【TABIZINE 現地特派員による寄稿】
「レオニー」という2010年日本公開の映画をご存じでしょうか。明治時代に、日本人男性との間に子供をもうけたアメリカ人の女流作家レオニー・ギルモアの生涯を描いたものです。数々の困難の中自分らしい生き方を貫いた主人公の姿が、多くの女性の共感を得ました。そしてその子供というのは世界的な芸術家イサム・ノグチです。メガホンをとっているのは社会派の女流監督松井久子さん。
日本とアメリカにまたがって撮影されたこの映画のロケ地の一つが、札幌市にあります。
モエレ沼公園
1904年生まれのイサム・ノグチは、少し年配の方には山口淑子との結婚でも知られているかな。ハーフにしてもイケメンです。その芸術家としての名声は高く、最晩年に札幌市北東部(東区モエレ沼1-1)にあるモエレ沼公園の設計を手がけました。そして映画「レオニー」では、この公園がロケ地として登場するわけです。できれば札幌を訪れる前にレンタルしてご覧頂くと、旅はいっそうの色彩を放つと思います。
イサム・ノグチは1988年、83才の時に札幌に招かれ、モエレ沼公園の設計を自ら買って出ました。
モエレ沼公園
広大な石狩平野には、あちらこちらにかつて川の一部であった三日月湖が点在しています。モエレ沼もその一つで、貴重な自然を残す場所なのですが、開発などの影響で危機的状況に陥っていたものを公園に整備して残そうというプロジェクトが立ち上げられました。
札幌を訪れたイサム・ノグチは、プロジェクトの一貫でゴミが搬入されていた状況を見て心を痛め、人間が傷つけた自然を芸術に変えるという方法で貢献したいと思ったのだそうです。子供好きだったイサム・ノグチは、いつの日かこの公園に子供たちの遊ぶ声が響くのを夢見て設計に携わったことでしょう。
子供好きのイサム・ノグチ
彼の作品は、札幌市内の大通公園西8丁目と西9丁目にまたがる公園にもあって、黒大理石で大きなカタツムリのような滑り台、ブラック・スライダー・マントラとして子供たちの遊び場を提供しています。彼の言葉によれば、この芸術は子供たちの尻が完成させるということです。本来南北に通りが横切るはすだった場所をつぶして公園にしたとか。車で走るときはちょっと不便に感じることもありますが、イサム・ノグチのその言葉を聞けば納得せざるを得ません。
彼の子供好きはどこから来ているのでしょう。映画「レオニー」の中で、幼い野口勇(イサム・ノグチ)が母レオニーに連れられ父親のいる日本に来て、そして父親と共に暮らすようになる場面が描かれています。父親の英文学者野口米次郎は中村獅童が演じている。そして11年後に彼は芸術を学ぶため、母親によって単身アメリカに戻らされました。イサム・ノグチは多感な時期に母親と離れて過ごし、ずいぶん寂しい思いをしたのだろうと思います。
モエレ沼公園のガラスのピラミッド内部 ギャラリーも
大地に彫刻を刻む
「公園や庭園など人の役に立つものとして、大地を使った彫刻作品をつくりたい」というがイサム・ノグチの願いでした。「公園全体が一つの彫刻作品」というコンセプトで手がけられたモエレ沼公園を歩いてみましょう。広大です。
標高62m(高さ52m)のモエレ山
第二次大戦中イサム・ノグチは、自ら志願して日系アメリカ人の強制収容所に入所したと言います。ところが収容所内ではハーフの彼はアメリカ人のスパイであると言われ受け入れられず、辛い思いをすることになりました。きっと彼のアイデンティティは、この時破壊的な影響を受けたのではないかと思います。
ガラスのピラミッド
公園の中心的な施設であるガラスのピラミッドに入ってみます。
「アート」とはいったい何者なのでしょう。「お笑い」もそうですが、まったくもって意味不明です。ビートたけしさんが、芸術ってむずかしいよね、とおっしゃっていましたが、一流の芸術大学を出ても何も保証されるわけではない。アートに対する感じ方も、たぶん一人一人違うわけで、いったい何なんだろう、と思ってしまう。
たぶん、お笑いもアートも神様からのプレゼントなのでしょう。他に説明のしようがない。
そんなことを考えながら、このアートの一部に侵入するわけです。
芸術というものは、筆者のような素養のない人間にとって理解するのはなかなか難しいのですが、とにかくその前に立つ、この公園の場合はその中に身を置く、すると言葉に出来ない何かが伝わってくる。
映画「レオニー」の中で、若き日のレオニー・ギルモアがイサムの父野口米次郎に
「心の奥深くにあるものを、どうやったらことばに表すことが出来るのでしょう」
と語りかける場面があります。言葉の表現者である作家としてのレオニーと彫刻家として造形によって心の奥深くにあるものを表現したイサム・ノグチ。彼の作品から皆さんなら何を感じるのでしょうか。
分かろうとして分かるものではないが、わたしも感じることは出来るような気がします。そして何となく思ったのは、この作者は寂しがり屋なのではないか、ということでした。
温室のようなガラスのピラミッドは、太陽光線を一杯に取り込んで暖かな空間を作り上げています。室内の暖かなベンチに腰掛けて、いつまでも黙って気持ちよさそうにしている中年のご夫婦がいらっしゃいました。
本格フランス料理が頂けるレストラン
芸術をするとお腹が空きます。うれしいことに施設1Fには北海道の新鮮な素材を使った本格フランス料理のレストラン「L’enfant qui rêve」がありますが、ミシュランガイド北海道版で三つ星を獲得した「モリエール」の系列店です。営業は4月から。こちらで食事をするために来る、というのもアリかと思います。
あちらの方に見えているモエレ山に登ってみましょう。人工の山です。
けっこうな登山。
山頂部
北東の方角
南西の方角には札幌の中心部が見えている
公園南西部P3駐車場付近の休憩施設「フィールドハウス」からの眺め
映画「レオニー」のこのモエレ沼公園が登場する最後の場面で、輪になって遊ぶ子供たちに囲まれて微笑むレオニー・ギルモアのファンタジックな映像が印象的でした。
イサム・ノグチはこの公園の完成を見ることなく、設計を手がけた1988年の暮れ、心不全により急死します。84才でした。それから17年後の2005年に、イサム・ノグチの遺志を継いだモエレ沼公園はグランドオープンしました。
モエレ沼公園への行き方は、地下鉄東豊線「環状通東駅」から中央バス、東61,69,79番のいずれかに乗って25分「モエレ沼公園東口(61番は西口)」バス停にて下車。そのほか季節限定のバスもあり。バスは2,30分に一本くらいの間隔であります。