり、時代とともに光をあらわす手段が増え、その手法がアップデートされたに過ぎません。たしかに、その時代の最も新しい手法を用いて光を表現すれば、よりイメージを具体化することができます。そしてそれは、地獄表現においても同じです。
地獄寺にいるたくさんの亡者たちをみると、こうした概念や表現の「アップデート」を強く感じることができます。それは仏教が生きているタイだからこそできるものであり、古いままの状態をありがたいと感じる日本とはまた違った価値観がみられます。この価値観の差が、日本人が地獄寺を「珍スポット」と認識するゆえんであるといえるでしょう。
しかしながら、ワット・パーラックローイをはじめとする地獄表現をみていくと、地獄という世界は決して想像上のものではなく、人間の現世そのものを映す鏡であるといえます。そう考えると、地獄寺が単なる想像の世界をあらわしたテーマパークではないんだなぁと思わされるのです。
さて、これまでの11回では様々なテーマで地獄寺をみてきました。基本となる考え方や個性的な亡者の数々、空間構成や地獄絵についてなど、少しでも読者の方々に地獄寺の魅力が伝わっていれば幸いです。そして、私も実際にタイの地獄めぐりをしてみたい!と思っていただけたなら、これほどうれしいことはありません。
最終回となる次回は、そう思っていただけた奇特な方々に向けて、地獄めぐりを「旅」という視点でご紹介したいと思います。どんな旅をしたのか?、実際に地獄をめぐってみてどうだったのか?、地獄めぐりの醍醐味は?などについて綴っていきます。地獄からの生還まであと少し。残りの1回もどうぞお付き合いください。また来週。
次回「タイの地獄めぐり⑫ 生きて帰るまでが地獄めぐり」へ続く。

Ayaka kurahashi 地獄研究家
1993年東京生まれ。早稲田大学大学院文学研究科にて美術史学を専攻、現代タイにおける仏教表現を研究テーマとする。2016年修士課程修了。現在、同研究科博士後期課程在籍。現代になり新出した立体表現「地獄寺」に着目し、フィールドワークをもとに研究を進めている。著書に『
タイの地獄寺』(青弓社)。
タイの地獄寺Twitter
https://twitter.com/jigokudera
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