離島生活は突然に
筆者が直島に引っ越したのは2021年3月末のこと。夫の仕事の都合で、思いがけない離島生活のスタートでした。「直島勤務になる可能性がある」ことは、その前からわかっていたものの、本当に直島になるとは思っておらず、「まさかまさか」の決定でした。
和歌山県出身の筆者は大学進学を機に地元を離れて以来、東京、千葉、福岡など、さまざまな場所で暮らしてきました。ドイツ南西部の田舎町で海外暮らしを経験したこともあります。それでも、本土と橋でつながっていない紛れもない「離島」での暮らしは、これまでの場所での暮らしとは異なる、新しい経験になったのでした。
「アートの島」として有名な直島は、瀬戸内海に浮かぶ周囲約16kmの離島。行政上は香川県に属しますが、地理的には岡山県に近く、岡山県の宇野港からはフェリーで20分、香川県の高松港からはフェリーで50~60分のところにあります。
友人や知人に「直島に引っ越す」と報告すると、同地のことを知っている人は「え~直島!?」と驚きのリアクション。一方、直島を知らない人には「それ、どこ?」とキョトンとした反応を示されたものです。
世界的にも有名な直島ですが、筆者は引っ越し前に訪れたことはありませんでした。行ったことすらない場所、しかも離島での生活というのはイメージしにくいもので、引っ越し準備をしながらも、「離島で暮らす」という実感がないまま時間だけが過ぎていきました。
「船で新居に向かう」という奇妙な感覚
直島に引っ越す前に住んでいたのは福岡。コロナ禍での離島への引っ越しということから、経由する岡山駅近くで2泊し、PCR検査で陰性を確認してからの直島入りとなりました。
岡山から直島へは、JR宇野線で終着駅の宇野駅まで行き、その目の前にある宇野港からフェリーに乗るという道のりです。福岡の旧居で荷物を送り出した3日後に新居にたどり着くというイレギュラーもあったせいか、直島に向かうフェリーの中でも「離島に引っ越す」という実感はないまま……。
離島に住んだことがなかった筆者にとって、「船で新天地に向かう」というのはとても奇妙な感覚でした。「離島、それもアートの島・直島に住むってどんな感じだろう」「果たして自分は離島でやっていけるんだろうか」という期待と不安が入り混じり、フェリーに揺られる20分間がとても長く感じたのを覚えています。
フェリーが直島の宮浦港に到着し、ついに直島と初対面。写真で何度も目にした『赤かぼちゃ』が鎮座する宮浦港の風景を目にして、「私たち、本当にこの島で暮らすんだ!」ーー直島に到着してようやく「離島で暮らす」という現実と正面から向き合った気がしました。
離島にも本土と変わらない日常があった
いざ直島に住んでみて感じたことは、「離島といえども、本土と変わらない日常の生活がそこにあるんだな」ということです。
こんなことを言うと、以前から離島に住んでいる人からは「当たり前でしょ」と一笑に付されるかもしれません。ところが、筆者にとって離島での生活、それも「アートの島」として有名な直島での生活は、「自分たちの日常とは違う世界にあるファンタジー」のような感覚があり、具体的に島の人たちがどんな風に日常を送っているのか、あまり想像がつかなかったのです。
けれども、現実の直島には、「アートの島」や「風光明媚な観光地」といったイメージが先行するようなファンタジックで非日常的な光景ではなく、本土と変わらないごくごく当たり前の「暮らし」がありました。
もちろん、離島ゆえの不便さはあります。しかし、直島には小さいながらもスーパーがあり、コンビニも郵便局もあります。「精錬」という産業もあるので、小学生以下の子どもを抱えた家族もたくさん住んでいますし、毎日のように本土から島に「通勤」してくる人々もいます。
これまで60ヵ国を旅した筆者は、海外の旅先で「人種や言葉や文化が違っても、結局、『人の生活』があるという点ではどの国も同じなんだな」と妙に腑に落ちた場面が何度もありました。少しスケール感は違うかもしれませんが、直島で感じたことは、根源的にはそれと同じなのでしょう。
都会と離島の決定的な違いは「選択肢の数」
「離島」というと、「本土から海で切り離された特殊な世界」というイメージを持っている人も多いかもしれません。確かにそういう一面があるのも事実です。けれど、東京も直島も「人が生活する場」という意味では、本質的な違いはないのだと思います。
決定的な違いがあるとすれば、それは「選択肢の数」です。東京をはじめ都会には買うものも行く場所も無限にありますが、離島では買うものも行く場所もごくごく限られています。
だからこそ、離島での生活を楽しめるかどうかは「限られた選択肢のなかでいかに楽しみを見つけるか」にかかっているのです。このことは、また改めてじっくりとお話したいと思います。
[All photos by Haruna]
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Haruna ライター
和歌山出身、上智大学外国語学部英語学科卒。2度の会社員経験を経て、現在はフリーランスのライター・コラムニスト・広報として活動中。旅をこよなく愛し、アジア・ヨーロッパを中心に渡航歴は約60ヵ国。特に「旧市街」や「歴史地区」とよばれる古い街並みに目がない。半年間のアジア横断旅行と2年半のドイツ在住経験あり。現在はドイツ人夫とともに瀬戸内の島在住。
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