答えに窮する「直島の暮らしはどう?」
筆者が直島に引っ越してきたのは、2021年3月下旬のこと。以来、以前からの友人知人によく「直島の暮らしはどう?」と尋ねられます。何度も聞かれたことですが、いまだにこの質問をされると一瞬答えに窮してしまいます。
それは、その質問が筆者にとって、一言で答えられるほど単純な問いではないから。どこに住んでも同じかもしれませんが、離島の暮らしにもメリットもあればデメリットもあり、「いい」「悪い」「好き」「嫌い」と、一言ではとても答えられないのです。
誰でも想像がつくかもしれませんが、デメリットやはり「不便」だということ。
直島には小さなスーパーもあれば、コンビニや郵便局もあるので、生活するために必要なものはそろいます。しかし、それはあくまでも最低限。島で手に入るものの選択肢は非常に限られますし、本土に比べ値段も高めです。
島には診療所はあるものの、総合病院や専門医はないため、通院は島外に行くことが多くなりますし、生活必需品を買うのになにかと便利なドラッグストアもありません。
島の外に出るにしても、船に乗らないことにはどこにも行けないので、出かけるときも、帰ってくるときも1~2時間に1本程度の船の時間を考えながら動かなければなりません。時刻表など確認しなくても、駅に向かえば5分間隔で電車がやってくる東京都心での暮らしとは、あまりにもかけ離れた現実があります。
島の風景は毎日違う
正直にいえば、SNSのタイムラインに流れてくる都会のキラキラした生活に焦がれるような気持ちになることも……。その一方で、今の直島での生活を「かけがえのない体験」だと感じて、島に愛着をもっている自分もいます。
そんな気持ちにさせられる一番の理由は、直島には「心が満たされる風景」あるというところです。自宅から海までは徒歩3分。細い路地が連なる住宅街を抜けると、港とそこから続く海岸線が広がっています。
以前は散歩などほとんどしなかった筆者ですが、直島に引っ越してきたのを機に、天気の良い日はできるだけ散歩をするようになりました。
直島で散歩をするようになって気づいたことがあります。それは、歩くコースはだいたい同じなのに「島の風景は毎日違う」ということ。毎日のように同じ道を歩いて、同じ景色を見ているはずなのに、「まったく同じ風景」というものがないのです。
空ひとつとっても、ほとんど雲ひとつなく青く晴れわたっているときもあれば、入道雲が出ているときも、うろこ雲が出ているときもあります。それと呼応するように、海も青みが強いときもあれば、淡い水色をしているときも、ややグリーンがかっているように見えることもあります。
海沿いに季節の花が咲いていることもあれば、「今日はやけに砂浜に石がたくさん打ちあげられているな」という日もあります。さらに漁船やフェリーなど、海上を行き交う船の存在によっても島の風景は変わります。
空も海も船も花も、すべて島の風景の一部。それらが描き出す直島の風景は、日々移ろっていきます。
30年以上生きてきたなかで、これまで住んだどの場所でも「風景が毎日違う」と思ったことはありませんでした。しかし、直島に暮らすようになって、日常の風景から季節や時間の移ろいを敏感に感じるようになったのです。
足りないものなんてなにもない
「島の風景は毎日違う」ーーそう気づいてから「何気ない日常の風景でも、今自分が見ている風景は二度と見られない、この瞬間だけの風景なんだ」と思うようになり、その美しさと尊さに日々静かな感動を覚えるようになりました。
瀬戸内の色彩は、淡い絵の具で描いた水彩画のようにやさしいものです。地中海の紺碧の海のように鮮烈な印象を残すものではありませんが、見るたびに心の奥深くからじんわりと湧き上がってくるような感動を与えてくれます。
幾度となく歩いた道でも、何度でもカメラのシャッターを切りたくなるのです。
毎日のように目にする風景に感動できるというのは、この上なく幸せなこと。そう考えたとき、「本当は、足りないものなんてなにもない」と気づきました。
私たちはつい「もっともっと」を求めてしまいます。日常生活の中で不便なことがあれば「便利」を求めますし、平穏な日常が退屈に感じられるようになると「刺激」を求めます。「もっと素敵な服を着たい」「もっと豪華な旅行がしたい」などと、「もっともっと」はとどまることを知りません。
「もっともっと」は成長につながるモチベーションにもなりますが、度が過ぎると、「衣食住が足りて、家族がいて、健康で、仕事もあるのにいつも満たされない」という状態になってしまいます。「ないもの」に過剰に目を向けることが、私たちを不幸せにしているのではないかと思えてなりません。
都会とは違って、離島での生活は圧倒的に選択肢が限られています。「ないもの」に目を向けていたらキリがありません。だからこそ、「ないもの」だらけの直島での暮らしは、「あるもの」に目を向けることの大切さを教えてくれた気がします。
[All photos by Haruna]
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Haruna ライター
和歌山出身、上智大学外国語学部英語学科卒。2度の会社員経験を経て、現在はフリーランスのライター・コラムニスト・広報として活動中。旅をこよなく愛し、アジア・ヨーロッパを中心に渡航歴は約60ヵ国。特に「旧市街」や「歴史地区」とよばれる古い街並みに目がない。半年間のアジア横断旅行と2年半のドイツ在住経験あり。現在はドイツ人夫とともに瀬戸内の島在住。
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